174 一方その頃(1)
居ても立っても居られず、マルはイリスを連れて屋敷を飛び出した。
とはいえ、あの二人の後をつける気にはなれない。あの二人がどんな話をしているかなんて、知りたくもなかった。
外はよく晴れていて、出掛けるのにはちょうどいい日だ。
イリスはよく日向ぼっこをしている。イリスにとっても、気分のいい日ならばいい。
まあ、ちょうどよかったですわ。
マルは、イリスを眺め思う。
仲間だと認めてはいるけれど、正直、マルでもイリスの表情は読めなかった。
同じ魔物であれば、まだわかるところや話が合うところもあるだろう。
けれど、魔物でさえない、人工物のこの方。
正直、わからない事だらけだ。好きなものも、嫌いなものも。
イリスの事を探るのにはちょうどいいだろう。こんな日があるのも。
とはいえ。
マルは、イリスの顔を盗み見る。
食事が必要なければ好きな食べ物なんていうのもありませんでしょうし、服を着なければファッションに興味があるということもないでしょう。
……どこから攻めるべきですかしら。
そして連れて行ったのは図書館だった。
首都に近いこの町には、町の自慢にもなっている図書館があるのだ。
まずは、わたくしの得意分野で攻めますわ。
図書館は、確かに自慢にできそうなほど大きかった。
中に入れば、広大な土地に建った3階建ての建物に、本が山程詰まっている。
ジャンルごとに大きな部屋に分かれており、それぞれのテイストの本棚に本が綺麗に収まっていた。
「いつ見ても、素敵な場所ですわ〜」
うっとりと本棚を見上げる。
イリスが「くすっ」と笑う。
「マルさんは、本当に知識がお好きですね」
「ええ、そうですわね。何よりも力になるものですしね」
「力に?」
「ええ。知っていることがあるだけで、有利になることは山程ありますのよ」
「そう、ですね」
イリスは懐かしいものをみる目になった。
「マスターの知識がなければ、イリスも生まれませんでした」
「そうですわね」
マスター……。
イリスはいつだって、何よりも"マスター"だ。
これだけわたくし達と一緒にいるのですから、マスターからも少し離れていただきたいものですけれど。
マルは、イリスが興味あるものを見つけるべく、おすすめの本棚に連れていく。
精霊の分類の部屋は、どちらかといえば厳かだ。
壁には、それぞれの精霊4人の絵が描かれている。
「人間の世界にいると、やはり分かりやすく楽しいのは精霊ですかしら」
「精霊は、イリスもいくつか本を読んだ事があります。子供向けの物語のようなものですが」
「その物語の本が、なかなか侮れないのですわ。例えばこれ、ご覧になって」
マルは器用にも本に爪を引っ掛け引き出す。
「これは、ウンダが川から子供を引き上げる話ですわね。川に子供が引きずり込まれるシーン。これは、山の上の天気が悪く、川が増水したのだと考えられますの。ここに出て来る教会、もしかしたらモデルなんじゃないかっていう場所がありますのよ。文章に、秋だということがわかりますでしょ?この原本は、もっと天気について細かく書かれておりますわ。それと照らし合わせると、国の西側という事になりますの。その情報と、教会からの景色を照らし合わせると……」
マルの話が長くなってしまったので、マルが落ち着くまで一旦ここで切りますね。