173 初デートってやつ(4)
のんびりとした時間が過ぎる。
ざわざわとした木々のざわめきや、小さな動物が動く音、鳥の声以外は、存在しない森の中で、ハニトラのキャンディを食べる音ばかりが響いた。
俺も、と思い、しっとりとしたクッキーを食べる。
「ハニトラ」
「ん?」
それがあまりにも気の抜けた顔だったので、少し面白くなってしまう。
「俺…………この時間を失くしたくないな」
つい、声に出た。
何も考えず、思った事をそのまま声に出していた。
そして気付く。
俺、この時間を失くしたくないんだな。
それは、自分でも意外な事だった。
ハニトラと、そんなに長く一緒にいるわけじゃない。
よくて数ヶ月ってところだ。
けど、一人だったこの世界で、ハニトラの存在は、自分の中で意外なくらいに大きくなっていたらしい。
「どこにも行かないよ」
ハニトラの顔は、意外にも真剣だった。
こんなセリフ、不思議がられてもおかしくないようなセリフだろうに。
「……ああ」
またにじり寄って来たハニトラの手を握る。
「俺の旅に、ついてきてくれないかな」
碧い瞳が光る。
「…………ずっと?」
思いの外、探るような目だった。
その手は、思った以上に真っ白で綺麗だった。
爪の先まで。
「そう、ずっと」
そしてユキナリは、何かを誤魔化すみたいに笑う。
「今まではさ、こんな風に、それぞれが居たくなった場所で『さよなら』すればいいって、そう思ってた。でも、俺、ハニトラに居なくなられるのは嫌なんだ。……嫌、みたいなんだ」
これは、どうしようもないワガママだった。
将来の確約も、ハッキリと言葉にできる覚悟も、何もない。
けど、正直な本心そのものだ。
「だから、勝手に居なくならないでくれよ」
それは、懇願に近い何か。
「うん!」
ハニトラが、そんなセリフに素直にそう答える。
そうだ。
何か、一人で元の世界へ帰る以外に、視点を変えれば違う答えも見つかるかもしれないもんな。
例えば……、呪いを解いて、この世界に残る、とか?
魔女を倒してこの世界に残る…………、とか…………。
思いついた瞬間、小さな家で二人で暮らす情景を、つい思い浮かべた。
土の精霊の加護で、小さな畑を耕したり、時々二人で旅したり。
そんなのも悪くない。
…………いやいやいやいや、違うだろ。
俺は、あくまで仲間とか、ペットとか、そういうもののつもりで……!!
これじゃ、新婚夫婦だろ。
そうじゃなくて。
………………うむ。
そうじゃなくて。
気付けば、すぐ目の前に、キラキラとした碧い瞳があった。
「うわぁっ!!!!」
膝立ちのハニトラの銀の髪が、地面に向けて不思議な弧を描いている。
ちょこんとした鼻が見える。
………………好きだとか、そんなじゃなくて。
「ふふっ、何考えてたの」
ハニトラが笑う。
ただ。
一緒に居たいだけなんだ。
二人も一歩前進、でしょうか。