172 初デートってやつ(3)
ハニトラと顔を見合わせる。
ユキナリはユキナリで、冷や汗を流していた。
ハニトラはその顔を見た上での、驚きと疑いの混じった顔だ。
ハニトラは、ぐいと紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
「ユキナリ、来て!」
手を引かれる。
「え、あ、ああ」
ハニトラのもう片方の手には、昨日持っていたよりも3倍はデカいお菓子の紙袋。
銀色の髪がなびく背中。
ああ、もしかして、つまらなかったかな。
なんて思う。
嫌になったんじゃないか、なんて。
ハニトラはずんずん歩いた。
こっちは……屋敷とは反対方向だよな。
言葉を発する事もなく。人混みの中を抜けていく。
だんだんと、馬車の音が遠ざかり、人の声が遠ざかり、街から離れている事に気付く。
ぱっと視界が開け、青い空が見えた。
あ…………。
目の前に青い空と、遠くに山と森と。
ついこの間までずっと見ていた景色が広がる。
いつもの銀色の変な癖っ毛の髪。
いつもと同じようにひらめくスカート。
いつもの歩調で。
いつもと同じハニトラが、目の前に居た。
なんか俺、やっぱりちょっとおかしかったな。
あの男と自分を比べたりなんかして。
ハニトラは何も、アイツがいいともなんとも言ってはいないのに。
深呼吸して、肺に風を入れた。
ハニトラに連れて行かれたのは、森の中だった。
森の中の明るい広場になっているところに着いた途端に、
ゴテン!
ハニトラにどつかれ、転がされた。
「おおおおい」
驚いている間もなく、隣にハニトラが転がる。
地面は柔らかく、木から落ちてきた葉で埋まり、クッションになっていた。
無防備に座ったユキナリと、起き上がったハニトラの目が合う。
「あー……」
ユキナリは、頭をがしがしと触ると、息を一つ吐いた。
「俺、なんか、緊張してたみたいだ」
「緊張?」
「そ。楽しくしなきゃってさ」
すると、何か意表を突かれた様な顔になったハニトラが、脚を開いて座る俺の脚の間ににじり寄って来た。
碧い瞳が、目の前に迫る。
「私なら、いつだって楽しい」
ドキリとする。
吐息がかかりそうな近さで顔を覗き込まれると、流石にビックリする。
「そうだよな」
ハニトラのドヤ顔が間近に迫る。
「そうだよな」
もう一度そう言った。
「なんかいつもと、違う気がして。いつもと違わないといけない気がして。でも、そうじゃなかった」
「……そうじゃ、なかった?」
ハニトラのよく通る声が、静かな森の中にこだました。
「ああ。いつも通り楽しめばよかったんだ」
ハニトラが怪訝な顔をする。
「そうだよ」
ハニトラは、ストン、とケツから後ろに下がり、地面にぺったりと座った。
紙袋の中から、キャンディを掴み、パリパリと食べる。
それに倣ってユキナリも、袋の中からチョコレートを取り出し、食べる。
ふと、よくそんな硬そうなキャンディをパリパリと食べるな、なんて思う。
やっぱり歯も刃物で出来ているのだろうか。ハニトラなら、可能性はある。
手を出すどころか、少し触っただけでも刺されそうだな、なんて、心の中で苦笑した。
ハニトラは実際のところ、『そういうことならいつもと違う“特別”でもいいんだけど?』なんて思っていたりもします。