169 運命の出会いじゃあるまいし(8)
行く場所もなく、やけに居心地の悪い気持ちのまま、ユキナリは部屋に帰った。
4人ともユキナリの部屋に居て、どうやらまどろんでいたようだった。
ただ、その緩やかな時間は穏やかとは言い難く、ハニトラは、床の上でベッドに寄りかかり、膝を抱えて押し黙っていた。
ベッドの上には、ハニトラがお土産だといっていた紙袋が転がっていた。
持ち上げると、異様に軽い。
それもそのはずで、中はすっかり空っぽだった。
「空って……」
一人呟くと、ハニトラの碧い瞳が、膝の上からじっと見上げていた。
ハニトラはどうやら機嫌が悪いらしい。
悪いらしいのをわかっていながら、不謹慎だとは思ったが、つい、その姿に見惚れてしまう。
長く床に落ちた銀色の髪。
憂いた碧い瞳。
つまらなそうな鼻先から、不満そうにとがった唇の先。
もじもじとする素足のつま先まで。
そのどれもが、綺麗だと思った。
唯一気に入らないのは、まだあの男に着せられた服をまだ着ているという点だろう。
服を着るのは嫌がるくせに。
なんでその服はまだ着てんだよ。
不満に思いながらも目を逸らした時、ハニトラが口を開いた。
「いなかったから食べちゃった。ユキナリが一緒に買いに行ってくれるなら、一緒に食べられる」
銀色のまつ毛が上下する。
……俺も、悪いところはあっただろうか。必要以上に、機嫌が悪い自覚はあった。
「わかった」
そう言った瞬間、ハニー・トラップのハニートラップに引っかかってしまったんじゃないか、なんて思ったくせに。
「もう遅いから、明日、な」
「うん。朝」
思わず、
「明日は、俺が買った服、着ろよ?」
なんて、余計な一言まで付け足して。
もう、なるようになるって。
きっと、なるようにしかならないから。
翌朝。
目が覚めた時はベッドの上で一人だった。
いつもの両側の二人も、イリスも見当たらない。
それほど寝坊した様子はないんだが。
のそのそとベッドの端まで行って、ベッドの下にハネツキオオトカゲがいるのを確認する。
きょろんとまんまるな瞳がこちらの方を見ているところを見ると、やはりみんなもうすっかり起きてしまっているらしかった。
「もしかして、みんなもう部屋に戻ったのか?」
「キュゥ」
と、逆さまに見えるトカゲから、肯定の返事が返ってくる。
仕方なく、欠伸をしながら食卓へと向かう。
相変わらず、大きな庭の見える朝食を食べる為の部屋へ入る。
大きな食卓に、手の込んだデニッシュのようなパンや、スープ、ハムやチーズの盛り合わせなどが載っている。
マルが俺の顔を見て、小さく、「ワン」と吠えた。
「おはよ」
とりあえず返事をする。
よくよく見れば、窓辺で外を眺めているのはイリスだ。
ハニトラは……。
あたりを探そうとしたところで、
バン!
と扉が開いた。
「ユキナリ!」
ハニトラの少し高揚した笑顔。
それに、綺麗に整えられた髪と。
綺麗に洗われたいつもの服と。
目の前に現れた瞬間。
あ、これヤバい。
なんて思った。
これ、デートだ。
次回はデートですね!