167 運命の出会いじゃあるまいし(6)
そろそろこの家を出るか、なんて気楽に考えて、ハニトラの部屋の扉を叩く。
コンコン。
コンコン。
……扉が分厚くて、音が聞こえないのだろうか。それともどこか散歩に……。
なんて思っていると、そこへ通りがかった使用人の一人が、
「ハニー・トラップ様なら、リノウン様とお出かけになられましたよ?」
なんて言うものだから。
「え……?」
なんだか、モヤモヤしてしまう。
「勝手に出掛けるなんてどういうことだよ」
ボスッとベッドに座り込むと、真っ白な布団がモフッとへこむ。
「たまにはいいんではありませんの?さらわれたわけでもございませんでしょう?」
マルは呑気だ。
「いいですね、おでかけ」
イリスもか。
「俺達はパーティーなんだぞ?勝手な行動されたら困るだろ」
ムッとする。
マルが、陽の当たる茶色の上質な絨毯の上で、ゴロリと転がった。
隣で床に座っていたイリスに白い毛むくじゃらのケツが当たる。
「けど、この旅、何処まで、なんていうゴールはなかったではありませんの。魔女を倒す勇者パーティーではないですもの。ここから先の旅路がここで分かれる可能性だって、ありますのよ。じゃなくても、旅が終わった後の住まい探しくらい、やらせてあげてもいいんじゃないかと思いますわ」
それを言われると。
それを言われてしまうと。
そうかもしれない、なんて、心のどこかで思ってしまうわけで。
夕方近くなって、屋敷へ戻って来たハニトラとリノウンから、目を逸らしてしまいそうになるのは、仕方がない事だとも言えた。
「ユキナリ!」
リノウンに連れられ、屋敷に入って来たハニトラは、確かにいつもの笑顔なんだけれど、
「ただいま!」
なんて無邪気に言うハニトラを、直視出来なかった。
シルクハットを取るリノウンが、ユキナリのすぐそばを通る。
俺に向かってニヤリと嬉しそうな顔を見せるものだから、余計に気分が悪くなる。
ハニトラがちょこちょこと俺に寄ってくる。
「美味しそうなお菓子屋さんがあってね、きっとユキナリが好きなんじゃないかって言うから」
両手に抱えられた、大きな紙袋。中にはどうやら、クッキーやらキャンディやらのお菓子が大量に入っているようだった。
「………………ああ」
キラキラとしたお嬢様然としたハニトラの姿に、マルの言葉が頭をよぎる。
……ここで、このまま住む道もあるんじゃないのか。
もし、ハニトラが幸せなら。
俺が自分の世界へハニトラを連れていく事は出来ないんだし。
最終的には、どこかで別れる事にはなるんだ。
そんな風に思うと、確かに気分は悪いんだけど、怒るのも違う気がして。
「後で行くよ」
と、言い置いて、ユキナリは外へ出て行く。
「…………ユキナリ?」
やっぱりいつも通りの声にはならなかったのか、ハニトラが立ち尽くしてこちらを眺めているのがわかった。
後ろを振り向くなんて出来なかった。
悩めるユキナリくんなのでした。