164 運命の出会いじゃあるまいし(3)
「ハニトラー!?」
こんな街中でこんな大声は……なんて思いながらも、ユキナリの声は自然と大きくなる。
残りの一人を追いかけて行ったのは見たが、すぐに見失ってしまった。
反対側の建物の陰では、縛り上げた男達の上に、マルがふんぞり返っている。
イリスは風の精霊を装った魔法で上から探索してくれているが、俺は大通りでウロウロとするばかりだ。
まさか、負けたんじゃないだろうな……?
不安が頭をよぎった時、ハニトラが小さな路地から出てくるのが見えた。
「ハニト……」
声を掛けようとして、躊躇する。
ハニトラの隣に、誰かがいた。
にこやかな笑顔でハニトラと話している、背の高い男。
格好こそマントだが、伸びた背筋に、手入れの行き届いた髪、それに貼り付けて身についたような平和な笑顔は紳士的な何かを思わせる。
誰だよ。
「ハニトラ!」
一回り大きな声を出して、声をかける。
いつもと同じ銀髪の髪が、いつもと同じ笑顔で振り向いたので、少しホッとする。
二人がマルがいる脇道へ倒れた男を運び込むのを確認すると、ユキナリは小走りでそこへ走っていった。
「お嬢さん」
男の声が聞こえる。
覗き込むと、男がハニトラの前に跪いている。
「あなたの銀の髪は月のしずく。あなたの瞳は太陽の下で輝く海。フッ…………私はこれほど美しい女性をこの人生で見た事がありません。お嬢さん。この出会い。これは運命なんじゃないだろうか。もしよかったら、私と結婚してくださいませんか」
は?
結婚……???
何…………!?
マルが、つまらないドラマでもみるような顔で「フン」と鼻から息を吐く。
な…………。
嘘だろ………………。
なんて話してんだよ。
ハニトラは、そこで眉をひそめる。
「私、結婚を約束した人がもういるから」
「!?」
無邪気に驚いていると、ハニトラがこちらを向き、
「ユキナリ!」
と嬉しそうに飛び込んで来る。
あ、俺の事か……。
ハニトラと結婚の約束をした覚えはないが、断るにはちょうどいい関係なのだろう。
「すみませんがそういう事なので」
「なるほど」
と、落ち込んだ顔が返ってくる。
けれど、男性の言葉はこう続いた。
「けど、既婚者なわけじゃないだろう?私の方がいい男なら乗り換えても問題ないわけだ」
いや、問題あるだろ。
「少し気が急いてしまったようだ。お互いにもっと知り合おう。正式な申し入れは、また改めて行おう」
と、男性はまるで演劇で作られた笑顔のような顔で立ちあがり、大袈裟に腕を広げた。
「私はまだ待てるよ」
待つな!!
なんだこいつ……。
「ところで、お見受けするに、旅の人の様だが」
「うん」
意外と心を開いているのか、ハニトラがにこやかに受け答えする。
返事とかしてんな!!
「この辺りで宿を取るのはいささか難しいでしょう。もしよかったらうちに泊まりませんか」
いやいやいやいや。
何言ってんだ。
流石に求婚してくるような奴の家に行くわけないだろ。
「アテはあるので結構です」
ユキナリは立ち上がると、ハニトラの手をずるずると引っ張って歩き出す。
「私の家は、三番通り!赤い屋根の家です!!いつでも来てくださいね!!」
別に怪しい人じゃないです。