156 チュチェスの村(2)
深呼吸をひとつ。
私の目の前には、知っている森。
知っている花。
知っている匂い。
木々の枝。
枝に溢れる葉。
葉の合間を縫って、落ちてくる光。
足元の木漏れ日。
暖かく抱きしめてくれる光。
ハニトラは一度目を閉じ、もう一度開ける。
わかる。
自分と同じ種族のもの達の気配が。
けれど。
ここに居た時よりも、少ない。
確実に、少ない。
土を踏み締めると、指の間に土が入り込む。
後ろを振り向き、大切な仲間達が離れている事を確認する。
ハニトラの種族はみんな、いつだって人前に出るのを嫌う。
「私だよ」
声をあげる。
聞こえているはずだった。
次第に、風の中にザワザワとした声が混じった。
誰かが、私の話をしている。私の見えないところで。
村に居たほとんどは、ハニトラをいないものとして扱った。
出てこないのも当たり前、か。
少し寂しく思う。
けれど、それは今に始まった事ではないし、そもそもここへ戻って来たのは、恨みつらみを言う為ではない。
無事かどうかを確かめる為だ。
私みたいに、みんなが居なくなっていたら、……母が居なくなっていたら、悲しいと思うからだ。
もし、助けを必要としているなら、助けたいと思ったからだ。
……母の無事は確認出来ないけれど、みんな連れて行かれたわけじゃなくてよかった。
「私は元気だから」
通る声は遠く、頭上の木々へ響く。
「これからまた、旅に出ることにしたんだ」
まるで、独り言のように言う。
ハニトラは、後退りする。
……顔は見れなかったし、母が生きているかもわからなかったけど……仕方がないか。
もともと、そこまで期待はしていなかった。
全滅していないことを、変わらずここに村があることを知れただけでも良かったというものだろう。
自分に言い聞かせながら、ハニトラは後ろを向いた。
きっともう、ここには戻って来ない。
ここには、私の居場所はないから。
くるりと後ろを向く。
走ってユキナリに追いつこう。
さあ、どこまで走ろうか。
ハニトラが、駆け出そうとしたその時だった。
後ろで、気配がした。
ハニトラと同じ種族の気配。
それもこれは……。
「…………母?」
振り向かずに声をかける。
異種族嫌いのこの種族の事だ。
母だって、振り向いてしまえば居なくなってしまうかもしれない。
深い深い沈黙が、そこにはあった。
まるで会話をしてはいけないみたいだった。
それでも、最後に生きていることがわかってよかった。
「………………いってらっしゃい」
背中から声が聞こえた。
たったそれだけだった。
けれどそれは、確かに母の声だった。
目の前が歪む。
涙が溢れた。
振り向かなかった。
私の居場所は、もうここじゃない。
「行って来ます」
強くそれだけを言い、ハニトラは前に向かって駆け出していく。
今が私の、本当の旅立ちだ。
コロコロと丸い粒になった涙が後ろへこぼれていく。
「ユキナリ!!」
「ハニトラ……!」
ハニトラは、勢い余ってがしっとユキナリに抱きついた。
ハニトラもひとまず一区切りでしょうか。