142 つまりそれが触手回ってやつ(2)
「マル、番人のトレントって、知ってるか?」
マルと話したのは、その日の夜の事だった。
マルが、フン、と濡れた鼻をこちらへ向ける。
「もちろんですわ」
魔物の間でもやっぱり有名なのか。
「どんな質問をされるのかわかるか?」
「そうですわね」
と、前足の肉球をてしてしと床を軽く叩く。どうやら考えている仕草らしかった。
「代替わりしたという事なので、最近の事は分かりませんが、以前は、森の歴史なんかを尋ねる事が多かったですわね」
「歴史?」
「ですわ。トレントは、魔物と人間の共存を目指す種。森とそこに住む魔物に理解がある人間ならば、森へ入れてもらえるのです。あの森の木々は、上質の空気の中で育った高級な素材として、アクセサリーなどに使われるのですわ」
「なるほど、な」
ユキナリが、ふむ、と考える仕草をする。
「じゃあ、マル」
「マルチネス、ですわ」
「俺達に、その森の歴史とやらを教えてくれるか?」
そこには、マルの顔を覗く、4人の姿があった。
馬車は行く。
晴れた空の下を。
山を下れば、あとは緩やかな丘陵。
マルのしっかりとした声が、青い空の下に響く。
それは、まるで吟遊詩人が奏でる物語の様に、朗々と穏やかに紡がれた。
「森は我ら魔物を護る船。大地は我らを抱く家。樹々の翠はエメラルドに輝き、川の水はアクアマリンの如き。何より大切なのは、その大地を統べる霊樹である」
「霊樹?」
つい、聞き返してしまったのはユキナリだ。
「ですわ。森には、多種多様な魔物が住んでおりますの。それぞれ、干渉はしませんわ。どんな種が住んでいるのか、お互いどこに住んでいるのかも教えあわない関係ですの。けれど、それら森の魔物達の共通認識、それが『霊樹』」
「つまりその木が、この森の中心とか、守り神みたいなものなんだな?」
「……ですわね」
そんな風に、マルの講義は森が見えてくるまで続いた。
「着きましたわ、ね」
つい全員が、真剣な表情になる。
そこでは、あたり一面が森だった。
目の前の視界全てが森なのだ。
実際に、この国のここから南側は、全てが魔物が住む森だった。
それは、深い深い森だった。
一面に、濃い緑が広がる。
そして、それ以上でもそれ以下でもなかった。
特別怪しい声などは聞こえない。怪しい木も見当たらない。
ただ、ひたすらに森なのだ。
その森に辿り着くか着かないかといったところに、その木は生えていた。
この森の番人、トレントだ。
たった一本で、この森と人間との架け橋になろうとここに立つ事を決めた木だ。
そしてそれは、図鑑よりも、想像よりも何よりも、おどろおどろしい姿をしていた。
それほど背の高くはない木だった。
太い幹が見える。これほど太い幹は見た事がないというくらいに。
葉のない枝が、広く広く広がる。
その枝が伸びれば、手の届かない場所はないのだというように。
そしてその枝は、まるで生き物のように、脈打ち、ぬめっていたのである。
触手回ですね!まあ、ハーレムものですからね!