136 こんな道を通りたかったわけじゃない(2)
目の前には、崖から落ちそうな馬車が一台。
支えられるわけもないのだが、つい手で馬車を支えてしまう。
「どうすんだこれ……」
まあ、既に山の半分以上上にいるわけで。下って行くのはあまり得策ではないと感じる。
じゃあ、上なわけだが。
ユキナリは、山のてっぺんを見上げた。
岩ばかりの山肌。
幸い空は晴れてはいる。
かと言って、悠長にしている場合でもない。
最近は夕立もあるし、あと数時間もすれば、夜が来る。
「押して行くしかないか」
その言葉に、マルがあからさまに疲れた様子を見せる。
「イリス、また馬車が落ちないように見ててくれるか?」
「はい、イリスは戦うよりこういう方が得意です」
お?そうなのか。それは意外だ。
炎やら風やらで攻撃してきた時の事を思い出す。
「じゃあ俺が後ろから押すから、あとの二人は前から頼めるか」
「うん」
二人が前へ行ってしまうと、残ったのはトカゲだ。と言っても、トカゲの大きさでは、馬車の中を通って後ろに行くのは無理だろう。
「キュ」
「丁寧に引いてくれよ」
俺の気持ちを知ってか知らずか、トカゲは、
「キュ〜」
とやる気を見せる声をあげた。
そんな感じで、俺が一人で後ろから押す事になった。
ズ……。
土の精霊の加護があるからか、押すのは思ったよりも辛くはなかった。
けれど、時々崖から、車輪が落ちるのは止めようがない。
イリスの表情は読めないのに、ガガガと車輪が落ちる度に、ヒヤヒヤしているのがわかった。
「ちょっとストップしてもらっていいか」
一度馬車を止め、ユキナリは、一度馬車から離れた。
短剣を手に、もう片方の手を地面に。
一呼吸すると、
「全てを守る土の精霊モスよ、どうか俺達を守ってくれ」
地面に力を込める。
力が抜ける感覚がして、土の力を行使しているのがわかった。
さあ、どんな事が起こる……?
正直、自信はあった。
最初に手に入れた力が、それほど弱いわけはないのだ。それで、これほどまでに自分の力を使うだなんて……。
きっと、すごい事が起こるに違いなかった。
効果はすぐに現れた。
ドルン……、と、足元がぬめる。
足元の道がぬかるんできたのだ。
次第に柔らかな土になる。
そしてそれは間違い無く、ユキナリの力だった。
その効果は、ユキナリの足元から徐々に前に広がっていった。
「……地面が柔らかくなれば、車輪が埋まって滑らないだろ、ってか?」
一度馬車を押してみる。
ぐ……っ。
さっきよりも数倍重く感じた。
「嘘だろ……」
悪態をつきたかったが、万が一、そんな言葉をモスに聞かれてモスの力が失われてしまっては大ごとだ。
仕方がなかった。
仕方なく一行は、気をつけながら馬車を押して行くしかなかった。
頑張って手で押すしかない。