135 こんな道を通りたかったわけじゃない(1)
ユキナリは、ガタガタと走る馬車の中でぼんやりと過ぎ行く空を見ていた。
台風などは来ないのか、夕立の様な雨は降る事があるものの、基本的には晴れた日が多かった。
今日も、馬車の中から青い空を見上げる。
ガコン、という音で、外を見た。
「へ?」
目を疑う。
地面が、見当たらないのだ。
「まさか……」
逆側を見る。
目の前に、岩肌が迫っていた。
つまるところ、山に登る為の細い道を登っているらしいのだ。
既に山の中腹に居り、右側は切り立った崖、左側はすぐに岩山だ。
「おいおいおいおいおい」
心臓をバクバクさせながら前を覗く。
車輪が落ちていないこと自体が奇跡ででもあるような細い道だ。
そんな道を、トカゲは軽快に走って行く。……フゴフゴ言っているのは、もしかして鼻歌なんじゃないだろうか。
落ち着け。
落ち着いて、様子を見る。
まさか馬車の存在を忘れてるなんて事は……。
思った瞬間、
ガガガガガ!
と車輪が崖の端を擦る。
こいつ、俺達の事忘れてやがる……。
ため息なんて吐いている場合じゃない。
このまま、声を掛けて余計な動きをされるくらいならこのままでもいいかと思ったが、そうはいくまい。
驚かせないように、そっと声を掛ける。
「トカゲ」
返事はない。タカタカ走っているところを見ると、聞こえなかったのだろう。
これで、ぐるりと後ろを振り返られても困るわけだが。
けれど、止めないわけにはいかなかった。
「みんな」
今度は、後ろに小さく声を掛ける。
返事はなかったが、全員が耳を澄ませている事が感じ取れる。
「馬車を落ちないように出来るか?」
「イリスなら、」
と、イリスが名乗りをあげた。
「魔法で足場を作れます」
「よし。じゃあ、あとの二人は全員が落ちないように気をつけててくれ」
「わかった」
全員で、ひとつ呼吸を置くと、戦闘態勢に入る。
ユキナリは、トカゲを見据えた。
今度は、一回り大きな声で。
「トカゲ」
と声を掛ける。
聞こえるまで、続けるしかない。
「トカゲ!」
そこで、トカゲはやっとユキナリの声に気付いた。
「キュゥ」
予想通りというかなんというか、返事をするようにハネツキオオトカゲはぐるりと後ろを振り返った。
イリスが作った足場を、車輪が滑る。
車輪の下は既に何十メートルもの空間だ。
「トカゲ、ストップしろ!」
なんとか叫ぶが、遠心力には勝てそうにはなかった。
馬車のヘリになんとかハニトラとユキナリが掴まる。
イリスとマルもお互いを掴んでいたが、マルがイリスが落ちないように掴んでいるのか、マルが落ちないようにイリスに掴まっているのか定かではない状態だ。
なんとか道に馬車を収め、トカゲを手綱から放してやる。
「ははっ」
あまりにも切り立った崖と、ギリギリの道。気まずそうなトカゲの顔に、ユキナリはもう苦笑するしかなかった。
また旅が再開しています!ハニトラの故郷へ向かって!