134 ライバル同士
ハニトラは、森の中に落ちていた樽の上に座っていた。
きっとどこかの商人の馬車から落ちたか、わざと落としたかしたものだろう。
もう時間は真夜中で、ただ星だけが輝く夜だから。
服は脱いでいても誰かから咎められる事はない。
ただ、何も纏わず、チカチカと星だけが輝く空を眺めていた。
息苦しい服を脱いで、ただ、ぼんやりと自分だけでいる時間。
そんな時だった。
パキリ、と小枝が割れる音。
がばっと振り返る。
そこに居たのは、マルだった。
相変わらずの、ツンとした鼻。
「あなたみたいな弱弱弱弱弱弱さんには、近付く気配を察する事は出来ないようですわね」
ムッとする。
そりゃあ、獣人みたいに気配を察知するなんていう能力は、種族的にも持ち合わせていない。
そして獣は、それきり押し黙った。
「……何しに来たの?」
わざわざ聞いてやる。
「……なんでもありませんわ」
……私の事をわざわざ探しに来たくせに。
じゃなかったら、一人の時にこれほどちょくちょく鉢合わせたりはしない。
獣としての義理だかなんだか知らないが。
……こういうところが気に入らないのだ。
「……獣は、ユキナリの事が好きなの?」
突然の質問に、獣はあからさまに顔を歪める。
「突然、なんですの?」
「好きかどうかって聞いてるの」
そんな簡単な事を聞いただけで、獣は憂いた泣きそうな瞳を見せる。
そんな顔をするなら、答えなんてどちらでも同じ事だ。
それでも。
そんなにわかりやすい顔をしていても、
「助けてくださった方ですもの。感謝してもしきれませんわ」
なんて答えをする獣には、やはり気分は良くない。
私がどんな思いで、獣とユキナリが楽しそうに話をしているところを見ているのか。
私がどんな思いで、同じベッドで眠る二人を見ているのか。
考えた事があるのだろうか。
「私は、ユキナリが好き」
真っ直ぐに、獣を見据えた。
「あなたには渡さない」
獣が、ハッとした顔をこちらに向ける。
獣がふっと下を向くと、垂れた耳がフワリと動いた。
「そう、ですわね」
言葉を探す様な言葉。
「あなたになら、言ってもいいですわ」
そして獣は2、3度、口をぱくぱくとさせた。まるで、言葉を作る方法は突然わからなくなって、空気の中にどうやって言葉を載せようか考えているみたいに。
「わたくしも……ユキナリ様が好きですわ。……あなたに渡したくないくらい」
その言葉を言い終えると、二人は顔を見合わせた。
お互いに、その言葉を言った事に驚き、そしてその言葉を受け止める自分の気持ちに驚いていた。
「……私……!獣のそういうところ大嫌い……!!」
今度は、マルの方が、ムッとする番だった。
「なんですの!?せっかく意を決して打ち明けたっていいますのに……!!」
ハニトラが俯き、言葉を続けた。
「大嫌い……だった……」
「は!?」
小さな声で呟く。
「……こんなやつじゃなかったら、叩きのめしたって気にならなかったのに」
マルが、一歩、ハニトラの顔を覗こうと前に出た。
「……わたくしも…………、あなたのそういうところは、嫌いではありませんわ」
ハニトラは、口をへの字に曲げて、踵でポコンポコンと樽を蹴飛ばした。
そのまま、睨みつけるように獣を見る。
「ライバルだって認めてあげる」
投げ捨てるように言うと、獣はテシテシと地面を肉球で叩いた。
「なんですの!!その上から目線が気に入りませんわ!!」
この二人もなかなか仲はいいと思います。