120 旅立ちの日
酒のジョッキを飲みながら、周りの声に耳を澄ます。
酒場では、まだ昼間だというのに酒を飲んでいる人間が多かった。
薄暗い天気の日、薄暗い照明の中で、店の中は影が多い。
こんな薄暗い場所なら、何か聞けるんじゃないかと思い、入ってみたわけだが。例えば、魔女の噂だとか、ゴーレムの噂だとか。
とはいえ周りは「誰と誰が結婚する事になった」なんていう話題だの、「今度首都で行われる祭の女王は誰になるんだろうなぁ」なんていう話題だのばかりが飛び交う。
そうそう、偶然、希望した話をしてくれるわけがないのだ。
こんな時、少年漫画のヒーローになるようなやつなら、飲んでいるやつの中に入っていって一緒に飲みながら情報を聞き出すんだろうが……。もしくは、少女漫画のヒーローになるようなやつなら?
けど、そんな器用な事も出来ず、酒場に居るだけとなる。
……なんか、首都でもうすぐ祭がある事しかわからなかったな。
タコの足の様なつまみを食べ終えてしまうと、ジョッキの最後の一口を飲み干し、席を立つ。
「おじちゃん、お勘定」
「はいよ」
店を出る時、女性に声をかけないのはちょっとしたコツだった。
うっかり女性に声をかけ、嫌な顔をされるだけならまだいい方で、嫌な気分にさせた代金なのかなんなのか知らないが、悪い時ではぼったくられた。
ドアを開けると、空を見上げる。
今日の天気は重い曇り。
……いや、雨と言ってもいいくらいか。
今にも降りそうな空から視線を外し、フードを被る。
今日は雨よけのコートを羽織って来ているのだ。
予想通り、町の中を歩いていると雨がぱらついてきた。
フードを少し目深に被り直し、足を早める。
馬車についた時には、すでに小雨というには少し降りすぎているくらいには雨模様だった。
トカゲが雨に打たれている。
「雨だけど、大丈夫か?」
声を掛けると、
「キューイ!」
と、むしろ雨が気持ちいい様子だ。
ハネツキオオトカゲってのは、雨が好きなんだろうか?
「今日は、思いっきり走ってくれ」
「キュ〜イ〜!!」
馬車に乗り込むと、3人とも既に馬車の中に居た。
マルは新しい毛布が気に入ったらしく、丸めた毛布の上でゴロリと転がり脚を伸ばして暇そうにしている。
雨の中で読書をすると本が濡れてしまう可能性があるので、我慢しているのだ。
イリスはいつも通り座って黙り込んでいる。
イリスと同じ形の像を置いておくと何日か騙されそうな気までしてしまう。
ハニトラは、ぺたりと座り、じっと雨を眺めていた。
銀色のおかしな癖っ毛の髪が、木の床についている。
「みんな、準備は?」
言うと、3人ともが一斉にこちらに顔を向けた。
「問題ありませんわ」
「大丈夫です」
「いいよ!いこー!」
その呑気さに、つい笑顔が漏れてしまう。
「よし!じゃあ出発するか!」
さて、やっと出発ですね!