119 盗人事件(6)
トカゲの形をしたまま、透き通ったそれはそこにあった。
まるで精巧な飴細工の様だ。
瞬き一つ、出来ない瞬間だった。
それは本当に一瞬で、その飴細工の様なトカゲの姿は、何かの幻影だったのではないかと思えるほど、あっという間に頭の方からキラキラと空気に溶ける様に消えていったのだ。
「きれい…………」
ハニトラの呟く声が聞こえた。
イリスは、じっと止まったまま動かない。トカゲの抜け殻があった場所を集中して見つめている。
ユキナリは、その場所を見る為に、また、トカゲの様子を伺う為に、小さな音を立てて馬車を降りた。
まず、マルの様子を見ようと、馬車の下を覗こうとすると、どこかのゾンビ映画よろしく犬の前足がぬっと出てきた。
「うわっ」
小さく驚きの声を上げる。
改めて馬車の下を覗くと、マルがボロボロと涙を流していた。
「……うわっ」
それを見てまた声を上げた。
「……どした?」
声をかけると、マルは無言で馬車の下から這い出してくる。立ち上がったマルの足はフルフルと震えている。
マルはゆっくりとトカゲの抜け殻があった場所に歩いていくと、震える前足でそこを、ポフポフと触った。
「………………ですの」
「え?」
マルの小さな声が聞き取れず、聞き返す。
「一瞬でいいから、触りたかったんですの」
「あ……」
マルの涙がさらにボロボロと溢れた。
世界を研究しているというくらいだ。きっとこういうものにも人一倍興味があるのだろう。
「ぐぎゅうううううう」
マルが前足に顔をうずめ、悔しがる。
「感動し過ぎて、一歩も動けませんでしたわ」
悔しそうではあるが、まあ元気そうか。
ユキナリは、
「ははっ」
と小さく苦笑する。
「脱皮は、見られただろ?」
「もちろんですわ」
「またいつか、脱皮しないとは限らないからさ」
マルが不満げな顔をする。
まだ涙はボロボロと溢れていた。
悔し涙かと思ったが、感動の涙なのかもしれないな。
「…………ですわね」
ユキナリは、今度はトカゲのそばへ寄っていった。
「トカゲ」
「キューイ!」
思ったよりも明るい声。
あの食欲はどこへ行ったのやら、脱皮したばかりだというのに、元の元気なトカゲに戻ったようだ。
「お前はもう、なんともないのか?」
聞くと、
「キューイ!」
と嬉しそうに鳴いた。
ぐいと頭を持ち上げてこちらを見ている。
トカゲの頭を撫ででやりたいが、脱皮直後は触っても大丈夫なのか?
考えた末、頭に生えている角の先を撫でてやる。
トカゲは、
「キューイ!」
とドヤ顔を作った。
持ち直したマルが、トカゲのところへ飛んでくる。
ふむ……という顔をして、間近でトカゲを観察する。
「問題ありませんの?」
「キューイ!」
元気のいいトカゲの返事を聞いているのかいないのか。マルは、トカゲに口を開けさせたり腹を見させたりと忙しない。
あれ?
トカゲが……少し大きくなっただろうか。
これは頼りになりそうだな、なんて思うユキナリだった。
そんなわけで脱皮エピソードでした〜!