114 盗人事件(1)
翌朝の事だった。
「じゃ、出発するぞ〜」
ユキナリが馬車に乗り込む。
ゴッ、と食料の箱に蹴つまずいた、その時だった。
食料の箱が動いたのだ。あれほどの重さだったものが、まるでただの箱みたいに。
まるで、何も入っていないただの木箱みたいに。
思わず、その箱を凝視する。
悪い予感がする。
そしてこんな時には、悪い予感は往々にして当たるのだ。
「ちょっと、待て」
と言ってしゃがみ込む。
「どうしたの、ユキナリ」
と、外からハニトラが覗き込む。
恐る恐る、木箱を開けてみる。
中は、予想通りというかなんというか、空っぽだった。
いや、空っぽだったというのは語弊があるだろうか。
肉のかけらやら空になった缶詰やら、食べ散らかした後のものが所々に転がっている。
「誰かに……食べられてる……」
ユキナリは、目を見開いたハニトラと顔を合わせた。
その日、出発は中止にして、ひとまず馬車の中、4人で空の木箱を囲む。
「問題は、誰が食べたのか、だ」
ユキナリが真剣な顔で腕組みをすると、ハニトラも真剣な顔になった。
「誰か知らない人が馬車に乗っただなんて、由々しき問題だよ」
確かに、馬車にドアがあるわけでも鍵が付いているわけでもないが、この国は比較的治安がいい。
馬車のものが無くなるなんてことはそうそうあるものでもないのだ。
指紋が取れるわけでもないしな。……というか……。
思いながら、マルの足を見る。
誰もが指紋を持っているわけでもないだろうしな……。
マルが「フン」と鼻から息を吐いた。
「食料がなくなった事自体はもうどうでもいいことなんではなくて?大切なのは、今後どうすべきかですわ」
そんなマルをハニトラがジト目で見る。
「どこかの仲間の獣が食料を食べちゃってた場合、また起こるかもしれない」
マルがハニトラを睨む。
「あら、わたくしだって言いたいの?」
「そんな事、言ってないけど?」
そこへ、
「まあまあ」
と割って入ったのはイリスだ。
「仲間の誰かじゃなくても、犯人を捕まえておかないと、どこかでまた誰かの食料が食べられてしまう可能性があるのは間違いないのですし。イリスは、一度調べてみるのもいいと思います」
「だな」
と、ユキナリが同意する。
マルが仕方なさそうに、据わった目のままでため息を吐いた。
「では」
マルがやおら立ち上がる。
「観察ですわね」
箱の中身を覗いてみる。
マルの事だから歯形がどうのと言いそうだと思ったが、どうやらクンクン臭いを嗅いでいるらしい。
「……知らない臭いはありませんわね」
「仲間に、いるって事か?」
まさか、と思ったが、マルが嘘をつくのも考えにくい。
いや、つまり、マルが犯人なら、嘘だって吐くんじゃないだろうか。
……まずい。
これは、仲間を疑い合う状況に陥りそうだ。
ユキナリは、落ち着く為に外へ出る。
さて、犯人は誰でしょう?