107 旅路(3)
「ユキナリ……!」
崖を滑り落ちる。
高さは10メートルないくらいか。
落ちても死ぬ事はないだろうが……!
止まれない……!
覚悟を決めた、その時だった。
ぐん、と服を掴まれ、強い衝撃と共に崖に打ち付けられる。
痛……くない…………?
土の壁は、きっと土の加護のおかげだと思うが、痛くはなかった。
「ぐぬぬぬ」
と、ハニトラの声が頭上から聞こえる。
捕まえてくれたのか。
「ハニトラ」
「ユキナ……」
何やってんだ。
腕力なんてぜんぜんないくせに。
「この高さなら大丈夫だから、離していいよ」
そう伝えたけれど返事は無かった。
その代わり、
「ぐぬぬぬぬ」
という声と共に、汗だか涙だか分からない何かが落ちてくる。
「ハニトラ」
「やだ」
「何やってんだよ……」
今度は小さくそう口に出す。
「大丈夫だから」
ユキナリが身体を捻り、崖を足で蹴る。
すると、ユキナリの身体は下へ。
バランスを崩したハニトラも、一緒に下へ落ちてくる。
そうなんだよ。
こいつはそういうヤツだった。
一度置いてきた時だって、後ろからコソコソついてきたじゃないか。
必死でついてきて、俺の事助けて。
いつだって一生懸命。
こんなヤツ、裏切れるわけないじゃないか。
一緒に落ちていくハニトラを、引き寄せて抱え込む。
こんな時にカッコつけられれば、完璧なんだろうが、正直、俺の心の中はいっぱいいっぱいだった。
モスモスモスモスモス……!
心の中で、何かの呪文の様に精一杯唱えつつ、受け身体勢を取る。
ド……ッ!
「いっ……」
てええええええええええええええ!!!
泣きそう、だけど…………死んではない、よな?
腕の中のハニトラが無事なのを確かめて、
「ユキナリ!?」
残念ながら俺は、そこで意識を手放したんだ。
……「ですわ」の声と、痛い背中を揺らす揺れで、気を失っていた事に気がつく。
「……すごーい声でしたわ。『マルチネス様〜!』」
「そんな事言ってない」
「素直におっしゃい。弱弱弱弱弱弱なりに」
「ケモケモケモケモケモケモケモケモ」
また、二人が言い争いをしている。
どうやら、ユキナリはトカゲの背に乗せられているようで、どこかトゲトゲとした鱗で覆われた硬い感触が身体に伝わる。
トカゲの捻るような揺れで、
「イテ……ッ」
と声を上げると、トカゲのわきを歩いていた3人が一斉にこちらを見た。
「……ごめん、心配かけて」
「フン」
とマルが鼻で息を吐いた。
「まだ移動中で、手当てはしておりませんわ。平なところで治療いたしましょう」
「すぐに治しますからね」
と、イリスが心配そうな声を出す。
「キュ〜イ」
と、ハネツキオオトカゲの声が聞こえた。
「ユキナリ〜」
ハニトラはちょっと涙声だ。
やっぱり心配させちまったな。
そんなハニトラの声を聞きながら、ユキナリの心はもう決まっていた。
「なあ、マル」
「マルチネスですわ」
「聞きたい事があるんだ」
「キュ〜イ」は、無事でよかったという意味の「キュ〜イ」です。