100 聞いてもいいか
一人、森の木陰で短剣の手入れをする。
刃物の扱い方は、マルや鍛冶屋から教わった。
なのでなんとか一人で刃物の手入れが出来るようになったところだ。
綺麗に拭い、刃こぼれしていない事を確認する。
水竜の鱗から作られたというその剣は、毎日見ていても飽きることのない、不思議な魅力があった。
陽の光に反射させ、思う存分にその輝きを堪能する。
人気の無い町外れの木陰に入ったのは、一人で集中したかった事もあるけれど、その光に照らされた剣を、じっくり堪能したかったというのもある。
緊張した面持ちで鞘に短剣を収める。
鞘にぴったり入ったところで、一つ息を吐き、緊張を解いた。
それじゃあ、戻りますかね。
と、立ちあがりかけたところで、ぼすっと後ろから何か飛び出した事に驚いてしまう。
「うわっ!」
一瞬、攻撃されるのかと思い、身構えたが、
「ユキナリ!」
と知っている声に名前を呼ばれ、力が抜ける。
ハニトラだ。
どこかのラノベか漫画のように、敵の気配とかわかればいいんだがな……。
とほほ、なんて思いながら、突っ込んできたハニトラを受け止める。
「ハニトラ」
ここで普通に飛び込んでくれば可愛いんだろうが、ハニトラはまるで犬のように腕の下に頭を突っ込んでくる。
「どした?」
と聞きつつ、ハニトラと二人になるのは久しぶりだった。
マルと出会ってからは、一ヶ所に集まっての旅ばかりだったからな。
「この辺じゃないかと思って歩いてたら、見えたから」
「え、ここってそんなに見えるか?」
「道からは見えないよ。けど、あの木のあたり、歩きやすくなってる」
「ああ。明日は場所変えるか……」
そんな他愛ない話にも、なんだかほっこりしてしまう。
そういえばハニトラに、聞きたい事があったんだ。
「ハニトラ」
声を掛けると、銀色の髪がふわっと舞い上がった。
見上げてくる青い瞳は、この短剣に負けず劣らず不思議な色をしていた。
「マルに、お前の家の場所、聞いてみようと思うんだが、いいか?」
ハニトラが、悩む顔をした。
マルがハニトラの家の場所を知っているようだったが、ハニトラ本人が阻止して有耶無耶になったのだ。
ハニトラを家に送り届けたい気持ちは変わる事はないが、一度聞いてみなくてはと思っていた。
「私は……」
何かを、決心するような顔だった。
「家に帰る。けど……」
ハニトラが、きゅっとユキナリの袖を掴んだ。
「そのあと、ユキナリの旅に、私もついて行く」
「へ…………?」
それは、予想外の事だった。
「いや、それは……」
魔女を倒して、自分は元の世界に帰してもらう。
それだけを考えていた。
きっと、最後は一人なのだろうと。
けれど、そこにこの世界の誰かがいたら、それはどうなるのだろう。
そいつはどうなるのだろう。
「それは……」
言い淀む。
ハニトラが居てくれたなら、どれだけ心強いだろう。
けれど、俺一人の為に、魔女の前で一人取り残されるハニトラは一体どうなるんだ。
「考えて……おく……」
ひとまずそれだけを言うと、もうそれ以上何も言えなくなった。
「勝手に何処にも行かないって、約束して」
そこに、射抜かれるような強い瞳があった。
「ああ。勝手に置いていったりしないよ」
そしてハニトラ回でした!