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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

島流し令嬢と執事の怒り 〜灰燼〜

作者:

「断罪される令嬢は執事と島に流された」の展開を変更したものです。

「エリアーデ・フォン・マトリフ! 王太子妃候補、男爵令嬢マリレーヌ・ドルテスを殺害未遂の罪で断罪する」



 私は今、混乱している。

 地球人で日本人の私が何故、前世で読んでた小説の中の悪役令嬢になってしまったのか。


 神様、私、島流し直前の令嬢の中に放り込まれる程の悪事を働いた記憶ございませんよ!


 普通に生きてた23歳の日本人女性。ただの社会人でした。

 友達だと思ってた女に彼氏を奪われ、会社帰りに、外でやけ酒飲んで、ふらついて池に落ち、どうも死んだらしい。


 挙句に異世界転生して、気がついたらこの状況!

 踏んだり蹴ったり!!


 これって小説でよくある、婚約者の王太子殿下の愛する男爵令嬢に手を出して、有罪判決が出た所にショック死した令嬢の中にたまたま憑依したって状態!?


 いくらなんでも、悪役に憑依するにしたってタイミングが最悪なんですけど!

 断罪よりずっと前に送って悪役からルート修正させるべきでしょ!



「そいつも罪人で恐れ多くも王太子殿下の愛する男爵令嬢を害そうとした実行犯の執事だ! 処刑せよ」



 衛兵に悪役令嬢の忠実な執事が囚われ、今にも残酷な鋼の切っ先が、彼の首に触れそうだった。



「や、やめて! おやめなさい! 

 せめて私と同じく、私と一緒に島流しの刑でいいでしょう!?」



 中身が別人だけど、一応この後に及んでも、お嬢様っぽい言葉使いはしておく。

 身分のおかげでギロチン刑から免れたのならば!



「執事もハインツは実行犯で平民だ、減刑など認められぬ」


 執事のハインツは黒髪に青い瞳のイケメンだ。

 お嬢様である私の、この体の本来の持ち主の為に罪を犯した。



「野獣の住む場所に島流しなんて、実質死刑みたいな物でしょう!? 今、彼に手を出したら私は死後、怨霊になってこの国の全てを呪ってやりますわよ!!」


「……うっ、なんて女だ。やはり噂通りの悪女だな!」


「彼に手を出したら子々孫々まで呪ってやりますわ! 浮気男の王太子も! 略奪女の男爵令嬢も無事に子を産めると思うな! ……ですわ!」


「そ、それはまずいな、仕方ない、執事も獣のいる島に流そう。

 どうせ貴族の令嬢みたいな足手纏いと一緒に、宿も店も何も無い無人島送りだ、すぐに獣に食われて死ぬだろう」


「そうだな、危険な獣のいる無人島に島流しとか、実質死刑だからな」


 衛兵は納得したようだった。


「お嬢様……」


 物語に出ていたお嬢様に忠実な、黒髪碧眼のイケメン執事が私を見ている。

 彼はスラムに暮らす親も亡くした貧民だった。


 まだ幼い、10歳くらいの時にに空腹で路地裏で倒れていた所を、幼い悪役令嬢が見つけて家に連れ帰り、親を説得し、教育を施し、自分の執事にしたのだ。

 温かい食事、清潔な寝床、読み書きなどの教育まで施してあげた為、令嬢には恩を感じてる。


 しかし、それで悪事まで働く手先にまでなってしまった不幸な人。



「あの女さえいなければ……」


 そんな令嬢の嘆きに反応して、自ら主人の恋敵の男爵令嬢を殺しに行って失敗した。

 そう、実は令嬢はそんな恨み言を言っただけで、恋敵を殺して来いとは言っていない。

 悪役令嬢の為に、自ら手を汚す決意をしたのに失敗してしまったのが、彼だ。


 でも悪役令嬢は「執事は私が命じたから命令に従っただけ」と、彼を庇った。

 別に実際はそこまで悪役令嬢じゃ無いじゃん! って感じだけど、作中では悪女と言われてる。

 男爵令嬢を殺そうとした執事を庇ったから。



 令嬢は真実、皇太子を愛していた。

 嫉妬して、略奪女に苦言を呈したりはした。


 でも婚約者のいる相手に馴れ馴れしくするなんて、はしたない。とか、真っ当な意見ではあった。


 本来ならパーティーなどの公の場では、自分が王太子にエスコートされるべき婚約者ポジションなのに、厚顔無恥にも男爵令嬢がエスコートされていて、怒りに任せて略奪令嬢のドレスにワインをひっかけたりはしたけれど。


 あんな浮気男のどこがいいのか、正直私には分からない。


 輝くブロンドの髪に緑の瞳の完璧に美しい公爵令嬢という婚約者がいる身でありつつ、他の女といちゃつくような最低男なのに。



「姉上……」



 金髪に赤い目をしたイケメン登場。

 元は優しい子だったのに、恋敵のせいで暗黒面に堕ちた悲劇の令嬢の弟、彼こそこの小説の世界における主人公。ロベルト・フォン・マトリフ。


 この小説は、悪役令嬢の弟が、後に王太子と男爵令嬢に復讐して終わる物語だ。


 怒りと悲しみが無い混ぜになった表情をしている。

 中の人の私は犯罪は何もしてないけど、とりあえず謝っておくわ。



「家門の皆には、迷惑をかけて、ごめんなさい……」

「く……っ」



 弟主人公は爪が食い込みそうなほど、拳をぎゅっと握って俯いた。

 今はまだ、力が足りない、準備も間にあっていない、彼の復讐はもっと後からだ……。



 * *


 そんなこんなで数日経ち、島流し当日。


 船で海を渡る。船頭がオールを漕いでいた。

 船頭一人に見張りの刑務官が一人同乗してる。


「あーあ、こんな悪女を送迎する仕事なんてついてねえな」


 この船頭、私に聞こえるようにあからさまにぼやいてやがる。腹立つ。

 海を見ると、黒い影。

 島に到着前に、見つけたのは、


「鮫よ」

「うわ! なんでこんな時に!?」



 船頭と刑務官の二人の男が慌てふためく。

 あまり大きい船でもないからビビってる。



「ふふふ、それ、私が呼んだのよ」



 真っ赤な嘘ではあるが、



「なんだと!?」

「せいぜい島まで不敬さを反省し、丁重に送りなさい」



 嫌がらせと、大事に送迎するように仕向ける為に私はわざと自分が呼んだと嘘をついた。

 すると船頭と刑務官は真っ青な顔で渋面を作った。

 くく、いい気味。



 そして──船頭が船を漕ぎ漕ぎ、ついに無人島到着!

 サバイバル開始ですわ。


 美少女令嬢とイケメン執事の実録サバイバル動画とかあったら、私、絶対見るわ。

 前世でサバイバル動画は好んで見てたし。

 まあ、ありえないけど、スマホもTVも無い世界だし。

 でもこの世界の貴族には、魔法が有るんだよ。


 ただ、この公爵令嬢には、何故か魔力が無かった。

 これも皇太子に捨てられた要因でしょうね。


 そうでなけりゃいくら魔力無しでも、美人でスタイルも良く、家柄も力有る公爵家って言う条件の令嬢を捨てて、たかだか魔力が多いとはいえ男爵令嬢という、貴族の中でも本来下のレベルの女に走らないだろう……。


 つーか、せめてそこそこの後ろ盾になる伯爵令嬢以上の高位貴族選べよ。

 アホ皇太子。

 そんなだからいずれ悪役令嬢の弟の叛逆で殺されて死ぬ。


 おっと、怒りで思考の海に沈んでたけど、今はサバイバル突入直前だったわ。


 島流し刑の私達の荷物は鞄がたった二つ、私の分と執事の分が一つずつ。

 荷物は弟の嘆願で持たせて貰えた。

 せめて最後は貴族らしく、着替えくらいはと食い下がってくれた。

 ありがとう、弟。



「俺は命令通り送り届けただけだ! 呪うのは止めろよな! 後、帰りの鮫も勘弁しろよな!」

「そうね、勘弁してくださいでしょう? お口が悪くってよ」

「か、勘弁してください」


 私の鮫を呼んだ発言と呪うと言った言葉に相当びびっているらしい。

 ざまぁですわ。




「実は私が鮫を呼んだなんて嘘よ」

「何!?」

「魔力がない私が、そんな事どうしてできると思ったの?」

「この嘘つき悪女!」

「でも死ねば呪うくらいは出来ると思うのよ」


「な! もう勘弁しろよ! なんて嫌な女だ!」

「おい、もうその女に関わるな! 早く帰ろう、さっきの鮫は偶然寄って来ただけなんだろう」

「チッ、そうだな」


 二人の男、船頭と刑務官達は私達を罪人の流される島に置いて、行きと同じ船に乗って、去って行った。


 さて、この執事とこれから二人で無人島生活スタートだ。

 仲良く力を合わせないと生き延びる事は困難。

 なので、敬愛するお嬢様のふりは、とりあえずしておいた方が良いだろう。



「お嬢様、申し訳ありません、私がしくじったばかりに、お嬢様まで巻き添えに」



 貴方も復讐の物語の不幸な舞台装置の一人。



「貴方は、確かにやり過ぎたけど、私の事を思ってしてくれたのでしょう。

 それより、貴方の鞄には何が入っているのかしら?」


「ナイフや調理器具と薬、ロープや下着などの着替えを入るだけ詰めて来ました」

「良かった、調理器具があるならばまだ生きる事を諦めた訳じゃ無さそうですわね!」



 紐は首吊り用じゃ無いわよね!?

 テントとかシェルター作りや獲物を吊るすとか罠とかの使い道があるから持って来たと思うたい。


「私もナイフや着火剤にもなる麻紐、大きな布、針と糸。動きやすい着替えと下着と小さな鍋とコップ、フォーク、スプーン等を持って来たわ。火打ち石でも有れば良かったのだけど、普通は魔法で着火するから公爵邸には無いのよね」



 ザザーンと、波打ち側で波音が響く。静かね、無人島に男女二人きり……。


 ややしんみりとして砂浜を見ると、大きな貝と打ち上げられた昆布らしき海藻があった。

 拾って行きましょ。



「お嬢様、海藻はいいですが、その貝は空です、中身がありません」

「鍋や器の代わりにはなるわ。あ、持参したコップに海水も入れて塩の代わりに持って行くわね。料理に使うわ」



「なるほど、お嬢様は賢いですね」

「ありがとう。とりあえず真水を探しにジャングルに入るわ」



 執事と共にしばらく熱帯の木々をかき分けるように進んだら足元に蛇を発見。

 


「蛇です、お嬢様、危険なので下がってください」

「貴重なタンパク源よ、食料に出来るから捕まえて。そして毒腺のある頭をナイフで落としてしまいなさい」

「はい」


 執事は手早く蛇の頭を落とした。



「蛇の頭は地面に埋めておくわ。あなたは蛇の皮を剥いで、皮の両端を持ってから、破らないように」


「皮を破ってはいけないのですか?」

「蛇の皮は水筒、水袋にもなるわ」

「なるほど」


 しばらく進んだ所で沼を発見した。


 この水場の近くで蛇を食べる事にした。

 石で囲んで簡易カマドを作って、鍋に水を入れて火にかけ煮沸消毒。

 蛇と昆布と海水も塩代わりに入れる。


「小骨が多いけど、わりとイケるわね。淡白な味でやや鶏肉っぽい」



 ふと見ると、執事が何やらゴソゴソしてる。



「何をしているの?」

「先程虫除けの煙が出せる植物を見つけましたので、森の中で寝る時は炊こうかと。

 お嬢様は虫がお嫌いでしょう?」

「そ、そうね! 虫は苦手だわ」



 ごめんね、あなたの支えてた本物のお嬢様じゃなくて。

 その夜は虫避けの香りに包まれつつ大きな葉で作ったシェルターの中で寝た。


 前世で嗅いだ蚊取り線香の香りに似ていたせいか、死ぬ直前の前世の夢も見た。



 * *


 それはクリスマスの数日後の事。

 多くの人が使ってる例のメッセージアプリ、LINERΩの通知が目に入った。


 それは、彼氏が「アルバムを作りました」というものだった。

 トークルームに見に行くと、さらに「アルバムを削除しました」とも、残酷に表示されていた。


 彼氏は、浮気していた。しかも私の友達だった女と。

 私の事はもう好きじゃないみたい。

 アルバムをわざわざ作った後で、それを削除するほど、もう思い出、二人で撮った写真も、私が送った写真も、見たくもないって事ね。


 それにしてもアルバム作った時点で通知行くの、知らなかったんだろうなぁ。

 私もさっきまで知らなかったけど。

 なんだろう、削除までわざわざ知らせるこの胸を抉る残酷仕様。

 は! もしや知っていて、わざとの可能性も!?


 胸が苦しい。


 私は家の近所の公園の池の側でやけ酒を飲んだ。


 そして彼氏にキッパリ別れをメッセージで別れを告げたが、既に……既読はつかない。

 もう非表示かブロックでもされているのかな?


 もうどうでもいいや!!

 酔ってふらふらになった。


 公園の池の淵を歩いていたら、落ちた。

 背中、背面から全身倒れ込むように、バシャンと池に。

 人間、落ちる時は、とことん落ちるんだな。



 * *


「お嬢様、お目が覚めですか? 布に水を含ませました。うなされておいででしたせいか、お顔に汗が」

「ありがとう」


 一度死んだ身とはいえ、私はそもそも日本人だ。

 せめて、いやできれば文明のある所まで戻りたい。

 流石に相手が自分に忠実なイケメンといえど、無人島に二人きりは辛い。

 どっちか先に死んだら、どっちかが凄い孤独に陥る。


 あのクソ皇太子のいる国じゃなくていい、いや、むしろ他国がいい。


「お嬢様、今朝のスケジュールは?」

「無人島でスケジュールって」



 私はくすりと笑って、気丈に振る舞う。



「やはりまず食料調達でしょうか」

「そうね、少し周囲を探って見ましよう」


「あ、小動物が!」


 見つけたイタチのような小動物は、素早く走って、ゴツゴツした岩に空いた複数の穴に入ってしまった。



「巣穴に潜ったわね。人間の手も奥まで入らないし、仕方ない」

「諦めて他を探しますか?」

「うーんとね、草木に火を着けて煙で燻せば出て来るのでは無いかしら? そういう狩りの手法があるのを見た事が……いえ、本で読んだ事があるわ」


「かしこまりました、そこらの木を拾って火をつけます」

「穴は複数あるけど、一個だけ逃げ道として残し、他は塞ぐべきか、複数穴に獲物がいるならそれを狙うかしましょう」

「はい、お嬢様、今度は逃しません、全取りといきましょう。

 先程は武器の用意が間に合っていませんでした」


 執事は靴底から細い棒の先端を尖らせた物を取り出し、指に挟んで装備した。



「まあ、そんな物を仕込んでいたの」

「はい、もしもの時用の暗器です」



 ややして煙に燻された小動物が穴から出て来た。

 凄い速さで暗器を放って三匹の小動物を全て仕留めた。

 こんなに凄い忍者みたいな動きが出来るのに男爵令嬢の暗殺は失敗したとは……。

 流石に作者神の加護か、弟が倒すまでは生存する運命なのか、強運なのね。



「とりあえず、獲物の血抜きとか下処理をして火にかけて朝食にしましょう」

「はい」


 ごめんね、小動物。恨みは無いけど糧となって貰うわ。

 こんなとこで死にたくはないから。


 とりあえず沼の水以外にもっと綺麗な真水があるか、この森を探ってみよう。

 煮沸消毒はしてるけど、綺麗な湧き水か淀みのない川の水の方がいい。


 しばらく森を探索していると、猿を見つけた。

 それを追って行くと、謎の遺跡を見つけた。



「かなり古い遺跡のようね」

「はい、入り口が見つかれば雨風凌げる家に出来そうですね」

「そうね」



 蔦の絡む古い建物を見上げながら私は言った。


 その時、ふと、強い獣臭がした。森の中、赤い目が光った。

 そう言えばここ、魔獣のいる島だった!!



「お嬢様、ここは私にお任せを。下がっていてください」



 静かに移動し、私と猪型の魔獣の間に立つ執事。

 騎士でもないのに彼は健気だ。

 私と言えば、情けなくも恐怖で身が空くんで動けなかった。

 棒立ち。


 でも私が動く前に決着が着いた。

 目にも止まらぬ速さで魔獣の目をナイフで切り裂いた後に、首の横あたりを切った。

 人間であれば頸動脈で一撃だろうに、流石は魔獣。


 すかさず執事はまだ動く魔獣を豪快に蹴り飛ばし、魔獣は木にぶつかって倒れた。

 

 蹴りが、強すぎる。

 執事の域を超えている。



「とりあえずコレも肉だと思いますが、食ってみますか? まず私が毒見を致しますが」


 この猪の魔獣は本で読んだ時に食べてる人がいたのを知ってる。

 わりと美味しいらしい。



「赤い目のグレートボアでしょう。それは食べられるの、毒見は大丈夫よ」

「お嬢様、魔獣に詳しかったのですか?」

「知っているのはたまたま本に載ってた分だけよ」



 執事がすぐさま猪の解体作業をしてくれた。

 正直内臓の量がえぐいので代わりに解体してくれる人がいて良かった。

 この人を本当に大事にしなければ。


 解体が終わったとこで雨が降りだし、私は慌てて遺跡の入り口らしき所から入ってみた。

 

 驚くべきことに、中にはSFアニメで見るような基地があった。

 まるで戦艦や軍事基地の内部みたい。


 真っ黒画面のモニター、いっぱい並んでるキーボードのようなものに、ボタンもいっぱい。

 ボタンを一つ押したら、なんとモニターがついた。

 おそらくこの世界の世界地図が映し出された。


 今の自分のいた国の名前を見つけて、なんとなく軽く触れたら、拡大された。

 スマホみたいに指で操作出来る。

 ファンタジー世界なのに謎のハイテク!


「まあ、凄いわね」

「地図ですね、お嬢様が住んでいた王都は……ここですね」

 

 執事もこの謎のハイテクモニターに興味があるようだ。


 そして、コクピットのような場所に二つ、透明なアクリル板のようなのに囲まれた、あからさまに怪しいボタンスイッチがあった。


 核ミサイル発射ボタンを彷彿とさせる。

 ボタンの下にはなんと、インドラの矢と書かれているようだ。


 なるほど、罪有りき者に、雷の裁きを……くだすボタン?



「……悪くないわね、どうせもう動かないだろうけど」


 私はボソリと呟くと、執事が微笑んだ。


「お嬢様、同じボタンが二つあるなら同時に押せばいいのではないでしょうか?」


 執事がセーフガードのアクリル板をぱかりとあげて私を見た。



「本当に動いたらどうする?」

「罪があるなら当然の報いなのでいいのでは? 坊ちゃまは転移魔法スクロールですぐに領地に帰ると聞き及んでますし、今ならば憂いなく」

「それもそうね」


 そして、その瞬間は来た。

 いくわ、本物のエリアーデの敵討ち。裏切り者に死を。



『ターゲット固定、インドラの矢、射出!』



 音声アナウンスが流れた。



「本当に神がこの世にいるなら、悪を」

「裁いて!」




 その時、ゴゴゴと不吉な地鳴りが響いた。


 いつの間にかモニターには王城のバルコニーの様子が映し出されていて、王太子と王太子妃がいちゃいちゃしていた。

 その後、激しい雷が王太子と王太子妃に落ちた。



 「あっ」


 あっという間に炭化して、黒い塊になった。

 まるで本物の神の怒りに触れたが如くに! 



「……お嬢様を捨てて流刑にしたくそ皇太子とアバズレ男爵令嬢がこれで死んだ」



 執事はボソリとそんな事を小声で言った。

 

「そうね」

「とりあえず今は他人の心配より、我々が生き残るために努力しなければ」



 そういえばこの小説は、悪役令嬢の弟が、後に王太子と男爵令嬢に復讐して終わる物語だ。


 執事が代わりに倒してどうするのかな、などと今更考えても後の祭り。


 何しろ魔物のいる島に島流しは実質死刑と同じだ。

 やられたらやり返す。



 私はやり遂げたと思った途端に、どっと疲れが襲って来た。

 

 


「疲れたし、少し休みたいわね、寝れる場所を探しましょう」

「はい、お嬢様」



 なんとベッドのある部屋を見つけてそこで眠った。

 元彼の夢を見て、殺伐とした気分で目覚めた。

 先日スイッチ一つで人が死んだのに、そっちより元彼の夢を見るとは。


「今朝早く目覚めたので、この遺跡内を探索したら、魔法陣がありましたよ」

「なんの魔法陣かわかる?」


 執事はニヤリと笑った。



「転移魔法陣のようでした」

「転移!? 島から文明のある人のいる場所に飛べるかもしれないって事!?」

「そのようです。神はまだ我々をお見捨てになってはいなかったようです」



 この神は小説の作者とは違うのかしら?


「でもどうやったらその魔法陣が発動するの?」

「条件はもうそろっていたようです。偶然」

「え?」

「とにかく移動しましょう。私がちょっとだけ血を垂らせば済む事です」


「あなたの血を?」

「腕をちょっと切るだけです」

「切ったりしたら痛いじゃない」

「医者もいない魔物蔓延る島にずっといる方が危険ですよ」


「そ、それはそうだけど、あなたは私の島流しに付き合わされたんだもの、私の血ではダメなの?」

「ダメです。男の矜持です」


 頑固に言い張るので流石に諦めた。

 執事に案内されて魔法陣のある場所へ向かった。

 そこは窓も無く薄暗く、魔法石がほのかに光るだけの、カビ臭い感じのする締め切った石室だった。



「お嬢様、さあ、魔法陣の中心へ」



 執事の手を取って、魔法陣の中心に私は移動した。

 彼は私の手を離すと、シャツの袖を捲り上げ、二の腕を刃物で切った。

 赤い血が魔法陣に滴り落ちた瞬間、光った!

 眩しい! 思わず目を閉じた。

 執事が私を引き寄せて抱きしめた。


 次に目を開けた瞬間、別の場所にいた。

 そこは壊れたギリシャのパルテノン神殿に似た柱が立つ場所だった。


 周囲は美しい花畑。


「何? ここは天国? 座標を間違えてあの世に来たのでは?」

「違うでしょう、まだ腕に痛みがあります」

「手当てして!」


 私はペチコートを破って包帯にした。


「お嬢様、何もそんな……」

「包帯がなかったから仕方ないでしょ! しばらく我慢して!」



 彼の手が血に染まったのは私のせいだ。

 彼の全身が血にまみれたのなら、共に血塗れた私こそが、抱きしめるべきだ。


 私はそう、覚悟を決めた。

 この美しい場所で、不釣り合いにただ一人傷を負っている彼の手をとって、私は歩いた。 


 二人で花畑をしばらく歩くと、村らしきものが見えた。



「ねえ、あそこに文明が……集落があるわよ!」

「本当ですね、人間もいます。脱出成功です」

「身分と名前は隠すべきよね」

「そうですね、偽名を使いましょう」


 今の私はエリアーデ・フォン・マトリフだけど、違う名前、前世の名前にしようか。

 ろくでもない終わりだったけど、親がつけてくれた名前。


 島崎千早。

 急に呼ばれた時に咄嗟に反応できるのは、聞き慣れた名前だもの。



「私はチハヤって名乗るわ、貴方はどうする?」

「お嬢様がつけてくださいませんか?」

「じゃあせっかくだし、強そうな名前にしましょうか。……ジュナ」

  


 インドラの矢の事を、私だけでも忘れないように。

 物語の英雄からジュナと。



「分かりました。私は今日からジュナです、チハヤお嬢様」

「お嬢様呼びはやめなさい」

「しかし」

「チハヤでいいから」

「チハヤ……」


 彼は大事そうに私の本来の名前を呼んだ。

 もはや懐かしい響きのようで、涙が出そう。



 村の人に会った。

 親切でフレンドリーな人達でよかった。

 空いてる土地で家を建てて住んでもいいと言ってくれた。

 竹林があったので竹で簡易的な家を作ってそこに二人で住んだ。


 村人に夫婦かと聞かれて、否定はしなかった。

 その方が都合がいいし。


 しばらくすると旅の商人が現れて、元いた王国の記事の載っていた新聞を持っていたので譲って貰った。

 あの浮気者王太子と寝取り女はあの日天から降り注いだ雷に撃たれて死んで、革命も起こって王と王妃も断罪され、王国は終焉を迎え、共和国になったたらしい。

 びっくりだわ。

 生き残っていたはずの貴族達はねじ伏せられたのかしら。



 ……弟は元気かしら? 革命で民主主義になったなら貴族階級の人はやばくない?


 この世界の主人公はどうなったの?


 分からぬままジュナと夫婦のように過ごして、3年が過ぎた。

 そしてある日突然、弟はやって来た。



「姉上!! 探しましたよ!」

「ロベルト!? どうしてここに!?」

「ペンデュラムを媒体に血族を探す魔法を使いました」


 ロベルトの手にはダウジングに使うペンデュラムがあった。

 それが私達の元へ導いたのね。



「なんで今更何の身分もない私を探したの?」


 もう荒波のような人生はごめんなんだけど。


「だって、無念でしたでしょう、あんな」

「でももう王国は滅んだのでしょう? 敵はもういないし」

「私は、とにかく姉上を心配してて」

「そう、ありがとう、この通り、今、私は元気よ」


「村娘みたいな服を着て……」

「ただの村の主婦だけど?」

「主婦!?」

「執事だった彼と結婚したの」

「聞いてません! 結婚式にも呼ばれてませんし!」

「結婚式はしてないわ、目立たないようにひっそり生きてたから」

「ああ~~っ!!」


 名前も変えて生き直してるんだから、仕方ないじゃない。

 でもそういえば、この主人公、ブラコンだったわね。



「せめて結婚式をしましょうよ!」

「えー、今更?」

「僕がドレスを用意します!」


 弟がわあわあ騒いでると元執事で夫のジュナが来た。

 結婚式がどうのと騒ぐ弟の言葉を聞いて、何やら頷いている。


 本当にその後、私は幸せな結婚式をする事になるとは思ってもいなかった。

 弟は何故かその後、古代遺跡を探索する冒険家になった。

 私というイレギュラーのせいで急にジャンル変更された主人公みたいで、なんだか申し訳ない気分になった。


 けれどそのおかげで、あの不思議な遺跡は、人間の断罪と救済の為に古代の神が残していたものだったと、弟は古い文献で読み解いて私に手紙で知らせてくれた。



 時が過ぎて私が70歳になった時に、数年前に魔物と戦って受けた傷が元で先立ったジュナの日記をベッドの下の木箱の中から見つけた。

 あの日、彼が転移魔法陣を使えた理由が書いてあった。


 インドラの矢によって大罪人の命を捧げた者には、あの魔法陣に血を流す事で新天地へ移動することができると石碑に書いてあった。と。


 つまり、あのスイッチを押して、大罪を犯した者を殺せば、発動できるとの事だった。

 生きていて、何の罪も犯さぬ者などそうはいないけど、神が認めたということだったのかしら。

 あの王家の者達の……罪と、私の魂の救済を。


「……やっぱり私の血でも良かったじゃない。私の体に傷をつけたくなくて……かっこつけて」



 私は窓を開けて空を見上げた。


 今でもあの青い雷を度々思い出す。

 あの苛烈な雷は恐ろしいけど、本当に、とても美しい蒼だった。

 盲目的に私を愛し、私を見つめる彼の……ジュナの瞳のように……。


 「ありがとう、あなたのおかげで愛される喜びを知れて、幸せでした。ジュナ」


 ~終わり~

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「インドラの矢」ってあの有名なラ〇ュタからですかね。まぁラノベでは、結構色々な作品に使われてますからね。 気になったのは、執事さんが何故石碑を読めたのかなって、まぁ、些末事ですけど、こ…
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