02冒険者クラン『王鳳ノ因果』
■冒険者クラン『王鳳ノ因果』 クランマスター ローゼン・ハイエンス
「……う゛ーん」
俺……私は、両肘をデスクにつき、左右のコメカミを両人差し指で抑えながら唸っていた。
執務室に入った途端、割れんばかりの頭痛に襲われたためだ。何とか椅子に腰を下ろすと、一気に、膨大な量の情報が脳内に流れ込んできた。
──ほんの数分前には知りえなかった、日本で生活していた時の記憶──兼業自己満オナニー底辺作家という、全くもって嬉しい肩書きでは無かった、が。
こちらの世界の事情も、数分前より深く理解できていた。
何を隠そう、私が創作して、ボコボコに心をへし折られる原因となった世界なのだから。
私は、あの後、死んだらしい。きっと、余りの衝撃に耐えかねて、名実ともに『心臓破裂』したのだろう。
そして、転生した。できてしまったらしい。
自ら10万文字で描いた、このラングバルド王国に。
もちろん、この後起こることも分かっている。
主人公の少年リオンが、クラン『王鳳ノ因果」に加入し、オーナーであるローゼンがそれをいびるのだ。
リオンは、私にとって格好のストレスの捌け口となった。その要因は、大きく分けて二つある。
一つ目が、銀髪に黄金の瞳という、彼の風貌だ。隣国の魔導国家クレムリン女王国でよく見られる血統だった。
ラングバルド王国とクレムリン女王国は、昔から諍いが絶えなかった。そのため、お互いの風貌すら差別の対象であった。
ローゼンも、例に漏れず、リオンを忌み嫌う。そして、そうすることで、クラン運営は捗った。
二つ目が、彼の【スキル】だ。
ラングバルド王国で、騎士や冒険者などの戦闘職は、【スキル】を使えることが求められる。リオンには、目に見えて戦闘に生かせる【スキル】がなかった。
彼の【スキル】は、【黄色い声援】というバフ系のユニークスキルだ。リオンが味方認識した各人の全ステータス値を、レベル×100底上げするという常時発動型のチートスキルである。
非戦闘職の一般人のステータスが100-500程度だという事実からしても、これは破格だ。
しかし、その事実に誰も気付かない。作中の私が、リオンのステータス確認を行わなかったのだから、尚更だ。
ステータス確認には、ユニークスキル【心眼】が必要となる。
【心眼】のスキル持ちは、冒険者ギルドにしか居ない。冒険者ギルドが彼らを高待遇で、即、囲いこむためだ。
そして、一般人がステータスを知ろうと思った場合、冒険者ギルドに金貨5枚(日本円にして約5万円)を払い、【心眼】でのステータス確認を依頼しなければならない。
ローゼンは、その費用と労力をケチった。
結果、リオンの【黄色い声援】は誰にも気付かれず、バフの存在も知られぬまま、無能の雑用係だと認定され、数年後私に『王鳳ノ因果』から追放される。
雇用されていた数年間も、不眠不休でかつ低賃金という、追放系あるあるの、不当なものだった。
もちろん、此処から物語が始まるのだ。リオンによる逆襲の物語が。
彼が去ったクラン『王鳳ノ因果』は、急激に弱体化し、依頼を達成できなくなる。そして、新たに受け入れたクラン『朱乃明星』──人見知り系美女がクランマスターをつとめる──は鰻のぼりに急成長する。
焦った私は、王国一の商隊護衛という大口案件を引き受け、信頼を取り戻そうと奔走する。
そして……失敗する。
普段であれば現れぬ筈の魔物に襲われ、あろう事か、『王鳳ノ因果』の護衛は逃げ出してしまう。その窮地を、必然にも偶然、そこに居合わせたリオン達が身を呈して護るという、胸熱展開だ。
事件が収束した後、ローゼンは、依頼主の男爵から、テンプレ通り断罪され、めでたしめでたしというわけだ。
「……うーーん」
ここまで考えて、再度、私は唸ってしまった。頭痛は、到に、収まっている。
今後の身の振り方に、悩んでしまったのだ。
やはり、私としては、話を盛り上げるため、潔く断罪されるべきであろう。
しかし、それは……いやだ。
そこで、ふっと、悪役令嬢もののストーリー展開が頭によぎった。
断罪される数年前に転生し、バッドエンドを回避する、王道だ。
さっと、暦と時間を確認する。
「がっ!?」
驚きで変な声がでてしまった。
あろうことか、今日は、娘の誕生日だ。
それも、もうすぐ、クラン活動を終える日没。
リオンが『王鳳ノ因果』を訪れた際の描写が、脳内で再現される。
コンコンコン。
「クラン加入希望の少年が、クランマスターとの面会を求めて来ております」
執務室のドアがノックされ、受付嬢が告げた。
私は、自らを恨んだ。
娘の誕生日に早く帰りたいローゼンの元を、『王鳳ノ因果』加入希望のレオンが訪れ、イライラしながら対応する描写を描いた、自らを。
私の主人公は、バッドエンド回避のために、数年も待ってはくれないらしい。
「ここに連れてこい」
私は、絞り出すように呻いていた。