東支部のフェスティバル(前編)6
今日もまた奴が語りかけてくる。
「はやく、はやく奴らに地獄を見せろ、混沌は再び世界に広がる。」
「黙れ、主に言われなくても計画は進める、利害が一致している限りわな。」
自分も相手も存在するのか分からない夢幻の世界。
寝ているのだから夢と言っても間違いではない、しかし、記憶が鮮明に残る為現実と夢の境が朧気な世界で男は何者かも分からない相手と言葉を交わす。
「約束の時は近い、世界に混沌を、魔の恐怖を全ての者に刻み込め。」
「何度も同じ事を、主の方こそ抜かりはないのだろうな、中途半端な事をしても駆逐されて終わりになる。」
「誰にモノを言っている、しっかり準備は進む、問題などありえない。」
「どうだかな、悟られれば先手を打たれる、あそこは油断ならん者もいる、やるなら絶望を味合わせろ。」
時間の感覚もずれる世界でふたつの精神は計画を詰めていく。
来る日に向けて、災厄を引き起こす引き金が順調に引かれるのだった。
――――
時は進み魔食日当日。
数千年に一度の皆既魔食と言うこともあり、元魔の領域と恐れられた、トロイヤ周辺は皆が緊張に包まれ、街は閑散としている。
毎年この時期は住人も事前にギルド本部、もしくは最寄りの避難所へ退避し、問題のある場合に備える。
狂暴化した魔物が街や国を目掛け襲ってくるのだ、最低限の備えはしておくべきである。
トロイヤを守るのは四つの支部の冒険者、例年ならば最高戦力であるS級冒険者が数人は残るのだが、周辺諸国へと出向いている。
実力者はトロイヤへ集まってくる為、周辺諸国の冒険者の実力はそれ程質が良くない。
防衛範囲も広く、国の力だけでは対処仕切れない事が多く、今回に限っては個の力がずば抜けたS級冒険者は各国への支援に全て駆り出されている。
何より各国が滅ぶとトロイヤ自体滅ぶ事になる為、最重要な案件である。
トロイヤには広大な農村地帯が存在しない為、食料はほぼ周辺諸国頼みであり、魔物肉位しか食料を自給する事が出来ない。
その為野菜や香辛料、穀物類は周辺諸国に依存する必要があり、こういった場合其方を優先せざるおえない。
周辺諸国との均衡を保つ為に生産していないという理由もあるのだが、大昔の盟約が絡んでいて、説明は面倒なので割愛させてもらう。
それはさておき、そこまで戦力を割いて、トロイヤ自体は問題ないのかという事になるのだが、結論を述べると今までは問題はなかった。
冒険者の街となった事で、周辺のモンスターの生息域が変わったのも大きい、強力なモンスター程周辺諸国側へと追いやられたのだ。
最前線とも言えるトロイヤで、初心者冒険者が活動出来る場があるのも、こういった事情があるからである。
それでも冒険者は緊張が走る。
安全マージンを取ろうにも、先手を打つ事が出来ず、防衛戦をしなければならない為だ。
魔食日には、モンスターの脅威度がワンランク底上げされ、人類の生存圏に侵攻してくる特性がある為、数の暴力に対処する為には防衛を捨てる事が出来ない。
実力者が敵を間引き、狩り残しを防衛部隊が駆逐する。
例年通りならばそれで問題は無いが、それでも冒険者に被害が出る為彼らも、この日だけは命を掛けて戦う覚悟を決める。
何処の支部も同じ様なものだが、1つだけ活気に満ち溢れる支部がある。
「やるぞお前ら、南のもんに負けてられんからな。」
「当たり前だ、あんなけ喧嘩売られたんだ、俺たちの実力見せたるわい。」
こんな日でもお祭り騒ぎな冒険者がいる場所、それが東支部であった。
ダンジョンが多く点在する東は大量のモンスターに襲われる事も少なくはない、危険が日常である彼らにとっては魔食日も差程変わりないのかもしれない。
先日の事もあり、殺気立った冒険者達は、いつも以上の盛り上がりを見せている。
「じゃあ、今回の持ち場は三分割、南側を南支部、北側を北と西の混合部隊、中央を東、討伐数はこのカードで計測、以上解散。」
面倒そうに東門広場に集まる冒険者に告げ、ストレラからの説明が終わる。
東門に集まった彼らは説明終了後、計測カードを受け取り、東門を出てそれぞれの持ち場へと散開していく。
魔食が始まる正午までは後数時間、丸一日続く危険な祭りがもう間もなく始まる。
誰もが予期せぬ事態が起こるとも知らずに、祭りの様な賑わいを見せ、東支部の地獄の一日が今始まろうとしていた。