東支部のフェスティバル(前編)5
状況が状況なだけに何が起こるか分からない支部併設の酒場。
そんな空気を収められる人物が支部の扉を開ける。
「これはどういう事態でしょうか……」
緑の長髪、深く耳を隠すベレー帽、切れ長の目は辺りに冷たい視線を向けながら、階段途中で固まるストレラに容赦ない威圧する視線を向ける。
「いやぁ、ちょっと揉め事らしくて……」
隠す事もない軽蔑の視線に冷や汗が垂れる彼は彼女の心の声を聞いていた。
(貴方が居てどうしてこうなっているのでしょうか?役立たずですか?また人頼りに任せようとしたようですね、この役立たずはなんて思われてるんだろうな)
「貴方が居てどうしてこうなっているのでしょうか?役立たずですか?また人頼りに任せようとしたようですね、この役立たず」
一言一句たがわずに、彼の思い描いた言葉は彼女の口から吐かれる。
「いや、そのね、はい……その通りです。」
逆らえない相手という者は誰にでも一人は居るものであるが、彼の場合頼りなさの上に持ち前の下手に出る性格上、頭が上がらない人間が非常に多い。
ナーネルはその最たる相手であり、おのが師匠でもある為余計に顕著に彼の弱さが出る。
彼女としては非常に遺憾ではあるが、冒険者の大半が恐れる理由のひとつとなっている。
「大体察せますが、もう矛を納めて帰りなさいで、すまないようですね。」
神速とピエロが同じ場所にいる時点で、揉め事の内容は理解しており、酒場に集まる冒険者の殺気に穏便な解決は見込めない所まで読み取っていた。
「ならば冒険者は冒険者なりの解決方で、南と東、後西と北の方も参加されて勝負をしましょう。」
「はぁ?何言ってんのよ、アイツらと決闘でもしろって言うの?無駄何だから謝らせなさいよ。」
「そうだぜ姉ちゃん、俺達とじゃ勝負にならないっすよ。ただの受付嬢が口出さない方が身のためっす。」
扉近くで酒場を睨んでいた、神速の残りのメンバーが振り返り彼女へ抗議しだす。
他支部がナーネルを見れば受付嬢と間違えても仕方ない、彼女は受付業務をする為に服装は彼女らと同じものを制服にしている。
その為、ガジルが副支部長であると考えつく事もない、ましてや、その彼女がこの支部で一番恐怖の象徴であるなどとは知るよしもない。
「話が進まないので黙って貰えますか?」
腰を曲げた彼が顔を覗き込むように眼を付けるが、彼女の無表情な顔から、冷ややかな視線の人睨みに、その場に尻餅を付き蛇に睨まれた様に硬直する。
そんな彼らをよそにナーネルは言葉を続ける。
「魔食日の成果で競って貰いましょう、勝者にはうちの支部長から打ち上げ代を進呈します。」
「おぉ、それはいい考えだ……えっ?俺が出すの?待って……」
「確か南は十分に人がいましたね、北と西の混合チームには助っ人を出す事にして、掃討戦で使ったカウンターも使いましょう。」
ストレラの小さな叫びは聞き取ることもされず、彼女の中でだけ計画がちゃくたちゃくと組み上がっていく。
そんな単独行動を黙って見て入れない者が一人だけいた。
「おいっ、勝手に何決めてやがる、今ここでケリつければ問題ないだろうが、あんたらがあいつらに謝らせて終わりだろ。」
ランドが喚きながら考えをまとめる彼女に迫るが、片手間の彼女の細い片腕に腕を捕まれ、そのまま軽く投げ飛ばされて組み伏せられる。
一瞬の出来事に当の本人は何をされたのか理解が出来ず、少し間を開けてから、しっかりキメられた腕の痛みに声を荒らげる。
「……てめぇ、イテェ、はな、はなせ……う、イテテテ……」
暴れれば暴れるだけ抑え込まれた腕に痛みがはしり、苦痛に耐えきれなくなり、大人しくなるのにそう時間はかからなかった。
「穏便にしてやってる間に手をうつべきですよ。貴方達がここで暴れようと構いませんが、たかが四人でうちの冒険者を御しれる等と思わない事です。」
(うわぁ……威圧所か殺気出しての忠告、相変わらず容赦ないなぁ、ナーネルちゃん)
二人を眺めながら引きつった表情でストレラが見守り、他の者の顔にも同様の感情と表情が張り付いていた。
(な、なんなんだこいつ、腕が動かね、俺がこんな女に組み伏せられてるだと、しかも、恐怖で震えが止まらねぇ、なにもんなんだこの女)
大人しくしながらも、腕を振りほどこうと力を込める彼だったが、全く微動だにしない自分の腕を抑え込む彼女の力と、殺意が色濃く自身へむけられ、体が反射的に震えて止める事が出来ないでいる。
「明日には各支部へ報告をあげておきます、今日はこんな状況ですし、神速のメンバーは帰りなさい、分かりましたか?」
「勝手な、ことばっ……アテテ、ウギャー、分かった、分かったよ。」
無駄でも足掻くランドの腕に関節をキメてさらに痛みを加え、ギブアップとばかりに頭を上下に振る。
ナーネルが彼を離し、目に涙を浮かべながら支部から出ていく彼らを見送り、緊迫した空気が晴れた。
「役立たずは金だけ出しておけばよろしい。」
泣きついたストレラを、バッサリ鋭い言葉で一蹴されたのは言うまでもない。