東支部の不文律5
「さて、何から説明してやるか……」
訓練は一時的に中止、昼から依頼に連れて行ってもらえる筈だった、フルーネとクリアが落ち込み理由を求めた事で、今に至る。
「うちのギルドで怒らせてはならないのが、ナーネル殿であるのは、お前達でも分かるだろ。」
「そりゃ、皆見てれば何となく分かる気がするぜ、暴れてる冒険者も睨まれるだけで大人しくなるし。」
「副支部長だし、そんなもんじゃねぇの?結構優しいけど。」
「カルトは良く話すし付き合いがあるからそう思うだけよ、受付でしか私達は見ないから、近寄り難いって思ったりするのよ。」
ナーネルという存在は古株から新人に至るまで、ギルドの中で逆らっては行けない存在であるのだ。
「普通にしていればそこまで何かを言われることもない、ただ、他の支部は支部長が恐れられる、東支部ではその立場がナーネル殿と言うことだな。」
「うちはなんでそんな事になってるんですか?もぐもぐ。」
「フット、食べながら話さない。」
フットは食いしん坊キャラが、フルーネはママキャラが定着しつつあるのは置いといて話は進む。
「元々東支部は色物冒険者が多かったからな、飴と鞭を使い分けないと制御しきれないでいたらしい。」
「そこでナーネルさんが躾役になったんですね、でもそれじゃあ支部長の立場悪くなりません?」
「前支部長もそうだが、あまり威厳がある人物ではないからな。」
エリアナの言葉に全員が納得出来てしまうあたり、ストレラの立ち位置が良く理解出来る。
「それなら、師匠じゃなくて、ナーネルさんが支部長やれば良かったんじゃ?」
「それもそうだが、殺伐とした空気の中で君は冒険者をやりたいと思うのか、カルト少年。」
お茶請けを口に運び彼女の言葉を想像するカルト、思い浮かべれば顔をブンブン、左右に振りながら否定する。
「これは私個人の見解だが、東支部はわざとこの形を取っているんだろう、我々みたいな者でも受け入れやすいようにな。」
エリアナの見立ては概ね間違いではない。
特殊な冒険者、問題を起こす冒険者は他の支部でも登録は出来るが、問題を起こし続ければ冒険者達の軋轢が生まれる。
そういう溢れ物が集まるのが東支部でもあるのだ、扱いに困った冒険者を辞めさせる事はギルドであれ不可能である。
対処として、扱いが酷くなり辞める様に持って行かれることは、他のギルドで行われる事は少なくない。
ここ、トロイヤはひとつの街に四つの支部があり、他ギルドのような事は少ないが、タライ回しにされる事も少なからず、昔はあった。
何時から出来たか定かではないが、そんな冒険者を救済するように受け入れ、彼らの居所を作ったのが現在の東支部なのである。
「支部長が親しみやすければ、その分問題を起こし難くなるのだろう。」
「その割には師匠、いつも頭抱えてますけど……」
「ま、まぁ、元が問題児だからな、多少はあるのだろう、多少わな。」
歯切れの悪い彼女だが、その中に自分達も含まれ、問題児である事を自覚している為、カルトの言葉に視線を逸らす。
「でもでも、それが今回の依頼同伴の取り消しとどう繋がるんですか?」
「だからだな……」
「寛容な支部長……居ない、問題起こすと大変。」
詰め寄るフルーネ、気圧されるエリアナの変わりに答えたのはタチアナだった。
彼女の言葉は端的であり、色々抜けて話すので、聞いている彼等からすれば、何が大変かは理解出来ていないようである。
「どんな問題を起こそうと支部長ならば責任を問うことはない、最低限の罰金が貸される位だ……我々は支部長殿にそれだけ守られている。」
「じゃあ、今問題が起きたら最悪資格剥奪も……」
フォートが青い顔になりながら、自分の師の慌てようを思い出す。
何時も冷静な彼らでさえ、あれだけ血相を変えて焔の爆弾女性を追いかけており、エリアナの言葉に最悪を想像するのは容易かった。
「そんな事はないのだが、罰が待っている。」
「罰……」
少年達が次に続く言葉を生唾を飲み込みながら、緊張から体を強ばらせる。
「あぁ、懲罰部屋での強制労働だ、あれだけは二度とやりたくない。」
彼女の言う強制労働とは、ギルド書類の複写労働である。
印刷技術の乏しいこの世界の書類作成は人海戦術を使うしかない、その時に使われるひとつの魔術がある。
使用者と同じ動きを、正確にトレース出来る人形劇と呼ばれる拘束魔法。
一度使用されれば術者の魔力が尽きるか、任意でといてもらわなけれはは解放される事はない恐ろしいものである。
欠点は相手の承諾が必要である事、その為、戦闘などでは何の意味もない。
反復訓練等に良く使われるものだが、今はこれは置いておく。
「それってそんなに地獄なんですか?」
懲罰内容を聞いたフルーネが、不可思議そうに問い返すが、エリアナ達は溜息をつきながら午後の訓練内容を決めた。
午後からはタチアナが人形劇の能力を使って、彼ら5人の行動を制限した。
フルーネは自分の言葉を後悔し、他四人は訓練後フルーネに怒り狂うのだが、それは別のお話。
誰かに体の自由を奪われるというのは、どんな人間であっても苦痛なのだ。
それを、一日繰り返し、作業を機械的に行わされる苦痛は冒険者達にとっては地獄も生ぬるい罰となる。
先輩の教育の賜物か、身をもってその恐ろしさを知った彼らが、この先、支部長の有難みを噛み締めるようになる。
しかし、ストレラが冒険者達から敬われている事は、この先も未来永劫知る事はないのであった。