東支部の不文律4
フルーネとクリアがいる訓練場は東と南のちょうど角、カルトが貫いた外壁の内側に位置する場所にある。
広さを重視した殺風景な筈の訓練場、辿り着いた三人の目に入ったその場所は、いつもとは違う様相を見せていた。
「何時もおかしいんだけど、今日は特におかしいな。」
「ある意味すげぇ光景ではあるぜ。」
簡易の日除けテントが立てられる場所で、お茶をする数人の女性。
優雅にお茶を楽しむ彼女らの後ろでは、苦痛に顔を歪める少女と必死に両手を合わせ祈る少女が見える。
それだけならいつもと変わらないのであるが、今日はお茶をする女性陣の方におかしな点が多々あった。
茶器と菓子が並べられた皿、綺麗に敷かれたテーブルクロスは目に入るのだが、肝心のテーブルを支える脚が見えない。
何故?と言う疑問は女性陣を見れば察する事が出来た。
座っている筈の椅子が見えない、空気椅子をしている訳ではなく、彼女達は確かに何かに座っている。
「あれ、フルーネの魔法だよな、もしかしてずっと維持してるのか。」
「何時もながら訓練法が脳筋過ぎないか……俺、ここに来ると何時も、オーレンさんの弟子で良かったと思うぜ。」
風魔法の中には空気の膜を操る魔法が存在するが、永続的に長時間行使し続けるのは並大抵の技量では実現出来ない。
一定の魔力の操作、継続的に行使する精神力と魔力量が必要であるが、到底12.13の少女が出来るものでは無い。
地獄の様な訓練の賜物としか言いようがない。そして、そんな魔力量は到底彼女にはなく、隣でずっと祈り続けるクリアの協力あってこそ成し得る。
祈祷術を使うに当たって彼女は契約をした。
しかし、信仰心の違う神の加護を受けることは出来ず、また、クリアの国では神への信仰はあまり一般的ではない。
彼女の国の信仰は精霊信仰であり、加護を受けるのも精霊からしか出来なかったのだ。
ただ、精霊の加護を受けるならば、精霊術士と変わらないのではないか、という疑問も出てくる。
精霊術士は精霊と契約を交わし、契約した精霊に力を行使してもらうのだが、それでは契約精霊の格次第で力の強弱が出てしまう。
しかし、祈祷術で精霊の加護を受ける場合、精霊に願えば応えてくれる精霊の数だけ力を増す事が出来た。
それに加え、精霊魔法を行使して貰えるだけではなく、色々な汎用性のある使い方も出来る。
そのひとつが魔力の譲渡、応えてくれる精霊がいれば半永久的に魔力を使えるチートとも言える能力である。
その反面デメリットも大きく、祈っている間は一切の行動が出来ない、祈る事に集中する必要があり、射程が短い為二人に対しての守りが必ず必要になってくる。
パーティーとしては、タンクを後衛に回さなければならないという大きなデメリットにも繋がる。
実用性としては使い物にならない能力であるが、訓練としてはこれ程役に立つ能力もない。
「そろそろ休憩にしませんか?流石に朝から休みなくではお二人には過酷だと思いますよ。」
「んっ……アキラが言うなら、二人とも休憩にしよ。」
タチアナの声に気を張っていた二人から力が抜けその場に崩れ座り込む。
辞めると言うことは維持していた魔法も消えると言うことで、効力を失なえば支えが無くなった場所は大惨事に……なることは無かった。
魔法の消滅と同じくしてテーブルと椅子がそこへ現れる。
「アキラさんやっぱすげぇな、アイテムボックスってそんな事も出来るんだ。」
訓練所へ辿り着いた三人は一瞬で現れた椅子や、テーブルを眺めて圧倒される。
「僕のは指定して出せるおまけが着いてるからね。本来は出し入れしないと行けないらしいよ。」
「アイテムボックス持ち自体レアなのに、その中でもレア中のレアなのか、アキラさんすげぇ。」
三人に向き直り丁寧に答える彼はフットへパンを差し出しながらフォートの問いに言葉を返す。
フットの要望を先んじて叶える当たりアキラの能力の高さは少年たちでも理解出来る。
「アキラさんみたいな人どっかに居ないかな。」
「それは無理よ、貴族様の従者やるような人が冒険者になる事なんて普通ありえないのだわ。」
「それクリアが言うのかよ。」
いつの間にかテーブルへ着いて、お茶を飲む彼女がカルトの言葉に呆れたように答えたが、元王女である事を知っている方からすればただのブーメランである。
「それより、あんた達はどうしたのよ、昼前に合流する筈でしょ?少し早いんじゃない?」
「それがさ、訓練無くなっちまったんだよ、支部長が居ないってカルトが言った途端に。」
「凄い慌てようだったよねぇ、あっ、アキラさんおかわりある?」
相変わらずのフットであるが、彼が向けた先のアキラの表情は引きつっていた。
「お嬢様、昼からの依頼はキャンセルしてきます、今週はお休みになさってください。」
「ああ、そうだな、タチアナもリリアナも依存ないな。」
アキラが、パンの盛り合わせをフットの前に用意したテーブルに並べ、エリアナに進言すれば、相手の肯定を確認するなりギルドの方角へと走り出す。
「すみません、エリアナ様、私も今日はこれでパーティーの方へ戻ります。」
「あぁ、早く伝えてやってくれ、クリア殿の事はこちらで面倒みよう。」
桃華も足早にその場から離れ、黒蝶の元へと去った。
青薔薇のメンバーにしては慌ただしい雰囲気に少年少女達は何がなにやら分からず頭にはてなを浮かべ首を傾げるしかなかった。