姫様、初めてのダンジョン8
用事に終われ更新遅れました
巨大な蠍、その相手の背中に気を失い横たわる桃華。
砂の地面は熱い筈なのに、ついた手の平に熱を感じる事が出来ない。
目の前で歪で凶悪な顎を動かし、キシキシ鳴る鳴き声をあげる敵にただ恐怖する事しか出来ないクリアがそこに居た。
少し前に遡る。
「あっ、春蘭さん見えましたよ、ポーター。」
青く発光する魔法陣、その光は上空へと伸び、その存在感を主張する。
「あぁ、結局あり一匹出てこなかったな。」
「良いじゃないか、目的地に無事に辿り着けのが一番良い。」
先行する黒蝶の三人が何事もなくポーター近辺に辿り着き、少し後ろを歩く他のメンバーが辿り着くのを待つ。
「ホーライ下ろして貰えるかしら、最後ぐらい自分の足で歩きたいわ。」
「ウォン」
クリアの申し出に応え、ホーライがその場に伏せ、隣を並んで歩いていた桃華が彼女が下りるのを補助する。
「靴を履いていても熱いのですね。」
「この暑さですからね、タチアナ様が氷の結晶を撒き散らして下さってるのでまだマシですが。」
砂は靴を通して足に熱が伝わり、歩きやすく選んだ靴が砂に取られしっかりと歩みを進めないと中々前に進めない。
「大変だからこそやりがいがありますわ、やっぱり冒険とは心踊りますわね。」
少しづつ、彼女の歩幅に合わせ進む一同、全員が長い工程の終わりに気が緩んでいたのかもしれない。
突如盛り上がる足元の砂、クリアの耳に桃華の叫び声、続いて強く押され背後へと飛ばされた事に気づく。
砂に尻餅をついて、巻き上がる砂の中で舞う少女の姿から目が離せない。
気づくのが遅れたエリアナがすぐ様クリアの身体を引き寄せその場から飛び退く、ホーライも異変を感じた時にはタチアナを咥えその場から大きく距離を取っていた。
「まさか、ヘルルージュスコーピオン。」
ボーター付近を警戒していた黒蝶の三人が異変に現れた相手を視認して息を飲む。
A級ダンジョンに稀に現れるサソリ型のモンスター。
外皮は赤く燃えるように赤く、黒い炎の模様が禍々しいサソリ、巨大な身体は数メートルの長さを持ち、強靭なハサミと尾の尖る尖端はすぐ様冒険者の命を刈り取る。
「撤退だ、これは相手に出来ん。」
「ま、待って、桃華さんが大変なのですわ、置いて行けません。」
エリアナが叫び、全員が退却の為に動こうとする。
その中、巨大なハサミを向けられ、奇怪な音を鳴らしながら此方を見据える相手を睨みながらクリアが声を挙げる。
見れば桃華が傷を負い、敵の背中に横たわっていた。
「くっ……あれではもう駄目です。」
「ここは引くのが最優先です、私達もただではすみません、撤退しましょう。」
エリアナは状況を打開する事は出来ないと顔を背け、仲間であるはずの黒蝶も表情を歪めながらも彼女を切り捨てる決断をする。
「そんな、何か方法はないのですか、帰還石で皆で転移しては?」
「範囲に入るのが困難です、効果範囲に入れる為には奴の背中に乗らなければならない、砂漠では相手に利点があり危険すぎます。」
桃華が乗っている以上相手への攻撃も出来ず、すんなり自分の身体に載せてくれる程甘い相手なのはクリアでさえ分かる。
「それでも、桃華さんは私のせいで……」
「護衛対象を守るのが我らの今回の依頼、冒険者として彼女は死ぬ覚悟も出来ています。」
「何より、クリア様を危険に晒す訳には行きません、桃華の事は気にせず帰還しましょう。」
動きを見せない相手を刺激しない様集まる一同、アキラが集まった所で帰還石を取り出す。
「エリアナ様、護衛対象を危険に晒さなければまだ粘れます?」
「アキラ……」
「依頼者の安全は確保出来れば規約違反にはなりませんよね。」
タチアナへと帰還石を渡しながらアキラが笑って言葉を続ける。
「冒険者が何もせずに仲間を見捨てるのはどうかと、僕は最後まで足掻くべきかと思いますが、まだ望みはありますから。」
もうひとつ帰還石を取り出しながら彼がエリアナに意見する。
「危険すぎる、他の者を巻き込む訳には行かない。」
「では、自分の仲間は自分達で救います。」
「春蘭、分かっているだろう、貴方達の実力では奴に蹂躙されるだけだ。」
エリアナが言うことは正しい、彼女達が如何に手練であろうとも、ワンランク上の相手と敵のテリトリーで戦うのは無謀である。
BとA級に関してはそれが特に顕著に出る。
「私も残ろう、居ないよりマシだろう、クリア様、ここで依頼は終了にして頂きます。」
無謀と分かっていようと、彼女達がアキラの提案を聞いた時点で答えは出ている。
自分の立場でも同じ事、彼女も切り捨てたいとは思っていない。
「分かりましたわ、私は先に戻ります、必ず助けて帰ってきて下さいね。」
「勿論です。」
全員が決意を胸に動こうとする、ただ、その決意は無惨にも良い意味で打ち砕かれる。
「あまり死地へ易々と向かわれては困るんだがね。」
気付かぬうちに春蘭の前に現れた相手に戦慄が走る。
「何者!」
「とりあえず、この子早く連れ帰った方が良いだろう。」
そう言って春蘭の前に抱える少女を差し出す。
全身黒タイツの怪しい男ではあったが、警戒よりも仲間が救われた事の方が大事であった。
「誰かは知らぬが感謝する。」
「礼は良い、さっさと行くんだ。」
何とも肩透かしな展開に戸惑うものの、帰還石を無事発動し全員がその場を離脱した。
「さて、面倒な事ばかり増えて困る、厄介だ。」
一人残った黒タイツは溜息を吐き、目の前で地面からいくえにも別れた黒い刃に、串刺しにされた敵を見ながら項垂れるのであった。