恐怖!追加の苦情書
「今週は目立った報告書は無かったな。」
週末の報告書閲覧、毎度のトラブル報告は奇跡的になく、平和な休日を迎えられそうで安堵する。
「トラブルはダンジョンの方だけ、まぁ、これは来週にどうにかするとして、明日は久しぶりにゆっくり休むか。」
今週はメルも遠出で帰っては来ないらしい、今回は家で大人しく、休息日を寝て過ごすしか無さそうだ。
「支部長の顔が晴れやかなのは落ち着きませんね。」
「いやね、普通休み前は誰だって仕事から解放されて、肩の荷が下りて晴れやかだと思うよ。」
何処か物足りなそうなナーネルちゃん、今回は胃薬の用意も要らないですねと、つまらなそうに此方に渡した報告書。
週末の報告書はトラブル関連が基本、毎日受け取る報告から大体予想は着いていた。
「たまには良いじゃない?ここ半年、支部長になってから安息の休みなかったんだからさ。」
「それでは楽しみにしている人達の期待をうらぎります。」
「いや、誰が期待してるのさ、俺の不幸は誰かの娯楽にされる覚えはないんだが!」
人の不幸を喜劇扱いにされている事に、すぐ様異議を申し立てる。
「何、もしかしてここ盗撮でもされてるの?」
「そのような物置く訳ありません、経費の無駄ですし。」
「お、おぉ、なんだか、グサッと刺さった気がする。」
胸の辺りに感じる違和感に首を傾げる。
だが、この平和なそのものの会話が、今の俺にとっては心地いい物だった。
本の数分の幸せな時間が、壊れる音さえ無ければ…
この半年鍛えられた俺のセンサーが警笛を鳴らす、背筋に走る悪寒、腹部に掛かる異様な重圧。
次第に締め上げられる胃、気が緩んでいた所へのダメージに机に突っ伏し腹を抑える。
「変わらない週末でしたね、胃薬お持ちします。」
ナーネルちゃんも気づいたらしい。
響く階段を登る音、その1歩1歩に怒気を含む足音が、此方を目指し歩み進んでくる。
バタンッ!
扉の方は壊れていないかと不安がよぎる豪快な開閉音。
その先に立つのは見知っているが、好き好んで視界に入れたくない1人の男。
整った顔立ち、均等の取れた八頭身の肉体はスリムであるが、鍛えられている事が分かる、引き締まり方をしている。
「ストレラ、またやってくれたな、お前はうちに何の恨みがあると言うのだ。んっ?誰だお前は、ストレラを出さないか、もしや逃げたのでは無かろうな。」
(はて?こいつは何を言っているのやら)
何を世迷言を口にしているのだと、相手を眺めて居るとナーネルちゃんが胃薬と共に鏡を此方へ向ける。
(誰これ?おっ!そう言えば先週、髭やら髪を整えられていたのだった)
「俺何だがなぁ。」
「そうか、お前が…なにいいぃ、何だと、お前そんな顔だったのか…」
そこまで驚く事だろうか、確かに髭面に髪はボサボサだった時とは見た目は少し変わっているだろうが…
「いや。お前失礼だな、失礼な事を言ったのだからやり直し、ギルドからやり直してこい。」
「確かに、失礼ではあった。分かった言う通りに…まて、帰そうとしているだろ貴様。」
「チッ、気づいたか、お間抜けのままでいればいいものを…」
目の前でギャースカ煩いこの男。
元A級パーティー『トバリ』のリーダーだった男だ。
30も後半に入ろうという歳であるが、顔立ちも良く、正直イケメンだと俺も思う、誠実なのだが周りの空気が読めない間抜けであるのがたまに傷だ。
冒険者時代はパーティー内無自覚ハーレムを作っていたが、女性関係が上手く行かず、彼女らの関係の悪化に伴いパーティーは解散。
その時に何やら色々あったらしく、冒険者の道を諦め南の支部長を今はやっている。
「貴様、今失礼なナレーションを入れていなかったか?」
「さて、何の事だろうか。」
俺の元パーティーとはライバル関係だった為か、何かと俺に文句を言いに来るので、此方としては会いたくない部類の人間である。
「まぁいい、そんな事よりこれだ。」
デスクへと置かれる赤い報告書、良からぬ事にしかならない苦情書が俺の視界に入る。
「へっ?何かあったのか、今回は問題無かった筈だが?」
「青蓮華がうちで依頼を受けていたんだ。」
「青蓮華か…だが、あそこはそんな問題起こす事もないはずなんだが。」
従者の青年が絡まなければまともなパーティーだ。
トロイヤの各ギルド支部でも、それは周知の事実、そうそう問題は起きないパーティーだと記憶している。
「他国の冒険者が絡んだんだ、それにかんしては俺も何も言わん。ギルドの物損も青蓮華持ちだ。」
「それ以外の問題があると?」
それ以外に苦情があるとすれば…、考えるだけでも末恐ろしい。
「スノータイガーが近隣の屋根を数件破壊した。」
俺はすぐ様報告書を読む。
「白い生き物が屋根を伝い走り去っていった。うちの屋根が急に崩れた。屋根に穴が空いた、どうしてくれるんだ。」
頭が痛い、目撃例がしっかりある以上責任はギルドにある。
南支部に来た苦情を此方に持ってきたと言うのが真相だろう。
「そっちで処理して来れない?」
「苦情への対応はしている、問題は修理費用だが、所属支部が払うのが妥当だろう。」
「そうなるよなぁ。」
胃の辺りを擦りながら苦痛に少し顔が歪む。
「これが見積もった請求書だ。調べた限り十数箇所。」
「えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ…高くない?桁がひとつ多いような…」
「宿舎の獣舍半壊、他の馬等への被害も重なって慰謝料の請求まで来ている。」
(付属事案が多い、ついでに慰謝料まで、これ、本部案件なのでは?)
「本部には黙っておいてやる。青蓮華は他支部でも不人気クエストをこなしてくれているからな。」
「あっ、そう…分かった、ちょっと1人にしてくれる?」
「頼むな、支部長同士お前の辛さは分かる、俺には1杯奢ってくれれば良いさ。」
何時もは突っかかってくる相手からの慰め、今回は少し責任を感じているのだろう。
去って行く相手の背中を見送り、扉が閉まるのを待つ。
「くそっ、紳士に対応されたら何も言えないだろうがぁぁ。」
何も言い返せない対応をされれば、此方も愚痴をこぼす事も出来ない。
「いつも通り、支部長の預金から出させて頂きますね。」
ナーネルちゃんが部屋を出る前にこぼす言葉、反射的に頷いてしまう。
「…、えっ!ちょっと待て、当たり前の様に俺の資産使うの辞めて!」
この後、冒険者時代の貯蓄がごっそり消え、血の涙を流し預金残高を眺める休日を過ごす事となった。
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やる気が薄れてくる今日この頃、皆さんの辛辣なご感想で奮い立たせて貰いたい。