ナーネル不在の東支部
ナーネル達がギルド本部へ向かった後、俺には目を回す程の仕事が迷い込む。
クエスト受注了承、新規冒険者登録申請、新規クエスト探索任務に評価選定。
「この量をナーネルちゃんいつもやってるの?」
あちらこちらのダンジョンへの偵察、情報共有に他支部への往来。
今週の物量を終わらせるだけで既に4日が経っている。
「今頃1回層を抜けた所か…早く帰ってきてくれないかな。」
去年迄は共に向かっていた裏ダンジョン、俺もその資格を得ていたが今はしがない支部長だ、
天上人である6人についていけるわけもない、あんな化け物達と戦うのは御免被りたい。
「ただ、仕事に忙殺されるのだけは後悔するね。」
支部長室でデスクへへたり、身体を預けぐうたらしていると、階下から物凄い勢いで2つの足音が駆け上がってくる。
「支部長、もう限界よ、2人じゃ回しきらないわ。」
「支部長もカウンター立って下さいよぉ。」
青いツインテールとピンクのお下げに眼鏡の受付嬢、ルルセラとポルンが勢いよく扉を開けて駆け込んでくる。
俺は驚いて顔を上げるが、2人の言葉にデスクへ再び体を沈める。
「その件なら無理だったろ、俺が立とうが2人の方へしか行かないんだ。結局無駄だと追い出したじゃないか、他に応援も呼べなかったし。」
「支部長がむさい親父だから誰も行きたがらないのよ。」
「身なり整えたらきっと行けます、ちゃんとすれば。」
彼女達の目が異様にギラついている。
手には色々持っているが、持っているものの中に不穏な物も混じっている。
「まて、本部用の正装するから、お前達はそのにじり寄りを辞めないか。」
「大丈夫です、私たちに任せてもらえば、支部長だってバレない位にしてみせますよ。」
「やっぱり受付には華を添えるべきですから。」
重圧に負け椅子ごと背後へ転ける俺、彼女達がハサミやらを手に、俺に迫る彼女らは意気揚々と作業を開始し始める。
「ギャッ、辞め、俺の髭が髪が、あぁぁぁ。」
その後、受付休息時間をめいいっぱい使い、彼女達からの改造を受ける事になった。
「ふぅ、いい仕事したわ。」
「支部長って意外とイケメンだったんですね。これは勿体ない事をしていましたね。」
彼女達に好き放題されてくたびれた俺、今ソファーにぐったりと座り状況も飲み込めない。
散々された挙句何やら色んな所が落ち着かない。
「どうですか、私達の腕前は。」
「これは誰が見ても支部長だとは気づきません。」
ルルセラが手鏡に俺を映し、ポルンが慎ましやかな胸を張りながらドヤ顔をしている。
鏡に映る自分を見せられ目を見開く。
そこに映るのは、ロングヘアーのプラチナプロンドの髪に、目鼻立ちが高く気品漂う美人が写っている。
「これはどうなってる?」
女は化粧で化けると言われるが、まさか男の俺でもここまで化けるものなのか。魔法にでもかかったような仕上がりになっている。
「顔立ちは整ってたからね、支部長、身なりにもう少し気を使った方が良いですよ。」
「そうですよ、元はいんだから、髪とか髭とかしっかりするだけでも違うのに。」
「俺は忙しいの。これでもね。それより、大丈夫か、声も低いし、気づかれるだろ。」
「その点は問題ありません。こんな事もあろうかと変声用のアイテムも用意してるよ。」
ポルンが取り出した細長い赤のリボン、プラチナプロンドのカツラの髪を、背後でポニーテールに結べば俺の声に変化が起こる。
「おっ、何か変わってる。」
「うへぇ、その声で支部長だと思うと気持ち悪くなっちゃいますね。」
「いや、酷くない?俺だってやだよ、何だこの声。」
「えっと、魅惑のお姉様、豚達にご褒美をボイスらしいですよ。」
ポルテが何やら紙を読み上げているが、全く理解できない、いや、理解が追いつかない。
「何だ、その異常性癖者だけが得する巫山戯たチョイスは。」
「仕方ないじゃないですか。物品庫のなんて不要な物資しか残ってないですよ。寧ろ見つけた事を褒めて欲しいくらいです。」
支部物品庫、冒険者から売られた品を一時保管する倉庫であるが、結局、買い手の見つからない無駄な魔法具が残るゴミ倉庫である。
「意外に行けそうですけど、まぁ、やって見なくちゃ分からない、あと2日耐えればいんですから頑張って下さいよ。」
そんな事があったのが昨日の事、そして…。
「レラス様、依頼の報告に参りました。」
「はぁ、遅いんだよこのクズが、さっさと帰ってこねぇと心配すんだろが、早く書類置いて酒でも飲んで疲れを癒しな。」
「はいぃ、しっかり休みますです。」
依頼報告窓口、俺が立つ場所には長者の列が出来ていた。
(どうなってんだこれは、いや、なんでこんな事に…)
口調を変えることが出来ず、下心が透けて見える男ども、彼らの気色悪さに罵声を浴びせたのが皮切りとなった。
瞬く間にそっち側の人間が俺の所へ集まり、あろう事か他支部の者達まで押しかけるし待つ。
このカオスな状況に受付嬢2人は笑いを堪えるのに精一杯、当の俺にいたってはバレまいと演じ切って乗り越えようとしている。
「おいっ、なんだこいつら、俺だって気づかないじゃないか、他のやつもそうだ、なんで気づかん。」
「ぷっ、ギャッ、ギャップがありすぎるんですよ。まさか、誰も支部長がそんな美人に化けるとは思えないですって…お腹痛い。」
笑いを堪えるので精一杯のルルセラが、腹を抱えながらカウンターの影で答えてくれる。
実際誰も俺を認知していない、馴染みのあるものも多数酒場にも居るが、いつも通り過ごしている。
後は背筋に走る悪寒が凄い。
(何なんだ…こんなに変態が多かったのかうちは、しかし、バレる訳にはいかない、俺の威信に関わる)
「おぉ、なんだなんだ、やけに賑やかじゃねぇか。」
そんな時ギルドへ足を踏み入れるグループが目に入る、良く知る人物達。
咄嗟にカウンターへ隠れようとするが既に遅い、背の低い少女の愛らしさを振りまくひとりがこちらをしっかりと見据えている。
(ま、まさかバレないよな、こんなのバレたら俺は生きてけないぞ…)
その表情を見ていると楽しそうに瞳が輝いている。
「わぁ、ストレラ、なになに、なんでそんな格好しているの!」
騒がしかったギルド受付と、併設された酒場の冒険者達の視線が1箇所に集まる。
一瞬にして辺りの空気が凍りついたのは言うまでもない。
「あらぁ、あれがストレラなのかしらぁ?全く気づかなかったわぁ。」
俺の前に並ぶ凍りついた冒険者達を掻き分け、見知った6人がこちらへと近づいてくる。
「はぁ?これがストレラだと?ほんとかメルディー。」
「そういう趣味があるとは、知らぬでござったな。」
「趣味は人それぞれさ、否定はしてはいけない。」
カウンター越しの俺をまじまじ見つめる6人。
ナーネルに関しては、見たこともない位に笑いを堪え口元を抑えている。
「恐るべし嫁の洞察力。誰も気づかなかったのにね。」
「やっぱり夫婦の愛は凄いんだねぇ。」
元凶がこちらを憐れみながら何か口走っているが、俺はそれどころでは無い。
「何を言ってるのかしら?私は臨時の受付でレラスと申しますのよ。」
焦りが口調まで変えさせ、うわずる声で目を輝かせ凝視するメルディーを誤魔化そうとする。
「えっ、ストレラが私に嘘つくなんて、私が旦那さんを間違えるような薄情者だと思ってたの…」
泣きそうになる彼女、しかし、堪えなければならない、堪えなければ俺の中で何かが崩壊して仕舞いそうだったから。
「いえ、私は嘘なんて…、あの、えと、泣かないでメル。」
しかし、彼女の涙には勝てなかった。
人としての尊厳などクソ喰らえである、夫としての妻の信頼を無くす方が俺にとっては地獄。
「ほら、やっぱりストレラじゃん。なになに、すっごい美人さんになっちゃって。」
「これには深い訳があるんだ…そっとしておいてくれないかメル。」
心に大きなダメージを受けた俺、そんな俺の肩を背後から叩く者がひとり。
いつの間にか背後に立つナーネルちゃん、彼女は憐れむように俺を見ながら胃薬とカップを渡してくれる。
しかし、無表情を貫こうとする彼女だったが、コップを持つ手は小刻みに震えていた。
渡される物を手に取った俺は一目散に支部長室へと逃げ込むのだった。
俺の心を砕くと共に、数人の冒険者達の心を粉砕しながら、幻の受付嬢レラスは冒険者達の酒のつまみとして、数日間、話題にされ続けたのであった。
「夢であってくれ、こんちくしょうぉぉぉ。」
その夜、支部長室から聞こえる、俺の悲痛な泣き声は夜中まで続いたのだった。