ナーネルの墓参り6
階段を降りきった先、見た目の変わらぬダンジョンの広場が広がる。
その空間に唯一存在する6つの墓石。
その1つ1つは淡く青い光を纏っている。
「皆様元気ですか。」
誰に声を掛けているのか、墓石に近付きながら事も無げに呟く彼女。
「僕ら死んでるんだって、元気も何も無いじゃん。」
「毎年来ているのです、死んでいようと存在しているのならば、自然な言葉でしょう。」
「そのドライな所、我は好きであるぞ。」
墓石を包む淡い光、その光が揺らめき人の形を作る。
そこへ普通ならば期待出来ない返事が返ってくる。
金髪にサングラス、見るからに軽薄そうな男が茶化す。
いつも通りの対応を取るナーネル。
そんな彼女の対応に、たてがみの様に伸びた赤い髪を伸ばす獣人が、腕を組み彼女を見下ろし話す。
「ネールナ、いやナーネルだったか、君が1人で来たと言うことは、今回も誰も此処へは来れないのかな?」
黒い髪、黒い瞳を持ち、黒のコートに身を包む落ち着いた風貌の青年姿の男が問いかける。
「そうですね、まだ届かないでしょうね。しかし、今回は期待出来るかもしれませんよ。」
「あらあら、やっと子孫の顔が見れるかもしれないのね。」
黒の法衣に身を包み、にこにこと微笑みを絶やさぬ魔道士の女性が嬉しそうにする。
そんな時、ダンジョンに激しい揺れを伴った衝撃が走る。
「ほう。テリアが本気になったか。初めてでないかあれが本気を出すのわ。」
甲冑に身を包み、長く伸びた髭を撫でる高齢の男が、未来を見据えるように楽しそうに話す。
「メルは有望株ですよ。貴方達に近づける逸材ではないでしょうか。」
「俺の子孫だったかな、そう言えば、彼もまだ来ているのかい?」
「おぉ、あの男か、我らの血を引かずに唯一こちら側へ踏み込むかもしれん男だったか。」
竜人の男が目の色を変えて1人の男の話に食い気味に前へ出てくる。
「彼は…挑戦を辞めてしまいました。努力が嫌いな子でしたから、高みに行く為の壁にいち早く気づいたのでしょう。」
「そうであるか、それは残念、我自ら1度剣を交えたかったものだが…」
「そう落ち込むな、いざとなれば俺が手を貸す。嫁の為ならどんな事でも厭わないらしいじゃないか。その時が来たら来るようにし向ければ良い。」
「暇だからと言ってあまり私の教え子を虐める様な事は辞めて頂きたいのですが。」
呆れた顔で公然と悪巧みを口にする黒髪の青年にナーネルがぼやく。
「赤き紅蓮の総長殿は昔も今も過保護だねぇ。」
軽薄なサングラス男がそんな言葉をこぼす。
そして、彼の胸部を閃光の速さでナイフが突き抜ける。
「うぎゃゃゃ、痛い、ちょっ、なんでわざわざ聖魔法ねじ込んでるのさ。」
「ドヘリデル、俺達の世界で黒歴史に触れることは死を意味する事だと思っていた方が良いよ。」
何時もの済ました表情のナーネル、だが彼女の纏う雰囲気は、鋭く尖った刃物の様に冷たく殺気を放っていた。
「お喋りが過ぎましたね、そろそろ用意に取り掛かりたいのですが、何か聞いておきたい事でもありますか?」
「いや、問題ない。ギルドの方はどうせ、君が上手く舵を取っているんだろ。」
「冒険者の立場を守らねばなりませんから。」
淡々と話すナーネル、昔馴染みの者達と、話しているようには見えない彼女。
「熱く冒険者を指導していた総長はどこ行ったのさ、また機会的に戻って、ちょっと寂しいさねお姉さんは。」
「今では私の方が歳上ですけれどね。」
可愛げなくマーテルの小言に対応する彼女。
ナーネルと名乗り出した時から、キャラ作りを決して崩さない、任務に忠実だったからこその正確なのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ頼もうか。」
「分かりました、ではまた来年。」
広場にいつの間にか浮かび上がった立体魔法陣。
円柱の何重にも重ねられた魔法陣が、ナーネルの魔力に呼応し赤く輝き出す。
「世の理を我らに、秩序と盟約においてかの者達へ祝福…」
長い長い詠唱、淡く光り半透明の体を持つ目の前の友人達、彼等に黒い鎖が巻き付いてゆく。
6体の鎖で黒く染められた人型が、円柱の魔法陣の周りを浮きながら回る。
鎖は解かれ魔法陣へと巻きついてゆくが、鎖の中には彼等の姿は既にない。
「古き約束を守る盟約の糧となれ。」
彼女の最後の言葉に鎖は弾け、辺りへと飛散し消えていく。
後に残されるのはナーネルただ1人、静けさの戻ったダンジョンの広場で彼女は呟く。
「残される身に酷な役割を押し付けていく人達ですね。」
彼女が行ったのは偉人と呼ばれた者達が作った、盟約を保つための魔術。
6人の魂を魔術の触媒として使用し、古き盟約の強制力を保つ為の魔術である。
6人の犠牲の上で盟約が維持されているという事は世界は知らない、千年以上も昔からたった1人で維持し続けるナーネルだけが知る事実。
「来年は私一人で見送らなくて良くなれば良いのですが…」
目的を終えた彼女は静かに6つの墓石に手を合わせ、形だけの冥福を祈るのであった。