ナーネルの墓参り5
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
8階層まで、危なげなく突破してきた一同。
9階層に続く階段を、休息も無いまま降りて行く。
降りた先には長いテーブル、その上に並べられる豪勢な食事。
「お待ちしておりました、皆様、今年も来訪感謝致します。」
「よぉ、バグり姉ちゃん、また来てやったぜ。」
「お腹すいたぁ。」
「今回は負けないっすよ。」
「ふむ、味噌汁はないのですかな?」
各々が慣れたように好き勝手な席へと着席する。
白いクロスがシワもなく広げられたテーブル、その上に並べられた豪勢な食事を前に一同は休息を取る。
「お味噌汁ですね、どうぞローゼン様。」
味噌汁の入る鍋をカートで押し、ローゼンの元へ行く女性。
お椀の中に味噌汁を注ぎお辞儀をする。
「テリア殿毎度すまぬ、この香り、やはり良いですな。」
テリアと呼ばれたクラシカルメイド服を纏う相手、9階層フロアボスであり、彼等が苦汁を嘗めさせられ続ける相手だ。
三つ編みに編まれたツインテールの黒髪、無表情を崩さないが整った目鼻立ち、何より清楚なロングスカートメイド服を着ている筈の彼女だが、揺れる双丘が男心を乱す凶器となっている。
「この雰囲気にもみんな慣れたわねぇ。」
これから殺し合う筈の相手からの、一方的な持て成しを受ける一同。
テリア自らが用意した晩餐の場、彼等は当たり前の様に時間を過ごす。
初めて此処へ来た時、彼等は戸惑った。
用意された豪勢な食事、完璧な所作のメイド、9階層は休息所なのかと、警戒心を抱いて階段下で動こうとしない一同。
そんな緊張を破壊したのはナーネルであった。
事も無げにテーブルへ着けば食事を始め、テリアの接待を受け始めた。
奉仕ゴーレムとして創造されたテリア。
ダンジョンに残されてからは、1年に1度訪れる冒険者だけが、奉仕の欲求を満たしてくれる存在であった。
その為、何時しか晩餐を開く事になったのだが、歴代の裏ダンジョン挑戦者からは、『最後の晩餐』と呼ばれている事をテリアは知らない。
「今回のも美味しかったぁ、テリア、このハンバーグ?レシピ教えて、ストレラにも作ってあげたい。」
「畏まりました、では、こちらをどうぞ。」
毎年1つテリアから料理のレシピを教えて貰うのが、メルディーの何時もの事となっている。
ただ、ストレラが料理を作ってもらう事はない。
何故ならば、料理を作るのがストレラである為、メルディーに料理の才能は皆無であり、今年も1つ、彼のレパートリーが増えただけである。
「さて、楽しい晩餐の後の運動と行くか。」
ラオテールが食後の一杯を喉に一気に流し込み、グラスをテーブルへ置いて切り出す。
「もうであるか、まだまだゆっくりしていたい所存で御座るが…」
「そうさね、長くテリアの接待を受けると戦意が削がれちまうさねぇ。」
「僕は何時でもどんとこいなのだ、今回こそ勝つ!」
食卓から各々が立ち上がる。
そんな彼等を見つめ、楽しきひと時が終わってしまったテリア、そんな彼女の変わらない表情からは読み取れないが、何処か寂しげに感じる。
「それでは、試練を開始致します。」
テリアが指を鳴らす、その場に用意されていたテーブル等一式が、一瞬にして彼女の空間収納へと納められる。
腹も満たされ、気力も充分に回復した彼等6人。
その前には脅威を感じさせないメイド服の女性。
テリアと対峙する者達は彼女からの脅威を感じない、圧倒的な力の差がある為に、相手の力量を測ることが出来ないが故に。
ナーネルは後方でテリアと6人を眺める。
ただ1人、冷や汗と身体を小刻みに震わせる人物がいる事を確認する。
「今回は少し期待できるかも知れませんね…まだ時間は掛かるでしょうが。」
そう零した後、ラオテールの雄叫びと共に始まる戦い、ダンジョンが彼等の覇気に揺れる中、ナーネルは1人、その戦闘を尻目に奥へ進む。
暗い一本道の先にある階段目指し歩く彼女。
背後では人智を超えようとする者たちが、命を掛けた戦いを繰り広げ、その余波はダンジョン全体を揺らしている。
ナーネルからすれば結果は見えている。
どんなに強くなっていようとも彼等6人の力ではまだテリアには届かない。
彼等が自分と共にこの道を進む事が出来るかは分からないが、その兆しが見えた事に口元が無意識に緩んでいる事は本人さえ気づけなかった。