新人訓練の被害報告書
ストレラへの意地悪考えていたら遅れました
爽快に胃を刺激したかったのですが上手くはいかなかった感じですね
「今回のはヒヤリとしたねぇ、まさかルージュグリズリーがラケスの森から出てくるとわ。」
読み終えた報告書をデスクへ置き、臨場感溢れる報告書にハラハラした気持ちを落ち着かせる。
因みに、ラケスの森とは別称魔の森の事である。
「追い詰め過ぎた冒険者が取り逃しでもしたのでしょうね、弱った魔物の領域侵犯はいくつか事例がありますから。」
俺の呟きにナーネルちゃんが自分の見解を記憶の事例を参照に答えてくれる。
「流石、敏腕秘書。」
「違います、私は受付嬢が本業ですから。」
ギルド業務に本業も副業もない気がするが、彼女のギルド内での自由な行動力に触れる事は、地獄を意味するのでそれ以上触れはしない。
「さて、他のは大体問題ない報告書だし、帰ってから読もうかな。今日は早く帰れそうだな。」
「現実を直視してください、被害報告がまだ残ってますよ。」
報告書の物語に出ていたように被害が出ている、街の防壁を貫通した物体、カルト少年が放った魔法矢と言える貫通力の上がった矢は、しっかりとその威力を示していた。
「新人の命懸けの行動じゃないか、なんで賠償責任がこっちに来るのさ。」
「街の議会は頭が固いですから、一応、ルージュグリズリーの素材の売却額を当てる事で話はつきましたが。」
その言葉に胃薬を飲もうとした俺の手が止まる。
「えっ!?丸く収まったの?本当に?」
何時もの流れであればこちらに飛び火する筈の被害報告、それが既に解決済みとなれば胃薬を飲まずとも問題ないと安堵する。
「はい、クランから迷惑料にと、ルージュグリズリーはギルドへ寄付されたので、補填出来るだけの金額が纏まって入りました。」
「なんだ、じゃあ、やっぱり俺は帰るよ、たまには早く帰る週末のご褒美があっても良いでしょ。」
中身まで読み切れていない報告書の束を纏め、鞄へ詰め込みながら嬉しくて鼻歌を口ずさむ。
「いえ、残念ながらこちらの報告書の方を見て頂かなければなりません。」
そう言いながら、俺には見えないようにファイルに隠された赤い紙を取り出す、それをデスクへと置く。
「はっ!他支部からの苦情書?なんで…」
赤の報告書、支部事に別れるトロイヤならではの別名【苦情書】と呼ばれるものである。
支部所属の冒険者が依頼以外で被害を受けた場合、その損失をギルドが負担する保険に似た制度がある。
しかし、それはギルドの調査不備等の為に支払うものである為、他支部冒険者が関与した場合、苦情書と言う形で被害を受けた冒険者が、他支部へ補填を申請する事が出来るのである。
「カルト少年の矢、南支部の冒険者の盾を粉砕したそうです、詳しくは報告書をご覧下さい。」
盾を粉砕とはまた不可思議な事を言う彼女。
報告書には、モンスターの雄叫びに異変を感じたB級パーティーが、外壁沿いを探査しながら現場へ向かった所、外壁を貫通してきた矢が警戒していた彼等の盾職の前で爆発、盾を微塵切りに斬り裂いたと書かれてある。
「どうしたらこんな事に?」
盾を微塵切り等と訳の分からない現象に謎だらけの間抜け面の俺、そんな俺にナーネルちゃんが真面目に予想を考察してくれる。
「実際はどうなのかは分かりかねますが、魔法の使用方法を魔力で無理矢理変化させた様なので、魔法の暴発が起きたのかと…暴発で威力を増したエアロカッターが盾を斬り刻んだのでは無いのでしょうか。」
「そんな馬鹿な…」
「事実、南の冒険者の持ち込んだ盾は見るも無惨な姿でした、人的被害が持ち手のかすり傷だけだったのが驚きな程に。」
唖然とするしかない報告に頭が痛い、ただただ痛い、なんだか胃の方もキリキリしてきている俺。
「えぇと、補償額は…、金貨362枚…何このおかしな金額…」
夢でも見ている金額に間の抜けた表情、現実を直視出来ず惚け状態な俺、それはそうである、俺の年収が金貨50枚いかないのだ。
年収の7倍、確かにA級ならば1年で稼ぐ者もいるがソロでもひと握りの実力者、パーティー行動必須のタンカーが稼ぐならば、それ相応にリスクを背負っていかなければ稼げない金額だ。
「南では有名なフリーのA級タンクの方のようで、盾もそれなりに高価な物をお使いだったらしく、この様な金額になったと、でも、問題は解決致しました。」
「えっ?そうなの?こんなのうちに補填できる余裕あったっけ?」
不穏な空気が漂い始める、これ程の大金を補填出来る余裕はうちには存在しない、そんな事は支部長である俺が1番分かっている事だ。
だとすれば、解決策はどこから出てきたのか…。
「ギルド職員と揉めていた所、S級の冒険者が仲介に入ってくれまして…変わりの盾を渡すと言うことで話がまとまりました。」
「へぇー、それは良く納得したね、そんな奇特な冒険者が居るとは、さぞ高価な盾だったんだねぇ。」
「そうですね、まさかダイヤクリスタルで盾を作ってるとは知りませんでした、誰に加工してもらったのですか?」
何故俺に問い掛けるのか、普通に興味がありそうな彼女の視線、俺の胃が痙攣を起こし始めた気がする。
「俺も持ってるけど、手放した覚えは無いんだが?」
「そんな事は良いのです、あんな工芸品加工出来る者がまだ居たとは驚きです、是非お教えして貰えるとギルドとしても利益が出るかと。」
「えっ、いや、あれは、内緒だから、うん。」
前のめりに聞いてくる彼女の何時もとは全く違う食い気味な態度に気圧され、副業がバレる心配のあるネタにこちらも焦りが生じる。
「教えて頂くまで今日はみっちりお付き合い願います、稼業も終了時刻ですし。」
その後、ナーネルちゃんの質問攻めを交わす事に必死で全てを忘れてしまった俺。
疲れ果てた体を休める為家路に着いた頃には、体力も限界を迎え玄関先に倒れてそのまま眠りについてしまった。
「スト…ストレラ…」
どれくらい寝たのであろうか、体を揺り動かされ意識が覚醒していく。
「あれ?メルちゃん、帰ってたの?」
「何馬鹿言ってんのよ、帰ってきて早々こんな所で寝て、ボケて来たんじゃない?休息日は一応何時も帰ってるわよ。」
長い黒髪、整った顔立ち、ささやかな胸の膨らみと小さな体をシャツ1枚で隠す、見える腕や足は真珠の白さを持つ彼女、うちの嫁さんが目の前にしゃがみながらこちらを眺めている。
「何時も家に居ないじゃないか。」
「付き合いだって私にもあるわよ、それよりちゃんと部屋で寝なさいよ、今日は一緒に寝てあげるから。」
彼女から違和感を感じる、何時もツンツンしている筈の相手が妙に優しい。
それに玄関先が妙にスッキリしている気がするのだ、そう、ある筈の物が存在しないような。
「…あれ、俺のお宝がないよ?」
「あっ、えぇっと、あの盾ね。困ってたからあげちゃった。飾りにしておくのも勿体ないし。」
てへぺろと舌をチロっと出した彼女の愛らしさは嫁にして良かったと思う、可愛いらしい、俺の嫁最高である。
「じゃ、なぁい、俺の秘蔵のお宝なのに、メルディー・サクラギ!どれだけ大事にしてたか知ってるよね。」
「あっ、これ本気の奴だ、ごめんってば、許して、ね?」
可愛らしく言っても無駄である、今日という今日は許してなるものか。
「失礼します、貴方の嫁は私が頂いていきます。」
黒いマスクに身を包む女性が突如現れそんな事をいう。
「いや、ナーネルちゃんじゃん、その独特の髪、隠してから出直せよ!」
突っ込んでいる間に2人の姿は風を切り扉の外へ掛けていく、現役S級冒険者と謎多きハイスペック受付嬢の逃げ足唖然、後ろ姿を眺めて叫ぶ。
「結局このパターンか、寝起きなら夢落ちにしろよぉぉぉ。」
夜も深けた街の暗がりの中、1人の中年の雄叫びが街中を駆け巡るのだった。
納得行くまで書き直せば良かったかと少し悔やみます
次はちょっと真面目にバトルする話を描きたいと思います
ドラゴンと戦わせて見ようかな