二章番外編『ライアスの捕物劇』
五大候のひとりがなにやら怪しい動きをしているらしい。
名を、パドリック・ウィエ・ビスホープ。
ユーハルドの北方の守護を任された、国内でも五つしかない侯爵家の当主だ。
五大侯爵家はユーハルド王家とともにある。
建国から千年続くこの制度が崩れたことは一度たりとてない。王家が潰えることも、五つある侯爵家の名が入れ替わることも。
ゆえに父であるレオニクス王は、ビスホープ家の腐敗を黙認してきた。
五大候と王家の絆は絶対だ。その慢心が、いまやこうして国家存亡の危機に瀕しているのだから、ライアスは内心イラついていた。
「なぜ余が父上たちの政務の尻拭いをせねばならんのか……」
そして、リーアを危険な目に合わせた侯爵のせがれ、許すまじ。
ライアスは、ひとつ吐息をこぼすと古びた館を見上げた。
◆
ことの始まりは数日前のことだった。
イナキア入りを果たした日にアルスタンという、ラパン商会の長と取引をした。
商都アルニカを騒がせる、海霧事件。
その犯人の捕縛と引き換えに、侯爵の情報を渡すという密約を交わした。
事件の調査は自身の補佐官に一任している。
だからライアスはフィーを連れて、侯爵の行方を追っていた。
エオス商会。
最近出来た武器商らしいが、裏では色々とあくどい商売をしているそうだ。
侯爵の次男──テオドアによると、ビスホープ侯爵はそのエオス商会と繋がり、王家に反旗をひるがえせんとしているとか、していないとか。
まあ、どうせくだらぬ雑事だ。とはいえ、一応ライアスはイナキア入りしてすぐに侯爵を見つけ、そのあとをつけた。
先月起きた、オルゴール爆発事件。
侯爵の長男から妹リフィリアに贈られたオルゴール。その中に、火薬が仕込まれていた。
あわや大惨事というところで自身の補佐官が妹を助け、ことなきを得たわけだが、その一件を侯爵めに問いただすため、ライアスはイナキアまで来たのだ。
しかし、妹の一件は完全に別件だろうなとライアスは思う。
「侯爵にも敵が多いからの」
そのあたりは派閥的な足の引っ張りあいというやつだ。
おおかた侯爵の長男の仕業にみせかけて、リフィリアへの贈り物に爆薬を忍ばせておいたのだろう。
命を取るほどの爆発ではなかった。
驚かせるのが目的だとライアスは推測する。だが、へたをすれば大怪我を負っていたわけだから、彼の心中は穏やかではなかった。
そして、ポエミ村で売られていたという、宝剣のレプリカ。
此度の遠征の本命はこちらだ。
偽の宝剣の出どころは例のエオス商会であり、侯爵を張っていてわかったことは二つ。
一つは、侯爵が死の商人とよばれる人物とつるんでいること。
二つは、侯爵は兵器開発に多額の資金を流していること。
前者は、エオス商会の会長レイラ、あるいはアウロラ商会の会長ヒューゴのことだろうとライアスは考える。
両者は繋がりのある商会同士だ。
エオス商会が発注した武具を、アウロラ商会の工房で製造している。
つまり、偽の宝剣はアウロラ商会が作ったわけである。
そして、後者はそれ関連。
なんでも彼らは古代兵器の復活を目論んでおり、各方面から多額の寄付金を募っているそうだ。侯爵はそれにひとくち乗っている。
そして、侯爵は今日、とある建物へと入っていった。
それが目の前の派手な館だ。
元は劇場だったようだが経営難で閉館され、いまはホラーハウスじみた雰囲気を放っている。
これからここで、エオス商会主催の闇市場が開かれるとの情報を掴んだ。
ライアスは闇市場の入り口らしき場所を確認してちらりと横を見た。
「?」
フィーが小首をかしげる。
「……いや、なんでもない。ゆくぞ」
ライアスは建物裏の搬入口から荷物に紛れて中へと入った。
◇
端的に言えば、そこは異郷返り専門のオークション会場だった。
魔力の高い人間のことを、この大陸では『異郷返り』あるいは『異人』と呼んでいるが、彼らは総じて髪や瞳の色が特殊だ。
ゆえに、魔法の才のほかにも美術品としても高値で売り買いされることがある。
現にいまも、この場にいる商品たちは、カラフルな髪をした子供たちだった。
「宝剣の、レプリカ……か」
子供たちのすぐそばには無造作に木箱に入れられた剣が置いてある。
黒い刃に赤い持ち手。
クラウスピルの宝剣によく似たまがいものの剣だった。
それらを一瞥し、ライアスは目的の場所へと歩みを進める。
くいっとコートの端を掴まれた。
なにごとかとうしろへ首をひねるとフィーが自分の顔を見上げている。
じっと凝視して、なにかを訴えるような眼差し。
ライアスは短く頷いた。
「好きにしろ。余は奴を追う。──ついでにそこのまがいものも壊しておけ」
こくんと首を振るとフィーは鎖鎌を縦に薙いだ。
檻の錠が真っ二つに叩き割れる。
中から異郷返りの子供たちが出てきた。
宝剣のレプリカも見事に砕けていく。
鎖鎌を振るうフィーの背中を見届け、ライアスは先を急いだ。
◇
オークションはすでに始まっている。
いまごろ侯爵たちは会場で競りを楽しんでいることだろう。
ひとまずその様子を観察するとして、ライアスはあたりを見回した。
「あっちか」
搬入口近くの倉庫。そこから廊下を出て舞台裏へと向かう。
途中、出くわした会場スタッフらしき男から、オークションの指示書を手に入れた。
どうやらこの闇市場は定期的に開催されているらしい。
今日は第五回と書いてあった。
「これは……得意先のリストか」
侯爵の名前も載っている。
おそらくこの『得意先』が例の古代兵器の『出資者』で、彼らを会場の特等席へと案内するよう走り書きがされていた。
「のちの証拠にはなるが……、いまは必要ないの」
ぽいっと投げ捨てライアスは競りが行われている舞台裏へと入った。
乱雑に置かれた小道具と、数人のスタッフ。
そして異郷返りたち。
ライアスは暗幕のそばに隠れて壇上から観客席を覗き見た。
「相変わらずのアホ面具合か」
三階席の左側。太った男とすらっとした赤毛の男が談笑している。
赤毛の紳士がアウロラ商会の会長ヒューゴで、豚みたいな容姿の男が侯爵だ。
てかってかの額を光らせ、髪もつやっつやに整えられている。
下品な笑みを浮かべて壇上の商品を値踏みする姿は、正直キモイ。
「あれは何度か買ってるな」
現在のエール大陸では人身売買が禁じられている。
フィーティアを通じて古くに各国で合意した条約だ。
しかし、ダメだと言って『はいそうですか』と素直に応じてくれるほど人は清廉ではない。
一部ではこういう催しものはあるし、なにかと法をすり抜けて禁忌に手を染めるものだ。
「まあいい。あれはいつでもどうとでもできる。問題は、どうやってエオス商会の長とやらに会うかだが……」
アウロラ商会の会長はいま確認が取れた。
おそらく彼は白だろう。
単なる勘だが、あれは『死の商人』と呼べるほどの腐った性根の持ち主ではなさそうだ。
それに、彼の目的なら分かっている。
妻の病気の治療代。
アウロラ商会会長ヒューゴの妻は魔病だ。
いわゆる不治の病であり、それを治すために彼は薬や医者を求めてあちこち奔走していると、イナキアの商人たちのあいだではもっぱら有名な話らしい。
だから兵器開発などという危険な金儲けに手を染めているのだろう。
そして、おそらくその話を持ち掛けたのがエオス商会の会長で──。
ライアスは目を細めて観客席を見渡した。
「では、一万ラビーから始めます! 六番をお買い求めのかたは挙手を!」
一階席、二階席ともに手が上がる。
競り落としたのは紳士的な恰好をした変態男だった。続いて、仮面をつけたご婦人。金歯がまぶしい老人。派手なドレスを着たいかつい男。
たいへん個性的な購入者が次々と現れ、それらを焦った顔でちらりと一瞥しながら手持ちを確認する使用人らしき青年と、退屈そうに欠伸をする綺麗な令嬢。
飲み物をこぼしながらも壇上を凝視する小綺麗な男。なぜかうっとりとした顔つきでこちらを見ている未亡人っぽい女性。
観客はさまざまだが、総じて出てくる商品に歓声を上げて、熱と狂気をはらんだ瞳で壇上を眺めている。
その時だった。
会場入り口の、両開きの扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、腕っぷしの強そうな荒くれ者の集団だった。
長剣を持った代表らしき男がこちらに剣を向けて叫んだ。
「この場にいる全員、速やかに投降しな! 異郷帰りの不当な扱いおよびオークション。この商都の自警団〈ウミネコの剣〉が黙っていないぜ!」
そのまま近くの観客から捕らえていく。
瞬く間に広がるざわめきと悲鳴。
観客たちが我先にと外へと逃げだすのを押し返し、ウミネコの剣とやらの一団は『違反者』の取り締まりを開始した。
◇
「ひぃぃぃぃ! なんだコイツ強いぞっ!」
この会場のスタッフだろう男たちが悲鳴をあげる。
それをばっさばっさと殴り倒し、ライアスは舞台裏から元来た建物裏の搬入口へと急ぐ。
いまのは、商都の自警団のガサ入れだ。
実はここに来る前ライアスが通報しておいた。
おかげで競り会場は阿鼻叫喚。
客もスタッフも捕らえられ、いまもあちこちで乱闘騒ぎが起こっていることだろう。
「自警団に顔を見られては面倒だ。ここで会えぬなら今日は諦めるしかないな」
ライアスは搬入口につくと、柱のかげに隠れてここを必ず通るだろう人物を待った。
そうして五分も経たないうちに目当ての人物は現れた。
「………やはりな。来ると思った」
そこにいたのは、美しい令嬢だった。
フリルたっぷりの黒いドレスを身にまとい、まるで陶器のような滑らかな肌には長い金髪が垂れこめる。
エメラルドの瞳。
まさに、人形みたいな少女がそば付きの男にあれこれ指示を飛ばしながらこちらへやってきた。
「──エオス商会の長とお見受けするが、相違はないか?」
ライアスが声をかけると令嬢が振り返る。
しゃらりと揺れる髪の隙間から鋭い視線が飛んできた。しかし、その瞳はすぐにやわらげられ、令嬢はにこりと笑う。
「あら、お客様? きちんと正規の手順を踏んでいただかないと、取引には応じられませんよ。……それと、誰からわたくしのことを?」
──そう。エオス商会の会長は、商談でも表に顔を出さないことで有名だ。
すべてを部下に任せ、本人は謎めいた人物として知られている。
だから、探すのには苦労した。
ライアスは柱のかげから出て、答え合わせを口にする。
「誰でもない。単にあのオークション会場で、最も退屈そうにしていたのがお前だったというだけだ」
「それだけで?」
令嬢がくすりと笑う。
簡単な話だ。
誰も彼もが舞台に熱中するなか、彼女だけが飽き飽きとした様子で頬杖をついて欠伸をしていた。
それはこの場にくる『客』ではなく『運営側』だからだ。
どのくらいの高値がつくか。得意先になりそうな新規はいるか。
おおかた、業務の確認と購入者の値踏みをするために観客に紛れていたのだろう。
ライアスは腰にさげた剣を掴むと、
「少し、話を聞きたい。おとなしくついてきてもらおうか」
そう言って彼が動くと、令嬢とのあいだに何かが滑り込んできた。
オークションに出品されるはずだった、異郷返りの子供だ。
とっさにライアスは減速して目を開く。
「──ああ、やっぱり。こうすると、あなたは斬れないのですね」
見透かしたような表情で令嬢は口角をあげた。
そのまま手にした子供をライアスに向かって放り投げると、出口へと走って行った。
「待て!」
「さようなら。今度はネージュメルンでお待ちしておりますよ。──ライアス殿下」
直視すれば網膜を焼かれるほどにまぶしい夕陽。
その中を駆け抜けた声は、どこか中性的で、聞き覚えのあるものだった。
◆
数日後、誰かの葬儀に顔を出してきたらしい自身の補佐官──ゼノが戻ってきたので、ざっくりと侯爵の情報を共有すると、大層おどろかれた。
「ええ! 犯人逃がしたんですか⁉ 王子が⁉」
「イナキアではライとよべと言っているだろう」
呼び名の指摘には耳を貸さず、まさか王子がしくじるなんて、と呟き、ゼノは考え込んでしまった。
……最近思うのだが、補佐官になりたての頃に比べて彼のメンタルは図太くなったような気がする。
「まあ、だが有益な情報は得られた。次はネージュメルンに向かう」
「ネージュ? なんでそんな寒冷地に……あ、もしかして雪海ですか? それとも温泉? せっかくですし、アルスさんたちにおすすめの宿を紹介してもらいましょうか?」
「……話してやるからそこに座れ」
まっしろな海がどうのと喜々として語り出すゼノに対して、若干呆れた視線を返してライアスはソファに腰かけた。
あさって9/18(木)から三章開始です!
よろしくお願いいたします。




