表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/115

二章番外編『クレハさん舞台裏!』

 海に沈む、夕陽の色をした瞳。

 夜闇(やあん)に浮かぶ輝く月を連想される、白い髪。

 影が差した路地裏で、その人は心配そうな顔でわたしに手を差し伸べた。

 それはいつしかわたしを助けてくれたあの人に、似ているような気がした──


 ◇


 クレハは商都の漁港を歩いていた。


 ──人手が足りないから手伝ってほしい。


 以前働いていた食堂から手伝いを頼まれたので、朝早くから出勤し、昼すぎまで鍋を振るっていたクレハは、やっともらえた休憩にほうっと息を吐く。


 あの食堂は人気だ。


 観光客。地元の住人。早朝から漁に出ている漁師たち。

 連日みんなに愛される港の食堂はいつ来ても騒がしい。

 今日もたくさんの来客があり、ホールは大忙しだった。

 注文を受けたクレハも大慌てで調理に取りかかり、次から次へと来るオーダーをてきぱきとさばいていった。


 クレハはあの食堂が大好きだ。

 自警団への正式加入の折にやめてしまったが、今でもこうして要請があれば顔を出すようにしている。


「このへんでいいかな」


 賄いにもらった海鮮丼。

 さきほどからどこで食べようかなと港を彷徨っていたクレハは赤い係船柱ボラードを見つけて腰をおろした。


「やっぱりこの時期は鯛だよね」


 クレハはこくりと頷くと、真剣な顔で丼ぶりを見つめた。

 赤みの強いモミジダイ。

 透き通った白身に、ところどころ紅が差していて美しい。

 秋といえばタイ。

 サンマという意見もあるが、クレハとしては鯛一択。

 焼いても煮ても刺身にしてもうまい鯛は万能な魚なのである。


 分厚くスライスされた白い切り身。

 それが五枚。

 切り身の上には薬味が散らされ、サクラナ秘伝の特性だれがかかっている。

 クレハはスプーンを握りしめた。


 いざ、大きくひとくち!


「……、────、おいひいっ!」


 身がぶりんぶりん。そしてこりこり。

 歯を立てれば思わず押し返されそうなほどに弾力の強い身は、ほんのり甘くて舌に吸い付くようにしっとりとしている。

 うまい。

 魚特有の生臭さは感じない。


 これだよ、これ。今日、生きててよかったー。

 つんと辛いワサビが鼻を突き抜けて、クレハは目頭を押さえた。


「そういえば、みんなあんまりコレ注文しないんだよね」


 イナキアの人間は魚をあまり生では食べない。

 食中毒を懸念してのこともあるが、ねっとりとした刺身の食感が苦手らしい。

 あとライスもそうだ。

 リゾットなどの味がついたものはみんな好きだけれど、味ナシ(白飯)は人気がない。


 血のつながらない義兄が言っていたが、ライスだけだと食べた気がしないらしい。

 せめて炊き込みご飯にしてくれと言っていた。


 そういう経緯もあり、港の食堂に置いてある海鮮丼や焼き魚定食、煮魚定食などのライスには魚介のだしで炊いた飯を使用している。


 おかげで味が濃い。

 なので白飯。

 クレハとしては塩分の取り過ぎには注意したいところだった。


「おいし~」


 小さい頃からサクラナ出身の祖母の元で育ったクレハはこの手の料理は食べなれている。

 米粒ひとつ残さず完食して彼女は立ち上がった。


「おいしかったー……って、あれ? いまシュバルツァーがいたような?」


 首を曲げる。

 こう、ピクッと心臓が跳ねるようなそんなわずかな感覚。

 いる、とわかる確かなつながり。


 クレハは漁港の遠くを見渡すと、古びた廃倉庫街──立ち入り禁止区域に入っていく白い小犬の姿を見つけた。


 雪のように真っ白な小犬だ。


 よく『生後何か月?』と聞かれるが、拾ったのは二年前。

 全然大きくならないからそういう犬種なのだと思うけれど、クレハとしては背中に乗れるくらい大きく成長するのを楽しみにしていたから、ちょっとがっかりだ。


 クレハは小犬を保護するべく立ち入り禁止区域へと近づいた。そして迷った。


「あ、あれ……?」


 同じような建物が並んでいるせいで、どこから来たのかわからなくなった。

 こういう時は海の音が近い方向へ歩いていけば、倉庫街から出ることができるだろう。

 小犬の気配もそっちのほうから感じるし……。


 クレハはぱたぱたと駆け足で倉庫街を走り抜けた。


「──あ、どこか行っちゃった」


 海辺近くに到着すると時すでに遅く、小犬の姿は無かった。

 遠ざかる気配。

 そのまま魚市場へと向かったのだろう。

 小犬の気配はクレハから離れていった。


「もう、こんなに食べ散らかして……」


 地面にはビスケットの残骸が散らばっている。

 当食堂が誇る、おさかなビスケットだ。

 本来廃棄するはずの魚の骨を粉末状にして練りこんだ栄養満点のビスケット。

 ちなみにイカやエビなどの形も入っている。

 お値段はワンコイン。

 見事に散乱した食べかすを見て、クレハの腹がぐうっと鳴った。


「もう一杯、もらってこよう」


 丼ぶりを片手にクレハは食堂へと走った。


 ◇


 翌日、例の髪切り犯──ティアを止めるために屋敷を抜け出してきたクレハは公園のベンチでうなだれていた。


「見合い、やだな……」


 きのう、突然父から告げられた。


 ──来月見合いの場を設けるから、それまでに作法の復習をしておくように。


 相手は妖精国の高貴な人らしい。

 侯爵家の長男と言っていたから、ゆくゆくは家督を継いで王国を背負う立場になるお人なのだろう。

 正直、気が進まない。

 だって、恋とかそういうの。クレハにはよくわからないのだ。

 みんなのことが大好きだし、男女の情といわれたところでピンとこない。

 それがいきなり結婚だなんて。


「想像つかないよ……」


 なにより自分みたいなただの商家のいち小娘が、貴族の令息との結婚なんて絶対うまくいかないと思う。


 社交の場でもきっと浮く。


 浮いて浮いて、浮きまくって最終的に公衆の面前で『キミとの結婚は白紙に戻す!』とか宣言されたら、クレハは立ち直れない。


 やれ出戻り娘などと揶揄(やゆ)されて、みんなから腫物扱いされそう……。


 というか、お母様が許さないだろう。

 病床につく母の顔を思い出して、クレハは重いため息を吐き出した。


「──ん? またあの子の気配がする」


 近くにいる。

 飼っている小犬の気配を感じてクレハはベンチから立ち上がる。

 それほど遠くもない場所に小犬の姿が見えた。


 白髪の青年に抱っこされる形で小犬は眠っているようだった。

 ベンチに座る二人組。

 赤毛の美人さんと金髪のかわいい少年だ。


 白髪の青年は金髪の少年に子犬を預けると、なにかを探してあたりをきょろきょろと見回している。


 公園内の露店。

 いくつかある中で、飲み物を扱っている店を見つけて列へと並んだ。


「あそこの店って、たしか例年食中毒を出してる……」


 毎年夏になると、あの店でジュースを買った客が腹痛を訴えて、商候組合の館に列をなす。

 ジュースに使われる果物の鮮度に問題があるらしい。


 どうするか。

 クレハは一考する。


 ああして店を出しているということは、国からちゃんと許可を得ている証左だ。

 それを『あそこの店では買わないほうがいい』と吹聴するのは営業妨害に当たる。

 たとえ食中毒を連発していても、一定期間を過ぎれば再び店を開けていいのだ。


 だからあの店の評判を落とすことを言ってはいけない。

 ギルドに敷かれた(おきて)だ。


(でも、シュバルツァーが懐いてるみたいだし……)


 ここ数日家に帰ってこないなと思えば、どうやらあの青年のそばにいるらしい。

 もともと自由な子だ。

 クレハがいないところで勝手に冒険しては、お宝を見つけてはしゃいでいる。


 こないだも、ラビーコイン(イナキアのお金)が入った財布を拾ってきたから自警団の探しもの課に預けておいた。

 早く持ち主が見つかればいいのだけれど。


「よし、ここはしらせに行こう!」


 飼い犬がお世話になっているのだ。

 クレハは喜々として青年のもとへと向かい、食中毒のことを伝えた。


 ◇


 その夜のことだった。

 夕焼け空が眩しい時間帯、例の髪切り犯が出たらしい。

 大通りはその話題で持ち切りで、クレハはすぐさま自警団の詰め所へ向かった。


「──あれ? みんなは?」


 詰め所に入ると、中はガラリとしていた。

 いつもならば団員が酒盛りとか賭け事とかしていて騒がしいのに。


 髪切り犯の捕縛に出払っているのだろうか? 


 クレハが詰め所から出ようと入口へと足を向けると、うしろから声がかけられた。

 団員の古株、ハインクじいさんだ。

 基本は詰め所の留守番役で、みんなが任務に励めるようサポートをしてくれるお爺ちゃん。

 どうやらこれから夕飯を取るところらしい。

 二階から降りてきて、手には簡単な軽食が握られていた。


「ああ、クレハちゃん。団長たちなら五番街に行ったよ」


「五番街? きょう、あそこでなんかありましたっけ?」


「ブラックマーケットの大捕りものだそうだ。なんでもフィーティアを通さずに魔導品の売り買いをしているとのタレコミが入ったらしい」


「フィーティア……」


 クレハたちが住んでいるエール大陸には、〈フィーティア〉とよばれる大陸平定を担う調停機関がある。


 古くから有る組織で、主な活動は『異郷帰(いきょうがえ)り』と呼ばれる魔力の高い人間の保護と、その生活全般の支援。

 ほかにも、魔獣の討伐や魔石の管理なども行っている。


 さきほどハインクが言った魔導品。


 これの占有権も、もちろんフィーティアが握っていて、彼らの許可なしに取引すれば、フィーティアの法に裁かれる。


 たとえ自治国家であるイナキアであっても彼らを蔑ろすることはできない。

 そんなことをすれば国ごと潰されるか、この大陸で商売自体ができなくなるだろう。

 それくらい彼らの影響力は強いのだ。

 だから、自警団は町の見回りのほかに本来フィーティアが担うはずの魔獣の討伐や、違反者の取り締まりなどの協力をしている。


 今回、闇市場に捕りものに行っているのもそれが理由だ。


「そうなんだ。じゃあ、髪切り犯の現場には向かえてない感じかな?」


「いや、詰め所に控えていた若い衆が行ったよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないか?」


 ハインクがそう言うと、ちょうどひとり若い男が帰ってきた。

 最近、自警団に入った人だ。名前はなんだったっけ……と、クレハが記憶をたぐっていると青年は「大変だ!」と叫んだ。


「スカルさんところのモニカちゃんが髪切り犯にさらわれた! ちょうどその場にいたグレンさんも大怪我をしたとかで、いま救出隊を組んでいる」


 ──え? お兄ちゃんが?


 血のつながらない義兄だ。

 数年前に、港の岩礁(がんしょう)にうち上げられていた彼を助けてからクレハの兄になった。

 普段はアルスのそばで雑用係をこなしているが、あれでもけっこう腕が立つのだ。

 それが大怪我とは。

 クレハは目を見開いて、焦る気持ちを必死に押さえてたずねた。


「どこ⁉ 犯人はいまどこにいるの⁉」


「廃倉庫に向かったそうだ──って、クレハちゃん⁉」


 うしろから掛けられる声に背を向けてクレハは走った。

 すぐにこのことは父であるヒューゴの耳にも入るだろう。帰ったらきっと大目玉だ。


(それでも──)


 動く足は止められない。

 クレハは廃倉庫へと急行した。

 そして、いざ廃倉庫に到着してみると困ったことがひとつあった。

 それは──


「あ、開かない⁉」


 ドアノブをガチャガチャする。

 開かない。

 どうやら経年劣化により、扉の接触面が錆びついているようだ。

 どうしよう。


「ここからあの子の気配を感じるのに──そうだ!」


 クレハはうしろへ下がると、そのまま助走をつけて気合一発、叫んだ。


「みつけた────っ!」


 かくしてクレハは四度目の、ゼノとの邂逅(かいこう)を果たしたのであった。


 ◇


「あのね、それでね。ゼノさまがね!」


 髪切り犯こと海霧の怪人と捕らえたあと、恐ろしいものと対峙し、クレハはなんとか無事に生還することできた。

 これも全部、あの白髪の彼──ゼノのおかげだ。

 クレハは喜々として、その時のことをアルスに話していたのだが、彼は書類に目を落としたままペンを走らせて言った。


「悪いが葬儀のあとで仕事たまっている。あとにしてくれ」


 ぞんざいな対応だった。

 ちょっとばかしクレハはむーっとむくれると、まあ仕方ないかとそっとため息をついた。

 ティアが亡くなってから、アルスは以前にもまして仕事へ打ち込むようになった。


 各顧客への謝罪。

 商候組合との話し合い。

 今後の店の運営。


 どれをとってもアルスは真摯に対応し、一度は組合からの除名を言い渡されそうになったが、彼の処遇を改めるようクレハの祖父が動いた。


 なんでも、被害にあった女性たちから彼の減刑を望む嘆願の声が多くあったらしい。


 アルスは悪くない。

 たしかにラパン商会の従業員が事件を起こしたけれど、彼を責めるつもりはない。

 むしろ商会が無くなっては寂しいと、みんなが言ってくれたそうだ。


 これも日頃の彼の人徳だ。

 誠実でまっすぐで、まじめすぎるアルスのことをみんな大好きなのだ。


「そういえば、食堂へは行ったのか?」


 アルスの隣で書類を片付けていた義兄グレンが振り向いた。


「食堂? ──あっ! 忘れてた」


 あの廃倉庫から脱するとき、ゼノと約束したのだ。

 無事にここから出て、おいしいものを一緒に食べようと。


 それが、見合いの準備とやらで、ここ数日クレハは屋敷へ軟禁されていた。

 スパルタ淑女教育。

 執事長と侍女長の監視のもと、徹底的な作法の教育を施され、出来ないと教鞭でパシン。

 おかげでクレハは連日ぐったりなのであった。


「ゼノ様たちは?」


「昨日発った。ネージュメルンに向かうと話していた」


 アルスが返す。


「ねーじゅ……って、お見合いがある町だ」


「そうか。検討を祈る」


 いや、検討を祈られても。その気はないのだし。

 クレハがうーっとうめいていると、グレンがおかしそうに声を震わせた。


「くくっ……、クレハが見合いか。まだまだガキだと思っていたが、いつのまにか大人になってー。お兄ちゃんたちはうれしいよ。なあ、アルス?」


「…………」


「ええ? なんか返せよ、俺だけ滑ったみたいだろ」


「クレハ、ヒューゴ殿がこれからお見えになる。戻るなら早くするといい」


「え! 大変! すぐに帰らないとお父様に起こられる」


「ふたりとも、俺のことは無視ですかい……」


 澄まし顔で黙々と書類仕事を片付けるアルスの横でグレンが肩を落とした。


「じゃあ、わたしはもう帰るね。いこ、シュバルツァー」


「わんっ」


 クレハは小犬を抱きかかえて事務所を出た。すると──


「アルス、例のくすりの件だが──」


「お、お父様……」


「! クレハ⁉ またこんなところに来て……。早く帰りなさい。昼には商都を出るんだ──いや、私ももう出よう。さあ、来なさい」 


「ま、待って! わたしやっぱりお見合いなんて──」


「アルス、例の件は白鳩便(ポッポびん)で伝える。いいな」


「承知いたしました」


 わーわーと抵抗するクレハの手を掴み、父ヒューゴは階段をおりて行った。


 この先に待っているのは、彼らとの再会。

 そして、長い旅路の中で知る世界の広さと真実と、あのとき自分を助けてくれた、きっと初恋だったのだろうあの人のことを知るのはもっと先の話だ。

ここまお付き合いくださり、ありがとうございました。

引き続き、三章もよろしくお願いいたします。

(三章の更新スケジュールは活動報告に載せております)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ