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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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89 第二章エピローグ

「マスター!」


 遠くの木の下でリィグが呼んでいる。


「あ、じゃあオレはそろそろ行きますので」


「ああ、ご苦労だった。例の件は改めて話す。明日、事務所に来てほしい」


「悪いな、坊主。ティアの葬儀まで手伝ってもらっちまって」


「いいえ」


 ゼノは彼らに一礼して、その場をあとにする。

 その際、ちらりと視線を流せば、墓の前で泣き崩れる老婆の姿があった。

 ティアの祖母だ。

 彼女の両親は早くに他界し、竜帝国で育った彼女はイナキアに住む祖母のもとへと預けられそうだ。


 ここは、海辺にある霊園だ。

 アルスの話によれば、生前ティアは海を眺めるのが好きだったらしい。


 この場所を選んだのはティアの祖母だが、アルスの口添えがあったことは葬儀を手伝ったゼノも知っている。

 輝く海が一望できる霊園。

 潮風に吹かれながら、ゼノは悲しむティアの祖母から視線をそらして歩き出した。


 大蜘蛛との戦いのあと。

 ゼノたちは目を覚ましたモニカを連れ、ラパン商会の事務所へ戻った。

 ティアの亡骸を担ぎ戻ってきたゼノを見てアルスもグレンも何も言わなかった。

 ただひとこと、「ありがとう」とだけ口にして、アルスが頭を下げてきた。


 それからはあっという間の数日だった。

 事情聴収という名目で、自警団の連中からあれこれと事件について聞かれ、五日後にやっとティアの葬儀が行われた。

 罪状は不問。

 すでに死んでしまった彼女を罰することができず、ティアの遺体はイナキアの地へと埋められた。


「良かったね。彼女、国を追い出されなくて」


「……リィグ。そういうことは言うな。ここには被害にあった人達も来ているんだ。良かったなんて発言は控えろ」


「ごめん、ごめん」


 全く悪びれもなく謝るリィグをたしなめ、ゼノは王子とミツバが待つ宿へ戻ることにした。

 ふたりは王族だ。

 非公式の訪問とはいえ、人が集まる場所は避けたい。


 なによりミツバが顔を出したくないと言った。

 ティアに髪を切られたのだから当然だ。

 だからふたりとフィーを置いて、ゼノはリィグを伴い、葬式へと参列した。


「それにしても土に埋めちゃうとか、やっぱり罪人だから?」


「違う。ティアは元々竜帝国の生まれらしいよ。あそこは場所によるけど、土葬もあるから単にそれだけだよ」


「ふーん」


 ユーハルドでは火葬が基本だ。

 神聖な炎で身体を燃やし、灰は自然に返す。

 罪人は首こそ切り落とすが、みな等しく火で浄化する。


 土葬の文化があるのは、帝国の一部の地域と聖国パトシナくらいだろう。

 集合国家であるイナキアでは半々といったところか。


「明日、アルスさんたちのところへ行くから、戻ったら荷物をまとめよう」


「えー? もうこの町を離れるの?」


「ああ。王子の話によると、ビスホープ侯爵は『雪海(ゆきうみ)の町』と呼ばれる北の地にいるらしい。だから、アルスさんたちから話を聞いた後は、多分北に行くと思う」


「そっかー。もうすこしこの町を見て回りたかったのになぁ」


 名残惜しそうに話すリィグを尻目にゼノは王子の話を思い出す。


『雪海の町、ネージュメルンに武器工場が隠されているという噂を聞いた』


 雪の海。イナキア最北端にある小さな村は一年の大半が雪に覆われているらしい。


 どうやら最近そこに人が多く出入りしているとかで、ビスホープらしき人物の目撃情報もあったそうだ。


(相変わらず、どうやってそんな情報を掴んできたんだか……)


 自分たちがティアの事件を追っている間、ライアス王子は例の侯爵の足取りを探っていたらしい。

 せめてひとこと伝えてくれればいいものを。

 こちらに何も言わずに行動するあたり、まったく信用されていないなとゼノは短い息を吐いた。


「あ、僕、花取ってくるね」


 葬儀を取り仕切るスタッフが、霊園内の入り口で献花用の白い花を配っている。

 花を取りに行ってくれたリィグのうしろ姿をぼんやりと眺めていると、スッと顔の前に青い花が差し出された。


「?」


 横を見れば、黒のドレスに身を包んだ華奢(きゃしゃ)な少女が立っていた。

 年は十五歳前後。

 腰まで伸びた淡い金髪を黒いレースの傘がしめやかに隠す。

 にこりと微笑する少女は、中性的な、大人びた声で朗らかに笑った。


「花、用意されているものでもいいですが、彼女はこの花がお好きなようでしたから」


「え? ああ……」


 海色の花。

 メレディア草だ。

 この時期に花を咲かせることはないから献花として選ばれなかったのだろう。


 受け取ってから、「この花どうしたんですか?」と聞こうとして振り向いたら、その少女はいなくなっていた。


「あれ? どこ行った?」


 周囲に首を動かすが少女の姿はない。

 おそらく花を捧げにいったのだろう。

 まあいいか。

 手元の花に目を落とすと、明るい声がかけられた。


「あ、いたいた!」


 園内の向こうから、黒のワンピースをまとった娘が駆けてくる。

 先の事件で知り合ったクレハだ。

 足元には白い子犬もいる。

 そこにちょうどリィグも戻ってきて手を振った。


「やっほー、クレハちゃん」


「こんにちは、リィグ様、ゼノ様。ふたりもお葬式に参列してたんだね」


「そう。クレハさんはいま来たのか?」


「うん、ティアさんにはお世話になってたからね、シュバルツァーと一緒に来たんだ」


「わんっ」


 子犬が元気に吠えて、ゼノの足に擦り寄ってくる。

 ちぎれんばかりに尻尾を振る子犬の頭を撫でて、ゼノは彼女にたずねた。


「ところでさ。なんで、あの時逃げたんだ?」


「あの時?」


「最初に会った時。ティアが自分で髪をばらまいたのを君は見ていたんだろ? だったら、その場に留まってくれていれば、そのまま解決していたような……」


 もしもあの場でクレハから話を聞けていれば、高確率でティアが犯人だと分かっていたものを。


 確かにティアの回答次第ではクレハが犯人にしたてあげられる可能性もある。

 けれど、自分だって伊達(だて)に城の嘘つき連中を相手にしてきたわけじゃない。

 見破ることくらい出来る。

 そう思ってゼノが聞くとなぜか気まずそうに目を逸らされた。


「あー……」


 大木のほうを見て、困ったように視線をさまよわせる。


「あのね……、怒らない?」


「うん? 内容にもよるけど」


 クレハは両手の指を合わせるとおずおずと理由を話してくれた。


「実はあの時、ティアさんの行動にびっくりして気が動転してて……。君の声は聞こえたんだけど、霧の隙間から白い髪と緑の服が見えたから——」


 と、そこで言葉は止まり、クレハはゼノの後方へと視線を滑らせた。

 老年の男がひとりこちらに走ってくる。

 燕尾服に緑のコートを羽織った老人だ。


「ああ、こちらにいらっしゃいましたか! クレハお嬢様!」


 お嬢様?

 白髪の髪をうしろで括り、目元に深いしわを刻んだ老人は息を切らして立ち止まると、胸に手をあてて呼吸を整えてから再度彼女の名前を呼んだ。


「クレハお嬢様。勝手に居なくなられては困ります、さあお戻りください」


「──え、お嬢様⁉」


「なにを言ってるのさ、マスター。クレハちゃんはアウロラ商会のご息女様じゃん」


「……あ、そういえばそうだったな」


 あんまりお嬢様って感じがしないのですっかり忘れていたが、彼女はこう見えてイナキアを代表する大商会のご令嬢らしい。

 クレハは困ったような顔をすると、老人のことを紹介してくれた。


「この人はうちの執事で……。その、ちょっとお友達とお話してるだけだから、向こうで待っててくれると嬉しいかな」


「いいえ、いけません! 旦那さまよりお嬢様から目を離すなと、このセバス。きつく申しつけられております」


 執事はぐっと拳を握り、染み入るような表情で小言をつづけた。


「なにせお嬢様はいつもそうです。先日もわたくしから逃げて事件を追うような無茶をなさったり、目を離すと怪我が増えていたり……。本当に胸が潰れる想いでございます。ささ、お早く。見合いの日まで作法の復習をいたしますよ」


「うう……でも、お花を供えに行かないと……」


「そちらは僭越(せんえつ)ながらこのわたくしめが代行いたします」


 ぱんぱんと執事のセバスさんが手を叩くと、どこからともなくメイドの皆さんが現れた。

 クレハは両脇からがっちりとホールドされ、引きずられるようにして退場した。


「では、ご友人がた。お嬢様はこれで」


 セバスさんは優雅に一礼すると、クレハから奪った献花を持って颯爽と園内を歩いて行った。

 そこでリィグがぽつりとこぼす。


「あー、つまり、マスターとあの人を間違えて逃げたってことかな」


「嘘だろ?」


 自分の髪と服を交互にみやるリィグにゼノはめまいを覚えた。


 白髪に、草色のローブ。

 なるほど。彼女はあの執事と自分を見間違えたのか。


 さすがにそれはない。

 どこをどう見たらそうなるのか、そしてそんなことで事件の解決が遅れたのか。

 半ば徒労のような話にゼノは肩を落とした。


「このローブ、替えようかな……」


 そのつぶやきは秋の深まりを知らせる冷たい潮風に乗って、どこまで澄み渡る、青い大海原へと消えていった。

次は2章の番外編です。

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