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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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77 月下の事件(二回目)

「なっ……」


 通りの奥に進むと、ひどい霧があたりに立ち込めていた。

 人影は三つ。

 地面に尻をつける影と、その影を守るように立つミツバの黒影。

 もうひとつは逃走する犯人の影だった。


「待ちなさい!」


 ミツバの影が動いた。

 どうやらさらに奥へと向かったらしい。

 白霧の中にぼんやりと映っていた彼女の影は一瞬でその姿を見えなくした。


「ばかっ! ひとりで行くなって!」


 風の腕輪で濃い霧を吹き飛ばす。

 霧の隙間を縫うように子犬が飛び出し、ミツバに続いた。

 かすかに見えるミツバの背中。

 ゼノは彼女をとめようと右手を伸ばしたが、わずかに遅くミツバは暗がりへと消えてしまった。


「大丈夫?」


 リィグが女の側にしゃがみこむ。

 明るい金髪の髪をした女性だ。

 目に涙を溜めて、へたりこむ彼女は見覚えのある人物だった。


「あれ? モニカさん?」


「へ? あ! あなたたちアルスのところの!」


 驚いた表情で見上げてくる彼女の髪は、まだ長い。

 良かった。

 ほっと安堵の息を吐いて、ゼノは彼女に訊ねた。


「ここで何があったんですか?」


「なにって、歩いてたら、いきなりさっきの人に襲われたのよ!」


 モニカがうわーんと声をあげて抱きついてきた。


「あの、ちょっと……」


「モニカの家、この先なんだけどー、仕事が終わったから仮装してアルスを誘いに行こうと思ったら、帰る途中で急に霧が出てきてっ」


「う、うん。わかった。わかったからすこし離れて欲しいんですけど……」


「え? それってつまり、この辺に君の家があるってこと?」


「そうよ。あの赤い屋根のところ、二階の端っこがモニカの部屋なの」


 リィグの問いに、モニカが三軒先の建物を指で示した。

 窓が九つある集合住宅。

 それを見てリィグが不思議そうに首をかしげた。


「そういえば、ラナちゃんのときも家の近くで襲われたよね。他の人も、ほとんどがそうだって資料にも書いてあったし」


「やだっ、それってまさかモニカのストーカー?」


 モニカの顔がさっと青ざめる。

 リィグが首を横に振って、彼女の言葉を訂正する。


「君の、っていうよりも、被害者全員のって言ったほうが正しいかなぁ。マスターはどう思う?」


「どうも何もこの状態で話すの?」


 自然な流れで続いていく会話にゼノはモニカの肩を押して離れてもらった。


「つまり、犯人は狙う相手の家を事前に知っているってことか?」


「そうなるね。そのうえで襲う場所を決めているって感じかな。やっぱりみんな家の近くだと油断するし。もちろん普通に髪を切ろうとしてつけてたら偶然、家の近くだったってこともありえるけどさ」


 空を見上げて、つらつらと話すリィグを見て思う。

 犯人は家まで把握している。


 それは前提として相手に恨みを持つ人物か、もしくは偏愛を持った人物。

 あるいは顔見知りの犯行。


 しかもターゲットが数人ならともかく、百名近くなればその全員の情報を調べることは容易じゃない。

 そんなことが可能な奴なんて……。


 ゼノが目線をさげて思考に沈んでいると、リィグが思い出すように「あっ」と叫んだ。


「マスター、ミツバちゃん! 追わなくていいの? ひとりじゃ危険だよ」


「そうだった! オレが追いかけるから、モニカさんのこと頼んだ」


「りょーかい」


「気をつけてねー!」


 手を振るモニカとリィグをあとにして、ゼノは路地の奥へと急いだ。


 ◇ ◇ ◇


「ミツバ!」


 しばらく走ると、ひらけた空き地のような場所に出た。

 転がる木材に、壁に立てかけられた長い丸太。


 おそらく資材置き場だと思うが、その中心で手刀の構えをとるミツバと、変な仮面をつけた女が対峙していた。


「カボチャの面!」


 逆三角形の両目にギザギザ模様に開いた口。

 そういえば、ラナがそんなことを話していた気がする。


 その、よくわからない仮面のせいで相手の素顔は見えないが、細い背格好からして女だとわかる。


「こいつが犯人よ! 手にハサミを持っているもの!」


「ハサミ?」


 見れば、女の手には刃渡り数センチの黒いハサミが握られていた。

 通常、見かけるものとは違い、ひとまわりほど大きい。

 職人用かなにかのハサミだろうか。


 唸る子犬の前に立ち、ゼノは羽ペンを槍に転じて構えた。


「悪いが、少し話を聞かせてもらう。そいつを捨ててこっちに来てもらおうか」


「…………」


 犯人がごくりと唾を呑みこみ、あとずさる。

 ミツバが逃さないとばかりに犯人の後方へと回り込んだ。

 数秒の間。

 三者一歩も動かぬ中で、その均衡を破ったのは子犬だった。


「がうっ!」


 子犬が犯人の腕に噛みついた。


「──っ!」


 苦悶する犯人の声。

 ゼノとミツバは瞬時に目を合わせ、


「いまよ!」「分かってる!」


 犯人を挟み撃ちにするべく同時に駆け出すと、犯人が慌てたようすで子犬の首根っこを掴み、ゼノのほうへとぶん投げた。


「わ、ちょっ、ぶ‼」


 びたーんと、顔にはりつく子犬。


 ほんのわずかに生まれた死角をついて犯人はゼノの横をすり抜けた。


「なにやってるのよ! 馬鹿!」


「悪い……」


 急いで子犬を顔から引き剥がし、その直後。

 ぶつりと切れる嫌な音がした。


「なっ──」


 振り向くと、頭上に大きな丸太が迫っていた。

 しまった。

 そう思った時には、がらがらといくつもの乾いた音があたりに響き渡っていた。

 砂煙がもうもうと上がり、思わず口に手をあててごほんと咳き込んだ。


「けむっ……」


 目が痛い。

 目尻に浮かんだ雫を払い、片目をつむって前方を見れば、煙の中にうっすらと犯人の姿があった。

 捕らえなければと右足に重心をかけ、すぐに動けるよう態勢を整える。

 しかし駆け出そうとしてそれは叶わなかった。


「きゃああああああああああああ」


「ミツバ⁉」


 大気を切り裂くほどの悲鳴。

 ハッと足をとめ、砂塵の中で目を凝らすと見えたものは赤い髪を刈り取られて呆然と佇むミツバの姿だった。


「女は……っていない⁉」


 どうやら逃げたらしい。

 警戒を解かずに耳を澄ませると、遠ざかる小さな靴音が聴こえた。

 戻る気配はない。

 すぐに足音は消え、静かな夜の音へと切り変わる。


(ちっ、逃がしたか……)


 深追いしたところで返り討ちに遭うだけだ。

 今日はこれでやめておこう。

 立ちのぼる砂けむりの中を走ってゼノはミツバに駆け寄った。


「ミツバ、怪我は?」


「…………」


「ミツバ?」


「…………」


 話しかけても何も答えない。

 俯いたまま地面を凝視している。


「──おい、ミツバ!」


 痺れを切らしてその肩を揺らすと、ミツバは小さく「あ……」と呟き弾けるように顔を上げた。そして──


「あんの、アマ! 次会ったらぶっ殺す‼」


「ひっ!」


 右の頬に掠める風。

 烈風のごとき速さでゼノの真横に拳が飛んできた。

 瞬時に顔をそらして避けたものの、うしろに壁があろうものなら粉砕されていたに違いない。怖い。


「あいつ絶対許さない! あたしの髪、切りやがった! 掴まえたら刻んでやる!」


 うしろにさがるゼノをミツバがものすごい形相で睨んでくる。


「わ、わかったから、落ち着いて……」


 地面をだんだんと踏んで拳をぎりぎりと握りしめるミツバ。

 ゼノが数歩引いた位置から眺めていると、下から子犬の甘えた声が聞こえてきた。


「くぅん」


「どうした?」


 ずるずると引きずるようにして、口に何かくわえている。


「それ……、犯人が持ってたハサミか……」


「わんっ!」


「ああ、偉い偉い」


 鼻先を靴に押しつけ、褒めろと催促してくる子犬。

 腰を落として頭を撫ででやると、ちぎれんばかりに尻尾を振って、その場でぐるぐる回った。


(重っ……)


 しゃがんだついでにハサミを持ち上げる。

 ずっしりとした重みを手に感じた。

 刃が厚くて長い。

 近くで見て分かったけれど、これは仕立屋が使う布切り用のものだろう。


 つまり犯人は仕立屋職人だろうか?


 ゼノが首をひねっていると、うしろからいきなりむんずとフードの端を掴まれた。ぐぇっとなった。


「行くわよ、ゼノ」


「は? どこに?」


「ラパン商会!」

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