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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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76  犯人の目的は?

「それにしてもあれよね。犯人は髪なんか切ってなにがしたいのかしら?」


 ミツバが空を眺めて言った。

 もう陽が赤い。

 街は夕焼け色に染まり、あちこちに飾ってあるランタンには火が灯っている。


 本格的な祭りは日没後に始まるから、通りにはさっきよりも人の数が増えてきた。

 肩がぶつからないように歩きながらゼノたちは会話をする。


「なにって、愉快犯か何かだろ? 金を取るわけでも殺しをするわけでもないんだ。どう考えても、ただ楽しんでるだけとしか思えないけど」


「楽しんでるって……あたしには理解できない感覚ね」


「まあな。だけど世の中にはそういう奴もいるだろ? 王都で起こる事件にも、楽しいからで馬鹿なことをする奴もいるし。何でって考えたところで答えは出ないよ」


「それはそうかもしれないけれど」


 前から不満を帯びた声が返ってくる。

 日が落ちるからと纏った彼女の白いスカーフが、陽に照らされてオレンジ色に色づいている。


「うーん、でも僕もちょっと気になるなぁ、犯人の目的」


 リィグが頭のうしろに両手をまわしながらぼやいた。


「犯人は髪を切るだけでなく、切った髪を持ち帰ってるんでしょ? グレンのお兄さんは闇市にでも売り飛ばしているんじゃないかって言ってたけどさ。あんなむしり取るような切り方じゃ、売っても高値になるとは思えないし、犯人は何がしたいんだろうね」


「特に何も考えてないだろ」


「ううん。目的がない事件なんかないよ。たとえそれがすごくしょうもない理由でもなにかしろの理由はある」


「例えば?」


「犯人はすごく髪の毛が好きで、切った髪を家に保管してて、毎日眺めてるとか」


「なにそれ。すごく気味が悪いんだけど。つうか、その発想に行き着くお前が怖いよ」


「たとえばの話だよー」


 何食わぬ顔で話すリィグにゼノは軽く引いた。


「まあ、ともかく何か目的はあるはずだし、毎回犯行の型も決まっているし、そこがわからない限り、捕まえるのは難しいかもね」


「決まった型か……」


 ゼノが呟くと、ミツバが腕を組んで「うーん」と唸った。


「言われてみればそうね。切った髪を持ち帰る、加えてイラノキの香がついたもの。それって逆にいえば、その香りがついていない人は狙わないってことでしょ? そう考えると何か変よね」


「たしかに……」


 ミツバの言う通りだ。

 犯人は常にイラノキの香がついた女の髪を狙う。

 単なる愉快犯というよりは、執着性の高い、むしろ恨みに駆られたような犯行にも思える。


(やっぱり、ラパン商会を疎んじる奴らからの圧力とか……?)


 他の商会からの嫌がらせ。

 城でもよくある足の引っ張り合いというやつだ。

 どこの世界も醜い覇権争いが絶えないなーと、ゼノはアルスに同情した。

 そこでふと、リィグがぽつりと声を落とした。


「もしかして、呪い……だったりして」


「呪い?」


「うん。まじない、呪術、黒魔導。呼び方はいろいろあるけれど、たしか髪を使ったものもあったはずだよ。ほら、『長い髪には魔力が宿る』ってよく言うでしょ?」


「あー……あれか。悪しき精を呼び出すための供物にするだとか、恋愛成就のまじないだとか……。本で読んだことがあるよ」


 その大抵がろくな内容では無かったが、暇つぶしに読むのにはちょうどいいからと、城の書庫で見た記憶がある。


(だけど、呪いなんてあり得ないし)


 存在するはずがない。迷信だ。

 そもそもあったら怖い。

 いやいや、あるはずがない。

 ゼノが心の中で呪いの可能性を必死に否定していると、ミツバがつんとした表情で足を早めた。

 心なしか、寒そうに肩のショールをぎゅっと握っている。


「ばかばかしい。そんなものあるわけないでしょ。くだらないことを言っていないで、さっさと行くわよ!」


 ずんずんと雑踏の中を進んでいく。

 あれは怖がっているのだろう。


 茶化すようにリィグが『もしかしてミツバちゃん、こういう話苦手?』と彼女の背に声を飛ばせば、『そんなわけないでしょ、馬鹿!』と怒鳴り声が返ってきた。


 リィグがゼノの隣でけらけらと笑っている。


「あはは。山の時でも思ったけど、意外と可愛いところあるよね。ミツバちゃんも」


「そうか? 呪いならオレも嫌だよ。怖いし」


「うーん……そうだね。マスターは、そういうところが駄目だよね」


「……?」


 隣で苦笑するリィグを横目で見てから、数歩先を歩くミツバに目を向ける。


「まあ、呪いはともかく、おおかた髪を集めて──って、そうか……ウィッグ!」


「ウィッグ?」


 リィグが目をぱちくりとさせて首をかしげた。


「ほら、おととい理髪師のラナさんが言ってただろ? いまイナキアではウィッグが流行って話!」


「あー、上流階級のひとに大人気ーってやつだっけ」


「そうそう! きっとウィッグを売りさばくために髪を集めてんだよ。つまり犯人はカツラ職人だ。明日はその線で探ってみよう」


 ゼノがうんうんと頷くと、少し呆れたようなリィグの眼差しが返ってきた。


「マスター、僕の話きいてた? あんなに汚い切りかたをしてたら商品にならないって、さっき言ったよね。その線は無いと思うよ」


「あ、そっか」


「そうだよ、もー。しっかりしてよね」


 はーっと溜息をつかれた。


「それより、とりあえず彼女を追おうよ。だいぶ先を行っちゃったみたいだし」


「ほんとだ。もうあんなところまで」


 見れば、露店の五つ先くらいにミツバの後ろ姿が見える。

 はやく追いかけなければ。

 ゼノが足を早めると、大通りの脇道からひとり壮年の男が転がるように出てくるのが見えた。


「──髪切り魔だ! 髪切り魔が出たぞ!」


 髪切り犯⁉

 大通りの空気が一変した。


 道行く人々が口々に恐怖をささやき、まるで波紋のようにざわざわとどよめきが広がっていく。

 そんな中、ひとりだけ興味が無さそうにリィグが呟いた。


「へー、やっと出たんだ。髪切り魔。これで今日は宿に帰れるね」


「言ってる場合か! 行くぞ、リィグ」


「はーい」


 人混みをかきわけ男のもとへ向かうと、自分たちよりも先にミツバが男に詳細をたずねていた。


「ねぇ、それってどこ⁉」


「え? あぁ……」


 急に腕を掴まれ、驚いた様子で男は口ごもる。


 ()()()()()()()()()()()()やや小太りの男は、おそらく地元の商人だろう。


 彼は額の汗を袖でぬぐうと細い路地を指さした。


「この奥だよ。すこし行ったところに──」


「わかったわ!」


「おい!」


 男が言い終わらないうちに、ばたばたとミツバが走り出す。

 男は慌てて呼びとめるが、瞬く間に彼女は消えてしまった。


「ああ、ったく! せっかちなお嬢さんだ! あんたらはあの子の連れかい? だったら、まだ近くに犯人がいるかもしれん。はやく行って守ってやりな」


「は、はい!」


「おじさん、ありがとー」


 リィグが男に礼を言って、ゼノのあとに続く。

 うしろから「気をつけてな~」と追加で声をかけられる。

 その間延びした音に、誰だろう。どこか聞き覚えのある声だった。

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