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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第0.5章『名もなき魔導師の約束』
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07 異郷返り

「────っ!」


 目を開けると眩しい光が入ってきた。

 起き上がった拍子に、涙がぽたりと落ちる。


(ここは……)


 まわりを見渡すと、どこかの部屋だった。

 内装からして城の一室だろうか。

 窓の外へ視線を流せば、午前中の静かな陽射しが目に飛びこんできた。

 たしか最後に見た景色は夕方だったのに。


「オレ、確か森の中にいたよな? しかもアレに喰われて……」


 だけど生きている。ゼノは両手を閉じて開いてを繰り返す。急に腹が鳴った。


「とりあえず、腹が減ったな……」


 食堂にでも行ってなにか貰ってくるかと、寝台から飛び降りる。部屋をあとにして廊下を歩くこと数十分。


「迷った……」


 食堂に行こうと思ったら、なぜか見張り塔まで来てしまい、すれ違った兵士に「?」という顔で見られる。


 そこで、ズボンのポケットに飴が入っていることに気がついた。

 森に行く前にロイドがくれたものだ。歩いて疲れたし、なんかもうこれでいいやとゼノは思い、飴を舐めながら、塔の螺旋階段を登った。


「お、いい眺め」


 涼しい風が髪を揺らす。

 塔のてっぺん。ここからは四方をぐるりと一望できる。

 城下町。ニアの森。うっすらと見える遥か先の山脈。


 いつもならば、ここには見張りの兵士がいるはずなのに今日はいない。

 交代の時間だろうか?

 ゼノは分厚い壁のへりに頬杖をついて、ぼんやりと遠くを眺めた。


「──ゼノ!」


「……? シオン?」


 慌てるような声が聴こえて振り向くと、階段の入り口にシオンとエドルが立っていた。


「駄目じゃないですか! 起きたのならすぐに誰かを呼んで下さい!」


「悪い。腹が減ってさ」


 シオンが駆け寄ってくる。エドルも近づいてきて静かに口を開いた。


「当然だ。お前は三日も眠っていたのだからな」


「へ? 三日……?」 


 ぽかんと口を空けて聞き返せば、シオンが顔を覗きこんできた。


「覚えていませんか? 森で魔力暴走を起こしたんですよ。ずっと意識が戻らないから心配しました」


「は? 魔力暴走?」


「──お前は敵に食われた。その後、敵の内側から光が溢れ、爆発。その余波で森の半数以上が消し飛んだ」


「…………はい?」


 いま森が消し飛んだと聞こえたが、それは本当だろうか。


「そのあと焼けた森で倒れていたゼノを彼が運んでくれたんですよ」


「そうなのか……? なんかよくわかんないけど……ありがとう、エドル」


「いや。礼を言うのは俺のほうだ。お前がアレを倒してくれなければ共に死んでいた。感謝する」


 それだけ言って、エドルは学校へ戻るからと階段をおりていった。


「さ、ゼノも早く部屋へ戻りましょう? 食事ならすぐに用意させますから」


 シオンがゼノの手を引いて歩こうとする。


「いや、待って。ごめん、状況がよくわからないんだけど……あれからどうなったんだ? あの白いやつは? それからその魔力暴走……って何だ?」


「それは……」


 矢継ぎ早に質問すれば、シオンはゼノの手を離すと、少し悩んだ素振りを見せたあとに口を開いた。


「……順を追って説明します」


 シオンが塔のへりに腕を置く。自分も倣ってシオンの横に並ぶ。ふたりで森の方角を眺める。


「まず、あの白い巨大生物ですが、先ほど話したように貴方の魔力暴走とともに消し飛びました」


「本当か? だってアレ、かなりやばそうだったけど……」


「そうですね。でも、貴方の魔法はアレを一撃で消せるほどの威力でした」


「一撃……」


 呟けば、シオンは頷いて淡々と話をつづけた。


「おそらくは魔力暴走の結果……。貴方は多分、異郷の血を引いているのでしょうね」


「異郷の血?」


「──フィーティア神話を覚えていますか?」


「ああ、うん……。竜が喧嘩してどうのってやつ」


「そうです。あれはただのおとぎ話じゃない。妖精が住まう常若の楽園。かつて、異郷とひとつだったこの世界には、彼らを祖先に持つ者たちが存在する。そうして稀にその血を色濃く受け継ぎ、生まれてくる者をこう呼んでいます」


 ──異郷返り、と。


 シオンがゼノの目をまっすぐ見て告げた。


「異郷返り……」


 聞いたことがある。

 フィーティア神話を広める、調停機関妖精の涙(フィーティア)

 そこでは異郷返りは異郷王の使いだとして、崇められているのだそうだ。


「異郷の血を引く者は、魔導品が無くても魔法を行使できる。力の強さには個人差がありますが、大抵は高い魔力を持っています。そして、彼らはときおり何かの拍子に力を暴走させてしまうことがある。その結果、最期は灰のように朽ちて死に至る。……それが魔力暴走です」


「ふーん……」


「……ふーんって、貴方はそれになったんです。へたをすれば死んでいたんですよ?」


 咎めるようにシオンの目が鋭くなる。


「そう言われても……いまいちピンと来ないし……。大体、この腕輪以外で魔法とか使ったこともないから、わかんないよ」 


「はあ……。つまり!」


 シオンは人差し指をぴしりと向けてきた。


「貴方には、とてもつよーい魔力が秘められている、ということです! だから今後は魔法の指導を受けてください」


「ええ⁉ 指導って……誰に?」


「そこはあとで私が適任者を探しておきます。それと、健康管理も怠らずに。高い魔力を持つ者は、それだけで体調を崩しやすいとも聞きますから、注意してください」


「う……わかった」


 ずいっと鼻先に指をあてられ、思わず後ずさる。


「それで……、結局アレは何だったんだ? 魔獣の一種か何かか?」


「さあ?」


 訊ねれば、シオンは壁のへりに寄り掛かり、再び遠くを眺めた。


「わかりません。父上もそんな巨大な生物は聞いたことがないと驚いていましたし、一応調査はしているみたいですけど、どうせすぐに打ち切ることになるでしょうね」


「なんで?」


「記録がないから。書庫で過去の出来事を漁ってみましたけど、どこにもそんな記載はありませんでした。正体不明。だから調べたところで、結果は見えています」


「なるほど……」


 溜息をつくシオンを横目に、ふと思い出す。

 確かシオンの母親が、アレは触れてはならないものだとか言っていなかったか?


「──なあ、お前の母親は? 何か言ってなかったのか?」


 その瞬間、シオンの表情が曇った。


「……?」


 ぎゅっと眉を寄せ、なんだろうと思っていると、シオンは辛そうに笑った。


「母上は、何かご存知のようでしたけど……今回の一件で心配をかけてしまったみたいで。そのことを聞こうにもそれどころではなくて……」


 段々小さくなる声と俯くシオン。その様子に察してしまった。


 ──容態がさらに悪くなった。


 そう、シオンは言いたいのだろう。

 病床の母親だ。息子が危ない目に遭ったと聞けば、心労が増すのも当然だ。自身の行動を悔いているのか、シオンは俯いたきり、口を閉ざしてしまった。


「………。あー……、あのさ。アウルは? いちおう目が覚めたし、報告がてら会いたいんだけど」


 ゼノは気まずくなり、話題を変えた。シオンが顔をあげる。


「彼ですか? 彼でしたら、軍の上層部へ抗議に行っていますよ」


「抗議? なんで?」


「ゼノが処刑されそうだから、ですかね」


「え……⁉」 


 何でもないように言って、シオンはくるりと身体の向きを変えた。そのまま壁に背を預けて、空を見上げた。


「今回の件。ゼノが魔法で森を焼き払ったとして、貴方の処刑話が出ています。アウル殿は彼らに無実を訴えに行っています」


「うそ……」


「本当です。森を燃やすは重罪。うちの国の法律です。当然、燃やした規模にもよりますが、ニアの森の大半が消し飛んだ。通例ならば極刑にあたり首切り台行きです」


「そ、それは……。確かに……そうかもしれないけど! でも──」


「言いたいことはわかります」


 叫ぶゼノの言葉を遮り、シオンは頷く。


「これは事故です。エドル殿も私も父上へそう伝えました。ただ、軍の……騎士学校が主張しているんです」


「主張?」


「学校側は貴方が勝手に結界水晶を動かし、魔獣に襲われ、仲間ごと森を焼き払ったと言っているんですよ」


「は?」


 意味がわからない。

 水晶を動かしたのは、同期の馬鹿たちだったはずだ。それがなぜ自分ということになっているのか。

 空いた口が塞がらないでいると、シオンが目を伏せた。


「……要するに責任逃れです。結界が壊れて魔獣被害が出たのも、多くの騎士見習いたちが死んだのも、本来であれば学校側の監督不行きが原因です。だけど、それを認めたら騎士学校を管轄している軍の面子に関わる。だから、初めから貴方が意図的に事件を起こしたと、父上に報告をあげたのですよ」


「…………」


「もちろん、あの人とてそれを信じているわけではありません。幸い、息子である私の言葉が正しいのだろうとも言ってくれました」


「だったら!」


「──でも。軍の機嫌を損ねることは父上もしたくはないのですよ。あの人は元々、軍部寄りの王ですから。彼らからの信望が厚いおかげで、父上の御代は長く続いている。なので、その期待を裏切るわけにはいかないのです」


「そんな……」


 あまりの衝撃に視界が揺れる。


 だって、おかしいじゃないか。

 訓練で森に行ったら魔獣が出てきて、やっと倒せたと思えば化物じみた生物に襲われて、わけのわからないうちに城のベッドで寝ていて。

 それが起きたら、処刑です? 


「ふざけるなよ……。そんな理不尽」


 腹が立つ。

 ぐっと指に力をこめる。冷たい石の感触が手に伝わってきた。


「…………すみません」


 悲しそうに俯いて、シオンがぽつりと声を落とした。


「私に軍への発言権があれば、貴方のことを擁護することもできたのですが……。成人前の子供の話など、まともに取り合ってはくれず。アウル殿が頑張ってくれてはいますが、決定が下されるのも時間の問題だと思います」


「いや、シオンのせいじゃない! 悪いのは水晶を動かしたあいつらだ!」


 慌てて首を横に振れば、シオンは苦笑した。


「ですが、死んだ人間には罪を着せられませんよ?」


「……わかってる。だから、もっと悪いのは腐った軍の連中だ!」


「ええ。もちろん。ですから──」


 そこで一度言葉を切ると、シオンはにこりと口に弧を描いた。

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