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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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74 正しい服の褒めかた

 そのあとは二時間程度、うとうと船を漕いでいるうちに、やっとミツバたちの着替えが終わったらしい。


 鮮やかな深紅のドレスを身に纏ったミツバが、椅子に腰かけるゼノの横に立った。


「準備できたわよ!」


(長いよ。二時間って……もっと早く着替えろよ)


 腰に両手をあてて、堂々と立つ彼女を見て思ったが、口に出したら面倒なことになりそうなので、ゼノは頷くだけにしておいた。


「じゃあ、行くか。リィグとグレンさんは?」


 椅子から立ち上がり、さっと首をめぐらせる。

 ふたりの姿は見えない。


 店内にいるのは開店準備を始めた店主と、それを手伝うティア。

 男の店員がひとり。

 それから何か言いたげな顔でこちらを見つめてくるミツバだけだ。


「何?」


「……なにって、そこは何かあるでしょ?」


「……? 何かって?」


 ゼノがよくわからないという態度で聞き返せば、ミツバは「嘘でしょ」と呟き、眉を八の字に変えた。

 いや、そんな顔をされても。


(感想でも言えってことかな……)


 そういえば昔、舞踏会に出るからと着飾ったミツバが、人の肩をがくがくと揺らして、よく感想を求めてきた。


 自分はパーティーには出ないから、褒めろと言われたところで困ってしまう。


 それを思い出して、口を開きかけた彼女を手で制し、ゼノはその姿をまじまじと見つめた。


 ワインのように深い赤のドレス。

 大きなリボンが腰で結ばれ、ばっくりと開いた胸元は、煽情的とも取れるが品が無い。

 ひらひらと揺れる長い裾は、うっかりかかとの高い靴で踏んでしまいそうだ。

 髪型は馬のしっぽ。

 騎士服を着用時のロイドのように高い位置で結われている。

 最後に化粧。

 よくわからない。以上。


(うーん……これをどう褒めろと?)


 とくべつ褒めるところがない。

 しかし、あえて何か言えというのなら——


「流石はティアの祖母ちゃんだな。いい布だと思う。色合いもいいし、光沢もあって、ひとめで物がいいってわかるよ」


「ありがとうございます!」


 売り物の服を棚に並べていたティアが大輪の花のような笑顔で振り返る。


 反対にミツバの肩がふるふると震えた。


「ちっがーう! なんでよっ、なんでそうなるのよ! どこをどう見たら、そんな感想が出てくるわけ? おまえ頭がおかしいんじゃないの⁉」


「は⁉ なんでだよ、ちゃんと褒めただろ?」


「どこがよっ! ぜんぜん褒めてないわよ!」


 きーきーと叫ぶ彼女に、内心「ええ……」と思いながら肩を揺さぶられる。


 がくがくと頭がもぎれそうな勢いだ。脳震盪が起こりそう。


 そろそろ離してほしいと思ったところに、うしろから声がかかった。


「そうだよ、マスター。言葉はちゃんと選ばないと」


「リィグ——って、え……」


「どう? 似合うかな?」


 ゼノの目の前でくるりとまわるリィグ。

 回転に合わせて長い金糸の髪が揺れ、ひらりと白いワンピースが翻る。

 極めつけに、ウィンクを飛ばしながら「僕、可愛いでしょ?」と言ってくる始末。

 可愛い? 

 こいつ、『可愛い』の意味を分かって言っているのか?


「気持ち悪いけど……」


「え! 嘘でしょ!」


「いや、ほんと……」

「ええ……マスター、大丈夫? 頭とか」


 おまえがな。

 心配そうに顔を覗きこんでくる馬鹿に、心の中で無視を決めこむと、ティアが懐から何かを取り出した。


 心なしか、目がぎらぎらとしている。


「ぜひ、これを!」


「これは?」


「小鳥の髪飾りです。きっとリィグさんに似合うと思って、家から持って来たんです。つけてみてください」


 そのまま彼女は早足でリィグに近づくと、頭に髪飾りを挿した。


「わっ! すごくかわいいです! よく似合ってます!」


「ほんとに? 可愛さ度アップした?」


「はいっ。天井を突きつけるくらいに!」


「だよねぇ。僕も結構いい線、いってると思うんだ」


「ええ、きっと道行く誰もが振り向くこと間違いなしですね」


 感慨深げに頷くティアと、鏡を覗きこむリィグ。

 可愛い角度がどうのこうのと盛り上がっているが、残念なことに、その探究は無意味だと言いたい。


「けっこう、うまく化けただろ?」


「うわっ! ──ってグレンさん⁉」


 ずっと姿が見えないなと思っていたら、いつのまにか自分のすぐ脇に立っていた。

 まったく気配がなくて驚いた。


「嬢ちゃんと金髪少年の化粧、俺が担当したんだぜ?」


「化粧……?」


 そういう彼の手には、絵筆だろうか? 

 太い筆が握られており、手の甲には朱色や桃色の粉が付着していた。


「そーそー、これグレンさんにやってもらったんだー。彼、器用だよね」


 リィグが再び片目をつむって、くるりと回った。

 気持ちが悪い。


「まーな。自慢じゃないが、老婆を少女に変えるくらい造作もないぜ」


「わっ、それはすごい特技だね」


(すごいというか……)


 無駄なスキルだな。

 それしか感想が浮かばなかった。


「よし、準備も終わったところだ。そろそろ行ってきな」


「はい。それじゃあ、今日は中央に──」


 と、言いかけてカランとベルが鳴り、店の扉が開いた。


「間にあったか」


「お、アルス」


 扉から入ってきたアルスにグレンが片手をあげる。


 アルスは店主とティアに挨拶をしてから、こちらにやってくると、グレンに紫色の小瓶を手渡した。


「俺は忙しい。忘れ物ならば自分で取りにこい」


「わりぃわりぃ。ありがとよ」


 苦言をこぼすアルスを躱し、グレンは小瓶の蓋を開けると、ミツバとリィグに霧状の何かを吹きかけた。


「きゃ! なによいきなり……って、香水……?」


「そーそー。イラノキの香水。いい香りだろ?」


「ほんとだ。すごく甘い香りがするね、僕好きかも」


「そうね。あたしも嫌いじゃないわ。あとで一本、よこしなさい」


「毎度あり。一本、一万ラビー、坊主に請求しとくわ」


「高いですってば……」


 ゼノが肩を落として呟けば、グレンは冗談だと笑った。

 それにしてもこの香り。


(なんか気持ち悪い……)


 ねっとりと甘く、絡みつくような花の香りだ。

 例えるなら味の濃い蜂蜜のような。

 少なくともオレは好きじゃないな、と漂う香りをゼノは手で振り払った。


「ほら、アルス。どうだ? このふたりは?」


「どうと聞かれてもな」


「なんだよ、そこは何かあるだろ? 綺麗だーとか、惚れちまうだろーとか。あ、それとも俺の化粧スキルを褒めてくれてもいいんだぜ?」


 グレンの問いを半分ほど無視して、アルスが仏頂面で答えた。


「……そうだな。似合っている」


「それだけ?」


 ミツバが不満そうに返す。

 しかしアルスは頷くと、静かに口を開いた。


「綺麗だの、美しいだのと言葉を並べたところで意味はない。必要なのは上辺の賛美ではなく、行動にある」


「行動?」


「気づかないか? そこの男を見ろ。さきほどからずっと君から目を離さないでいる」


 そう言って彼は、ゼノの後ろを指で示した。そこに居たのは慌てたようすで棚に服を並べる男の店員だった。ほんのりと頬を赤く染めて誤魔化すように手を動かしている。


「つまり言うまでもなく、君は魅力的ということだ」


「……っ!」


 ミツバが息を呑みこんだ。

 そして髪をさっと手でなびかせ、自慢げに胸をそらす。


「ふ、ふんっ! 当然ね。あたし綺麗だもの。つい目で追ってしまうのも仕方のないことだわ!」


(ええ……)


 口ではそういうが、その頬は朱に染まり、耳まで色づいている。


 普段は自分から美人などと言うくせに、いざ人から言われて恥ずかしいのか、照れているか。


 すこし上擦った声で言いのけた彼女をグレンが口元に手をあてて、くっくっと声を殺して笑っている。

 ティアは何とも言えない表情を浮かべている。

 ミツバに呆れているのだろう。


「マスターも、あれくらい言えないと駄目だよ」


 ゼノに余計なひとことを告げて、リィグがアルスの前に立つ。

 くるんと一回まわって、ぱちっと片目をつむる。


「ねぇ? じゃあ僕は?」


「……僕?」


 アルスが怪訝そうな顔をした。

 その様子に思う。

 もしかして、気づいていない?

 どうやらその予想は当たっていたようで、グレンが頭をかきながら言った。


「あー……、アルス。そいつリィグな」


 ぎょっと目を見開いた彼の表情を、ゼノは忘れない。

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