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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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71 5時半は眠い

 結局、そのあと港で聞き込みをするも、何も収穫がなかった。


 夕方になっても、例の髪切り犯が現れる様子はなく、ひとまず今日のところは解散にしようという話になった。


 ラパン商会までティアを送り届け、アルスとグレンに挨拶をして事務所を出た時だ。


「あら? 君たち今日もアルスのところに来てたんだ」


「モニカさん……だっけ?」


「そうよ。アルスいま、上にいる?」


「ええ、二階で仕事していましたよ」


「やだ、また仕事ー? そういうことなら夜ご飯に誘っちゃおうかしら。そしてそのあとはモニカの熱烈なご奉仕でー」


 怪しい笑みを浮かべて、モニカが何かを企む。


(この人、懲りないなぁ)


 彼女は確か、きのうアルスに言い寄っていた娘だった気がする。

 まったく相手にされることなく、丁重な断りをアルスが入れていた。


「あれ、モニカさん……またいらしてたんですか?」


 帰り支度を済ませたティアが店の一階まで降りてきた。

 そのうしろからグレンも顔をのぞかせた。


「なんだ、今日も来たのか。残念だがアルスは仕事だぜ? なんなら俺が一緒に行ってやろーか? もちろん、あんたの奢りだけどな」


「結構ですぅ。そりゃあグレンさんもカッコイイけど、モニカのタイプじゃないし。というか納品の件、はやくしてくれますか? アン叔母さんが怒ってましたよ」


「悪い悪い。イラノキの香水は販売中止になってな。しばらく卸す予定もねぇから、順番に顧客のとこ回って謝ってる最中なんだよ」


「ええー⁉ なんで? だってあれ、かなりの人気商品でしょ? 止めちゃうなんてもったいなーい!」

「色々あんだよ。人生ってのはままならんよなぁ」


 腕を組みながら、しみじみとグレンが頷く。


 絶対、相手にするのが面倒で適当に言っただろ。

 頬をぷくーっと膨らますモニカを見てゼノは思った。


 彼女は意気揚々とした顔で、店の中へ入っていった。

 それを横目で流し、グレンがゼノのほうへ身体を向ける。


「坊主たち、明日はどうすんだ?」


「明日……」


 まだ予定を決めていない。


 昨日今日は広場と港を巡ったから、あとは商都の中央区。

 行政機関がひしめく場所だが、イナキアに来た初日に通ったきり行っていなかった。


 王子が話していた換金所もそこにある。

 行ったところで楽しめそうな観光場所はないとはいえ、押さえておくべき地区でもあるのだ。


(……って、思いっきり観光になってるし!)


 ゼノは頭を振って、咳払いをした。


「商都の中央区に行こうと思います」


「あー、あの偉いさんたちが集まるとこか。見ても何も面白くねぇと思うけど、まあいいんじゃねぇの?」


「では、明日もわたしがご案内しましょうか?」


 ティアがおずおずと申し出てくれた。しかしグレンは首を横に振る。


「流石に明日は事務所に詰めてやってくれや。ティア、明後日休みだろ? 書類も溜まってるし、アルスが悲鳴あげてやがるから手を貸してやってほしい」


「会長がですか? それはまた珍しいですね」


「いやいや、いつもこうだぜ? ティアが休みんときは、書類がどこにあんのかわかんねぇとか言って、そのへんの棚とか漁ってるし、インクが切れたとかで俺をパシるしよ。あいつ、ティアがいないと結構ポンコツなところがあるからなぁ」


(意外だな……)


 この三日間で見てきたアルスといえば、一日中仕事をしている忙しい人という心象だが、ラパン商会の会長を務めるだけあって、隙がなく、冷静沈着といった雰囲気だ。


 そんな彼が、慌てながら書類をひっくり返す姿は想像できない。


 つまり、今の話には多少グレンのお世辞が入っているのだろう。


 城の上官たちが部下を上手く使いたい時にやる手法だ。


 とはいえ、ティアは嬉しそうに口をにやけさせた。


「わかりました。明日は事務所にいます。ゼノさん、すみませんが……」


「いいよ、本来はそっちが仕事だしな。オレたちはオレたちで何とかするし」


「いい返事だ。んで? なんか作戦は立てたのか?」


「特には……」


 そう返すと、グレンは「頼りねぇな」と笑った。


「じゃあ、ミツバ、リィグ。そろそろ宿に——」


「いいこと思いついたわ!」


(は……?)


 ミツバ偉そうに胸を張る。

 とつぜん人の言葉を遮って何かと思えば、「お洒落作戦で行きましょう」と言ってきた。


「おしゃ……お洒落作戦ってなに?」


「綺麗な恰好をして町を歩くのよ。それで犯人をおびき寄せて捕まえるの! いい作戦でしょ?」


 いいかと聞かれても。

 正直、穴のある作戦としか思えない。


 仮にその作戦を決行したところで犯人をうまく誘い込めるかといえば、かなり難しいだろう。

 なにせ犯人が自分たちを狙ってくれる可能性は限りなく低いのだから。

 とても首を縦に振れる内容では無かった。


 しかし、思いのほかグレンもリィグも賛同した。

 ティアに至っては「きっとドレスなんか似合いと思います」と、リィグを見て言った。

 そういう趣味でもあるのだろうか。


「いいな嬢ちゃん。なかなか賢い作戦じゃねぇか。俺、驚いたぜー」


「そう? これくらい当然よ。なんたってあたしは賢き美少女だもの」


(それ、褒めてないやつ)


 明らかに馬鹿にされているのだが、ミツバは気がつかない。


「じゃあ服を用意しないとだね。マスター、お金大丈夫?」


 リィグが子犬を抱えながら聞いてきた。


「それオレが払うのか?」


「だって僕お金持ってないし。ミツバちゃんも無いでしょ?」


「当然よ。全部使い切ったわ!」


「いや、堂々と言い張ることかよ……」


 これからの出費はどうするつもりなのか。

 イナキアに入国してまだ数日だというのに聞いて呆れる。

 軽く目眩がしてきたところで、肩を落としたモニカが店の中から出てきた。


「アルスに断られた」


 だろうな、とゼノは思った。

 とぼとぼと歩いてくるモニカを見て、グレンが何か思いついたような顔をした。


「お、ちょうどいいところに」


「なあに? 寂しいモニカと一緒にご飯してくれるんですか? グレンさんのおごりで」


「はいパス。それより、あんたのとこの叔母さんに頼み事があんだけど、仲介役頼めるか?」


「アン叔母さんに? いいですけど、面倒ごとはお受けしませんよ」


「わかってるよ」


 グレンはモニカに経緯を説明すると、アン叔母さんという人の店を貸してほしいと頼んだ。


 どうやらそのアン叔母さんとやらは服屋を営んでいるらしく、上流階級向けの服を多く取り揃えているそうだ。


 そこで彼は『髪切り犯をおびき寄せる』という点だけを省いて、彼女に協力を要請した。


 いつも態度こそ飄々とはしているが、渋るモニカをうまく説得し、衣装の貸付を約束させたのだから、その手腕は見事なものだ。


 結局、何を吹き込んだのかは知らないが、目をきらきらとさせたモニカが、「明日の六時にアン叔母さんのお店に集合ね」と告げて、夜道を歩いて行った。


(送らなくて大丈夫かな……)


 いくら祭りの最中とはいえ、女のひとり歩きは危ない。

 すこし様子を見ていると、彼女はすぐに雑踏の中へと消えた。


「ほい、そーゆうことだから、明日六時にアン叔母さんの店に集合な」


「すみません、アン叔母さんとか言われてもわからないんですけど」


「この近くにアンレディっていう服屋があるから、ちょっと早めにうちに来てくれれば、俺が案内してやるよ。つーわけで、ここに朝五時半に集合な。はい解散」


 グレンがぱんっと両手を叩く。


「「五時半⁉」」


 ゼノとミツバが叫んだ。遅れてリィグが「五時半かぁ」と呟いた。

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