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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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69 アルニカ港のおいしい食堂

 翌日。イナキア三日目の昼。

 ゼノたちはラパン商会に向かい、ティアと合流したのちアルニカ港に来ていた。

 ここは最初にこの町へ降り立った港だ。


 広々とした船着き場に、多くの倉庫が立ち並んでいる。

 ゼノはあたりを見渡しながら呟いた。


「はじめて来たときも思ったけど、かなり広い港だよなぁ。ここ」


 ディル港の数倍はありそうだ。


「こちらは元々、廃園になったオリーブ畑の上に建てられた港ですから、土地だけは広くて。倉庫と船着き場くらいしかないんですけどね」


「へー」


「あ! ねぇティア。あれが例の魚市場かしら?」


 ミツバが前方を指して言った。


「はい。あちらがこの商都アルニカが誇る魚市場、ピシューレ倉庫市場です」


 港の一角。そこにパトシナ式の神殿(教会のような造りの建物)がある。


 ティアに連れられ、倉庫の中へと入ると、高い天井に広大な平面が広がっていた。


 所狭しと床に置かれた沢山の木箱には、宝石のように色彩豊かな魚が入っている。


 はじめて見る景色に、ゼノを含め、ミツバもリィグも感嘆の声をもらした。


「ねぇ、みてみて! あの海老、すごく手が長いわ」


「ほんとだ。僕の腕くらいあるかなぁ」


「さすがにそれはないだろ」


 ミツバが目をきらきらさせて木箱を覗きこみ、リィグがその隣で買って帰ろうと言い出す。


 歩くたびに立ち止まって『珍しい』だの『食べたい』だのと騒ぐ。


 先ほどからずっとそんな調子だからか、ティアが苦笑しながら自分たちを見ている。


「お昼にしませんか? もう十二時もだいぶ過ぎちゃってますし、どこか料理屋さんにでも入りましょう」


「そうだな、どこかいい店ある? 昨日グレンさんが、いい飯屋がどうのって言ってたんだけど」


「はい。ここの奥に食堂がありますよ。この市場の魚を使ったお料理がメインで、商都でも人気のお店なんです」


「そっか。じゃあ、そこで」


「わかりました」


 笑顔で先をいくティアの背中を見る。すぐに人混みに紛れて見失いそうになる。


(人混み、やっぱすごいな)


 昨日の広場も人が多かったが、ここも十分に混んでいる。


 すれ違う商人たちとぶつからないよう、細心の注意を払って歩く。


 万が一ぶつかって彼らが運んでいる商品を駄目にしてしまったら、弁償だとか言われて高い値段をふっかけられそうだ。


 ゼノは嫌な想像に身震いしながら、うしろのふたりに声をかけた。


「ミツバ、リィグ。昼飯——って」


 顏くらいある大きなフライ。

 それをもぐもぐと口にするふたりがいる。


 ほかにもいくつかの揚げ物を、店の商人だろう男からすすめられているようだ。

 どうやら試食らしい。


 もはやそれが試食といっていい粋なのかは甚だ疑問だが、ゼノはとりあえずふたりの腕を掴んでティアのあとを追った。


 ◇ ◇ ◇


「もう、せっかく美味しいフライだったのに!」


「いいから料理を選べ」


 文句を言うミツバにメニュー表を渡す。

 食堂の中は思ったよりも綺麗だった。


 てっきり、木箱に長板を置いたような海の男たち向けの店だと思っていたから、ごく普通の、町中にあるような料理屋といった内装には驚いた。


 ステンドガラスの扉が美しい。


「僕、グラタンがいいなー」


 ゼノの真向いに座るリィグ。

 テーブルにあごを乗せて言った。

 だらけている。

 ここまで来るのに疲れたのか、リィグはそのままの姿勢で会話をつづけた。


「ミツバちゃんは何食べるの?」


「あたしはパエリア。ティアはどうする?」


「わたしはパスタを。ゼノさんは何になさいますか?」


「あー……そうだな……じゃあこのリゾットで」


「それだけ? せっかくだし、いくつか頼んでみんなで分けましょうよ」


「ならピザはどうですか? ここのシーフードピザは絶品なんですよ」


「いいね。僕、ピザ好きだよ」


「なら決まりね。ゼノ、注文しなさい」


「はいはい」


 正直に言うと食欲がない。

 人混みを歩くと、耳の中で音が反響して頭痛がするのだ。


 眉間を軽くつねってから、片手をあげ、店員を呼ぶ。


 わいわいと話に花を咲かせる三人をよそに、ゼノは料理の注文を済ませた。


 ぼんやりと頬杖をつく。

 雑談、といっても皆で勝手に盛り上がっているから、ゼノはひとり店内をぐるりと見渡した。


(あれ? あのビスケット……)


 魚型のクッキーだ。

 アルスが手にしていた菓子と同じもの。

 一袋で三十ラビー。


 土産用にもってこいの大きさだから、フィーにでも買っていってやったら喜ぶかもしれない。


 帰り際にひとつ購入しようと考えながら、ゼノはなんとなく口を開いた。


「なぁ、この店にはよくアルスさんも来るのか?」


「会長がですか?」


「うん。この前、あのクッキーを机の引き出しから出して食ってたから。よく買いにくるのかなって」


 昨日のことだ。

 ラパン商会の事務所でアルスが口にしていた。

 自身のデスクに閉まっているくらいなのだから、よほど気に入っている菓子なのだろう。


 そう思い、ティアに訊ねると彼女はすこしだけ表情を暗くしてから、いつもの笑顔を浮かべた。


「最近はそんなには。でも以前までは、よくお夕飯をとりにいらしていましたよ」


「夕飯を? ラパン商会からここまで? 遠くないか?」


「そうですね。歩いて一時間くらいなので、良い運動になると話されていました」


(運動って)


 馬車を使えばいいのに。てくてくとここまで歩くアルスを想像してしまった。


「ははーん、なるほどね」


 ミツバが隣でニヤリと笑った。


「ここでアルスの恋人が働いているのね!」


「……………なんで?」


 ずるりと肘がすべった。

 急になにを言い出すのかと思えば、目を輝かせてティアに詰め寄っている。


 がたっと椅子から立ち上がり、テーブルに両手をついて、興味深々といった様子だ。

 ティアが若干引いている。


「ええっと、恋人というわけでは……」


「じゃあ、想い人⁉」


「うーん……、どうなんでしょうね……?」


「ええい、はっきりしないわね!」


 ミツバがその場で足をだんだんと鳴らす。

 その勢いで人の足まで踏みつけてきた。

 彼女はばっと、手のひらを前に突き出すと、


「愛する人に会うため! こんな辺鄙なところに来る理由なんて、それしかないわ!」


 高らかに叫んだ。


「辺鄙って……、一応ここ港だから流通の要だと思うけど」


「細かいことはいいのよ」


「あっそう」


 腕を組んで息まくミツバではあるが、今ので完全にティアは引いてしまったようだ。

 彼女は「あはは……」と苦笑いを浮かべて、ゼノに視線を投げてきた。


 この人、どうにかしてください。


 そんな声が聞こえてくるような気がした。


「あれでしょ? グレンのお兄さんの妹さんが働いているからでしょ?」


「そうなのか?」


 問うと、リィグは退屈そうに「うん」と頷いて、グラスの氷を指でくるくる回し始めた。


「ここに来る前に話したときに言ってたよ。前に妹が勤めていた食堂があるから、行くならそこがおすすめだって」


「ああ、それで」


 だから昨日の夜、港にいい飯屋があると言っていたのか。

 彼との会話を思い出して、ゼノは納得した。


(それにしても……)


 こいつはいつのまにグレンと仲良くなっていたのか。


 たまに思うが、リィグの情報収集能力には舌をまく。


 気がついたら相手の懐に入っているところなんかは、密偵として働けば役に立ちそうだ。


「なんだ妹かぁ……。たしかクレハだっけ? さっきといい、ちょくちょくその名前聞くけれど、どういう子なの?」


 ミツバがつまらない、といった顔でティアに聞いた。

 ちなみに、彼女の言う『さっき』というのは、港近くの通りを歩いていた時のことだ。


 子犬を連れているゼノたちを見て、自警団の団員たちが声を飛ばしてきたのだ。

 例の、オレンジ色のスカーフを腕に巻いた人たちである。


 彼らは皆一様に、子犬へ向かって「クレハとはぐれたのか?」と声をかけて、すれ違っていった。

 それが数度あった。

 おかげでミツバも名前を覚えたというわけだ。


「可愛らしい方ですよ。この町の自警団に所属していて、なによりアウロラ商会のご令嬢ですから、顔見知りのかたも多いと思います」


「あー、いわゆる人気者って奴ね。そういう子、あたし嫌いだわ」


「はっきり言うね、ミツバちゃんも」


「だってそういう子って気に食わないじゃない。大抵は良い子ちゃんぶって、底が知れないっていうか。絶対に仲良くなれないタイプだわ」


「そんな……。明るくて面白い方ですよ。うちの事務所にもよくいらっしゃいますが、お茶を運ぼうとして、うっかり転んで会長の頭にカップを乗せちゃったり、野良猫さんに書類を奪われたり。とってもお茶目な人なんです」


「それは……お茶目で通るレベルなのか?」


 ゼノが突っ込むと、ティアがくすくすと笑う。


「彼女のことは前のお店のときから知っていますが、優しい子です。きっとミツバさんもお会いしたら仲良くなれると思いますよ」


「ふーん、そう」


 自分で聞いておいて、ミツバは退屈そうにずるりと椅子へ背を預けた。

 するとちょうどそこに出来立ての料理が運ばれてくる


 魚介を使ったリゾットやら、グラタンやら。


 ふわりと漂う海の香りと、色鮮やかな野菜が食欲をそそる。


「あ、その海老、もーらい!」


「ミツバ、人のものを勝手に取るな。それからリィグも、その手は何だ」


「ばれちゃった」


 フォークを逆手に持って、人の海老を狙う馬鹿どもに心の底から息を吐くと、ティアがくすりと笑った。


 そのあとは各々料理を満喫し、食堂を出る。

 魚市場の入り口まで移動すると、ティアが首をかしげた。


「このあとはどうしますか?」


「ひとまず聞き込みでもするかな。昨日の件で手がかりも消えたし、犯人の目撃情報でも探してみようと思う」


「それでしたら、二手に分かれましょうか。そのほうが情報も早く集まると思います」


「だな。じゃあ、リィグお前はオレについてこい」


「ええー、僕、ミツバちゃんかティアちゃんとがいいー」


「駄目。絶対に。とくにティアとは一緒に行かせない。そういうわけで、そっちはふたりで頼んだ」


「いいけど、真面目にやりなさいよ? ナンパとかしていたらぶっ飛ばすから」


「なんでそうなるんだよ。リィグじゃあるまいし」


「僕もそんな軽薄なことはしないよ」


「「どの口が」」


 ミツバとゼノの声が重なった。

 こうみえて、こいつは昨日も今日も気がつくと街中で女から菓子をもらっている。


 本人曰く『ユーハルドのみんなも優しいけど、イナキアのお姉さんたちはお財布が緩いよね』と、大層失礼な発言をしていた。


「それじゃあ、さっそく分かれて——」


 そう言いかけたところで、急に子犬が駆け出した。


「わんっ!」


 そのまま、たたーっと港の奥へと消えていく。

 かなり早い。

 わずか数秒で、もう豆粒くらいの大きさにしかみえなくなった。


「あー、どうしよ。もう見えないや。どうする? 探しにいく?」


「ええー? ほっときなさいよ。どうせ適当に走り回ったら戻ってくるでしょ」


「でもここ港だよ? 海に落ちたら大変じゃない?」


「大変もなにも犬だもの。泳げるわよ」


「あ、そっか。たしかに」


(その根拠はいったい……)


 ミツバの言葉に、リィグがぽんっと手を叩く。

 しかし犬だからといって泳げるとは限らないだろう。


 ゼノは念のため、三人にはここで情報の聞き込みをしてもらい、自分は子犬を探しにいくことにした。


「いいよ。オレが見てくるから。聞き込み、頼んだ」


「海に落ちないように気をつけてね? マスター、けっこう抜けてるからさ」


「誰が落ちるか、ばか。くだらないこと言ってないでさっさと動け」


 ひらひらと手を振りながら、余計なことをいうリィグを背にして、ゼノは子犬を追いかけた。

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