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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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67 月下の事件(一回目)

 夕方になって陽が落ちた。

 薄暗くなった道を、ゼノはリィグと子犬と静かに歩く。

 細い通りの先。

 例のラナという女性のあとをつけていた。


「ねぇなんかこれって、すとーきんぐ? っていうの? それみたいだよねー」


「言うな。悪いことしてる気分になるだろ……」


「わんっ!」


「シュバルツァー、しっ!」


 愛らしく吠える子犬を小声でたしなめ彼女のあとを追っていく。


 仕事終え、帰路につく彼女はいくつかの店に立ち寄っている。

 パンとりんご。

 それから酒瓶。

 紙袋を腕に抱えて歩いている様子からはとてもこれからことを構えるようには見えない。


 しばらく彼女に見つからないよう窺っていると、ゆるやかな上り坂にさしかかった。


「あ!」


 リィグが声をあげる。

 坂の手前で、とつぜんラナが走り出したのだ。


「追うぞ!」


「きゃんっ」


 先行する子犬。

 そのあとを追うように走る。

 途中でラナが左の小道にそれた。

 住宅街。

 立ち並ぶ石造りの家々を抜け、階段を駆けあげる。


 ところどころ欠けた石段はひどく走りにくく、今更ながらミツバを戻したのは正解だったなと思う。


(まあ、勝手に帰ったんだけど)


 坂を駆けのぼること数分、突如ぞくりとした感覚に襲われた。

 きのう路地裏で感じた嫌な気配と同じ。

 胸を押さえて足を動かし、やっとの想いで辿り着いた先は古びた路地だった。


「────っ」


 美しい星空の下、道の中央に短い髪の女が立っている。


 石畳にはパンとりんごと割れた酒瓶が転がり、感情の見えない瞳で佇む彼女は、いましがた自分たちが尾行していたラナその人だった──


 ◇ ◇ ◇ 


「話は理解した。報告、ご苦労だった」


 あれからゼノ(と子犬)は、すぐにアルスのもとへ向かった。

 事件が起こったことと、犯人の人物像を伝えるために。


 ちなみにリィグにはラナを家まで送るよう指示した。

 くれぐれも、家にはあがるなよと念を押して。


「そんで? その狙われた姉ちゃんはどうした?」


「リィグに送らせました。なんでも家がすぐ近くだそうで、そのまま」


「そっか。だけどやっぱり髪切られちまったか。いちおう忠告したんだけどなぁ」


 グレンの言い方に、そういえば彼があのスカルとかいう店長と釣り友だという話を思い出す。


 きっとグレンなりに心配していたのだろう。


 ここはラナの髪が無事だったことを伝えたほうがいいか。


 ゼノは先の現場でのことを補足するように伝えた。


「そのことですが……」


 ◆ ◆ ◆


 時は遡ること数時間前。


「なっ……」


 ラナを追いかけ、坂を上ると、そこにいたのは髪を短く切られたラナの姿だった。


「きゃんっ!」


「あ、おいシュバルツァー!」


 路地裏のさらに奥。

 長い茶髪を翻しながら、走り去る誰かの姿があった。

 すぐに子犬が飛び出し、その背を追いかける。


 ゼノもすぐに駆けだそうとしたが、いまは彼女のことが気がかりだ。


 犯人らしき人物のことはいったん脇に置き、棒立ちする彼女に歩み寄った。


「あの……大丈夫ですか?」


 声をかけると、彼女は目をしばたたかせてゼノたちを見た。


(ひどい……)


 肩の上で散切りにされ、地面にわずかばかり散らばる髪の糸。


 おそらく毛の大半は犯人が持ち去っていったのだろう。


 長さもばらばらで、これでは元の長さに戻るまで年単位を要する。


 そんな痛々しい光景にゼノは眉をひそめた。


 しかし、彼女自身はさほど悲しんでいる様子は無く、静かに自分の髪を引っ張った。


「問題ありません」


 ずるりと、落ちる栗毛の髪。

 その下からパサリと長い銀髪が現れた。

 ゼノとリィグが驚いて叫ぶ。


「うわっ! ……って、あれ? 銀髪?」


「あ、もしかしてお姉さんのそれ、カツラってやつ?」


「ウィッグです。最近、商都で流行っている品でございます。簡単にイメチェンが出来ると皆様から大好評でして」


「そ、そうですか……」


 淡々と答えながら、ラナが地面に転がるりんごを拾いあげる。


 リィグも手伝い、落ちたパンの埃をはらって彼女に手渡す。

 そのあいだ、ゼノは彼女を見て思った。


(綺麗なひとだな)


 こんなときに場違いな感想だが、ラナの姿を見たのはあくまで遠巻きからだった。


 近くで見ると端正な顔立ちをしている。

 鼻筋の通った小鼻に、静かな空色の瞳。

 服装こそ軽装だが、その下には大人の色気を感じさせるものがある。


 ただ、正直にいうと、その赤いジャケットはあまり彼女には合っていないような気がした。


 もっとこう、落ちついた色が似合いそうなのに……。


 そんなことを考えていると、子犬が『くぅん』と鳴いて戻ってきた。

 心なしか元気がなく、しょぼくれたようすだ。


「どうした? シュバルツァーって、足……」


 怪我をしている。左の前足部分。

 そこに切り傷が出来ていることから、犯人に斬られたのかもしれない。

 幸い深い傷ではないけれど、あとで手当てをしてあげよう。


「ところでお姉さんはなんでウィッグ……だっけ? それ、被ってたの?」


 リィグがウィッグをしげしげと観察する。


「なぜも何もお客様におすすめする以上、自身の頭髪で試すことが最も重要かと」


 まさに美容師の鏡。

 模範的な回答だった。


「ところで、あなた方もわたくしのことをつけていらっしゃったのでしょうか?」


「……すみません。──って、『も』?」


「ええ。誰かの気配を感じたため、家まで急いだのですが結局切られてしまいました」


 ラナがウィッグに指を滑らせる。

 名残惜しそうな表情だ。


「ねぇ、犯人の姿って見た?」


「リィグ、そんないきなり」


「構いませんよ」


 不躾なリィグの質問にも、特に嫌な顔をせず彼女は答えてくれた。


「階段をのぼった先で突然霧に包まれ、気がついたら背後を取られておりました。抵抗したところ、黒い鞭のようなもので身体を拘束され、そのまま頭髪を狩られました。去りゆく犯人は見ましたが、栗毛の長い髪に、顔は仮面をつけていらっしゃいました」


「仮面?」


「ええ。カボチャの仮面でした」


 変なところで祭りの要素が出てきた。

 愉快犯か何かだろうか?


「黒い鞭っていうのは……?」


「おそらく魔法の類かと」


 ゼノの問いかけに頷くと、彼女は自身の腰を指差した。


 見れば、まるで服の上を何かが這ったかのように、そこだけ濃い色に変わっている。


 まさに絡め取られた箇所。奇妙な跡がついていた。


「濡れてる……?」


「ええ。おそらく水の魔法でしょう。凶器こそハサミでしたが、ほとんど魔法に頼った側面が見受けられました。切られた髪も、その鞭のようなもので回収しておりましたから」


「鞭……自在に操れる水魔法……。それだと魔導品の類じゃないな。つまり犯人は魔導師、あるいはそれに準じる一般人。しかもかなり細かい芸当が得意な奴ってことか」


「え? 細かい? それくらいなら誰にでも出来ると思うけど。マスターが魔法のコントロールが下手なだけでしょ?」


「──ごほん。つまり犯人は、変な仮面をつけた茶髪の女。アルスさんの言う通り、魔法絡みだったな」

「そうだね」


 しかしそうなると、犯人は理髪師でなおかつ魔法に長けた者。


 普通に考えれば、緻密な魔法が使える時点で魔導師としての職に就いたほうが儲かると思うが。


 ゼノはそんな疑問を頭の片隅に思い浮かべながら、潰えた犯人の情報に「うーん」と首をひねった。


「困ったな……。振り出しに戻った」


「じゃあ、他のお店は? お姉さんは何か知らない?」


「何か、ですか」


「うん。噂とか何でも。同業者を売る感じで心苦しいかもしれないけど」


「いえ。ライバル店がひとつ減ると思えば、そのようなことは全く」


 首を横に振り、ラナは気にしないといった様子で数歩歩くと、地面から何かを拾いあげた。


「そうでございますね」


 ひとつ間を置いてから振り返り、拾ったものを渡してきた。


「髪切り事件だからといって、犯人が髪を切る職業とは限らないかと」

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