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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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66 奇抜な理髪店

「あれが例の理髪店か」


「サロンだよ、サロン」


「一緒だろ?」


「まぁね。それにしてもずいぶんと派手なお店だね。あのドクロとかさ。僕、ちょっと怖いかも」


「ええ、ほんと。趣味が悪いわ……」


「いや、今度の祭りに合わせた装飾なんだろ。流石に普段からあれだったら客が入らないって」


「いえ、いつもあんな感じですよ」


「「「うそ……」」」


 三人の声が重なる。

 ティア以外の全員が、ぽかんと口を開けて店を見つめた。


 髑髏(どくろ)、鎌、血しぶき。

 物々しい外観に、これが本当に理髪店かとゼノは目を疑った。

 ちなみに店名は『サロン・ド・スカル』である。


「どうします? 中に入りますか?」


「いや、ここで様子を見よう。下手に動いて、ターゲットに逃げられても困るし」


「ですね」


 ゼノとティアは理髪店が見える位置に身をひそめた。

 ここは店の真向い。

 正確には、通りを挟んだ斜向かいの物陰から店の中を窺う。

 外観とは裏腹に、店内は可愛らしい内装だ。

 ガラス窓の奥には花柄の壁紙が見える。


「ラナさんって人、出てこないな……」


「ねぇ、服が汚れるわ。はやくここを出ましょうよ」 


「──出てきた」


 後ろでぐちぐちとうるさいミツバを無視して、店から出てきた女に目を凝らす。


(あの人か……)


 腰まで伸びた茶髪。

 赤いジャケット。

 そしてロングパンツ。


 すらっとしていて、それでいて大人の魅力をあわせもった、たおやかな女性だ。

 確か名前はラナだったか。

 先刻聞いた自警団からの情報によると、この店で働く理髪師に疑いありとの話だった。


「あの綺麗なひとが犯人なの?」


 リィグが退屈そうに聞いてきた。

 子犬と戯れながら、興味がないといった様子で、土に片膝をつけている。


「たぶんな。といっても、さっきの人からの情報だけど」


 ゼノの言葉にティアがメモを取り出す。


「確か自警団の情報では、犯人は長い栗毛髪の女性、というお話でしたよね。それで、あちらに勤める理髪師さんが怪しいと」


「そう。ラナ・バトニーっていう女の人」


 ゼノが頷くと、リィグが「うーん」と唸った。


「髪切り犯だから理髪師? なんか安直な推理だよねぇ」


「それはオレも思うけど……ハサミを使い慣れた職業っていうと理髪師くらいだろ? それに自警団の人が言うには目撃された犯人像にあのひとがよく似てるって話だし」


「そうですね。すらりとした細身の女性だと言っていました」


「そうそう」


 ティアの言葉に相槌を打つ。

 そこにミツバが加わった。


「でも犯人の姿って、見えないって話だったわよね?  それがどうして急にそんな話が出てきたのかしら?」


「最近になって、ようやく目撃されたから。さっき自警団の人が言ってただろ」


「そうだけど。だったら何でアルスタンの奴は先に教えてくれないのよ」


「さあな。情報の回りが遅いんだろ、多分」


「無能な男ね。あいつも」


(ひどい……)


 手厳しい意見だった。

 今頃アルスはくしゃみをしているかもしれない。


「ここからどうするか……」


 犯人らしき人物の確認は取れた。

 だが、いきなり近づいて「貴女が犯人ですか?」とは聞けないし、聞けば間違いなく頭がおかしい奴だと思われるだろう。


 それにもし、彼女が犯人なら、そのまま逃走しかねない。

 ここからどう切り出すかと頭を悩めていると、ゼノの横でティアが立ち上がった。


「わたしが彼女に探りを入れてきます」


「ティアが? いーけど、どうやって?」


「世間話をする感じでさりげなく。あちらのお店はうちのお得意様でもありますし、彼女とも何度か話したことがあります。最近卸し始めた商品の感想も聞きたいですし、ここはお任せください」


 ぐっと両手を握るティア。

 やる気に満ちた表情には頼もしさを感じる。

 ゼノはリィグに彼女へついていくよう指示し、ミツバとここで待機することにした。


 眺めること数分。

 会話は聞こえないが、ティアが朗らかに笑い、リィグが場を盛り上げる。

 そんな感じでうまく情報を引き出せていそうな雰囲気だった。


「ねぇ、暇なんですけど」


 壁に背を預けたミツバが不満を吐く。

 無視して、子犬とともにティアたちのようすを窺っていると、急に低い声が飛んできた。


「──おい」


「……?」


 振り返ると、ひどく不機嫌そうな面の男が立っていた。


「てめーら。人の店のぞいて何してんだよ?」


「や、ええっと……」


 怖い。ゼノは思わず口ごもった。

 男の表情がさらに険しくなる。

 これ、なんて答えたら……?

 あまりの迫力に悩んでいると、男のうしろから見知った顔がひょっこり現れた。


「あれ? あなた、さっきアルスのところにいた……。それにティアもいるじゃない」


「あ、アルスさんに言い寄ってた女」


「ええー? ひどーい。言い寄ってたんじゃなくて口説いてたの。そんな言い方するなんて、モニカ怒っちゃうぞ」


 鼻先を指で小突かれた。

 とても個性的な人である。


「店長ー。この子たちアルスの知り合い? ですよー。だからそんなに睨んじゃ可哀想ですってば」


「え! 店長⁉」


 この髑髏男が?


「そうよ。ちょーっと見た目は怖いけど、うちのサロンの店長してる人。名前はスカルさん。それからモニカは下っ端理髪師兼、未来のアルスのお嫁さん。よろしくね!」


「は、はぁ……」


 明るいモニカの自己紹介と、刺すようなスカルの視線。

 ゼノは彼をちらりと見た。


 銀色混じりのうねった黒髪から覗くひどいクマ。

 半袖のTシャツ。

 布地が破れたズボンを着こなす彼は、かなりの髑髏好きらしい。

 両耳の髑髏、首元にも髑髏。

 当然Tシャツの柄も髑髏だ。

 ひとめ見たら絶対に忘れることのできない衝撃的な出で立ちだった。


(ひとり仮装かな……)


 あまり見ては失礼だろうから、ゼノはそっと視線を外した。


 スカルはじろりと値踏みするようにこちらを見ると、何かに気づいたようだ。

 ゼノの足元で目を止めると、ぱっと表情を変えた。


「お、わんこじゃねぇか」


「きゃんっ」


「おう。今日も元気だなァ。あとで飯やるよ」


 子犬に向かって楽しげに語らうと、男はゼノたちに視線を戻した。


「てめーら、あれか、グレンの紹介だろ」


「……へ? グレンさん? 知ってるんですか?」


「あ? 知ってるもなにも、アイツとは釣り友だっつーの」


 スカルがシュバルツァーの頭に手をおく。

 子犬が嬉しそうに尻尾を振った。


(釣り友……)


 そういえば港でグレンと会った時、彼は釣り具を持っていた。


 きっと彼の趣味なのだろうが、残念なことに、目の前の人物が釣りをするようには見えない。


 なんというかこう、広場で騒音を奏でながら歌い出しそうな雰囲気だ。


「いいぜ、店に入りな。好きな髪型にしてやるよ」


 にやりと怖い笑みを向けられ、遠慮したいと思いつつも、ゼノはラナという女性について聞いてみた。


「髪はその、遠慮しておきます。それよりもあのラナさんって人のことなんですが……」


「ラナ? うちの従業員がどーしたよ」


「髪切り事件の犯人だって聞いたのだけれど、本当かしら?」


 ミツバが腕を組んで、ずばっと言い放った。


(直球、過ぎるだろっ)


 もう少し、言葉を選んで頂けないものだろうか。

 ゼノは恐る恐る男を見る。

 しかし彼は特別怒る様子もなく、近くの木箱に腰かけた。

 服からたばこを取り出して火をつけると、モニカに視線を投げた。


「モニカ。お前、先に店行ってろ。このあと来る客は任せた。それとサービスの髪油、渡すの忘れんなよ」


「はいはーい」


 モニカが店に戻るのを見届けて、スカルはこちらに身体を向けた。


「んで? それ聞いて、てめぇらはどうするつもりだ?」


「決まっているじゃない、あの女が犯人なら捕まえるのよ。それでアルスから言われた依頼が達成できる。さっさと解決して、あたしたちは観光したいのよ」


「あ? 観光?」


「そうよ。あたしはイナキアのスイーツを制覇するつもりで来たんだから」


 それは初耳だった。案の定、スカルが鬱陶しげに煙を吐いた。


「はぁ……、きのうグレンがうちに来たけどよ。活きのいいのがそっちに行くっつうから何かと思えば、こんな生意気なクソガキよこすとか、いい迷惑だぜ」


 今度はとんとんと煙草の灰を落とす。

 くゆる煙を手で払い、ミツバが彼を睨む。


「クソガキですって? 美少女に向かって、なによその言い草は」


「あん? 美少女? この嬢ちゃん、頭、大丈夫か?」


 スカルが馬鹿を見るような目を向けてきた。


「……ミツバ、シュバルツァーと遊んでろ」


「あ、ちょっと!」


「いいから。向こう行ってろ、話が進まないから」


 ミツバの背中をぐいっと壁に押しやり、ゼノはスカルに経緯を説明した。


「オレたちはラパン商会から髪切り事件の犯人を捕まるよう依頼を受けていて、情報を集めていたんです。そしたら自警団の人から、こちらに勤めているラナ・バトニーという女性が犯人っぽいって聞いたので様子を見に来ました」


「ふーん。他は?」


「他……?」


 ゼノが聞き返すと、スカルは面倒そうな表情で頭を掻いた。


「坊主。なんも聞いてねーのな」


「……?」


 それだけぽつりと零すと、スカルは再び煙草に口をつけた。


「いいか? てめーらが聞いた情報はガセだ、ガセ。勝手に自警団の連中が言ってやがる話でよ。つまりラナは犯人じゃねぇし、こうして来られたところで何の意味もねぇ。邪魔だから、とっと帰れや」


「えっと。つまり犯人は別にいると?」


「たりっめーよ。だからグレンも、あのいかすかねぇアルスの奴もテメェらに依頼したんだろ? 自警団れんちゅうじゃあ、役に立たねぇから」


 ほれっと言って、店長はあごでしゃくるように少し遠くの路地を示した。


「オレンジの腕章……」


 自警団らしき男がふたり、建物の隙間からこちらを窺っている。


 パンと飲み物を片手に、いかにも張り込んでいますといった雰囲気だ。


 スカルは彼らに冷めた視線を送ると、煙草を靴の底に押し当てた。


「うちの店が怪しいってんで、毎日交代で張ってやがるんだよ。……ったく、自警団様つーのは暇な連中ばかりなのか?」


 そのまま木箱から立ち上がり、ポケットに両手をつっこみ、猫背で歩く。


「──あと四人。それまで事件は続く。もしラナが犯人なら勝手に捕えりゃあいいし、何の動きがなけりゃあ、白つーことだ。じゃあな」


「待ってください! あと四人って⁉」


「そいつは自分で考えな」


 それだけ言って彼はこの場を離れた。

 店先で談笑する三人に声をかけ、店のなかへラナをさがらせると、ばたりと勢いよく扉が閉まった。

 リィグとティアがこちらに戻ってくる。


「どうだった? 何か情報は聞けたか?」


「ううん、全然。彼女の好きなお菓子なら聞けたけど、事件のことは全くだね」


「使えないわね」


「ごめんねー、ミツバちゃん」


「すみません……。わたしも意気込んでおいてお役に立てず……」


「いや、大丈夫。ふたりともよくやってくれた。それよりこの後どうするかだけど……」


「まあ、彼女の仕事が終わるまで、ここで見ているしかないんじゃない?」


「そうだな。そうするか」


 リィグの提案に頷き、夕方まで時間を潰すかと空を仰ぐと、ミツバがごね始めた。


「えー、じゃああたし先に帰っていいかしら? もう疲れたわ」


「はぁ……。いいけど帰るならティアをラパン商会まで送っててもらえるか?」


「嫌よ。宿から離れているもの」


「そんなの大した距離でもないだろ? ティアも、今日は案内ありがとう。あとは仕事に戻ってくれて構わないから解散ってことで」


「あ、はい。わかりました。おふたりがこちらに残ること、会長たちにお伝えしておきますね」


「うん。頼んだ」


 去っていくミツバとティアの背を見届け、ゼノはあっと思い出す。

 足元で尾を振る子犬。

 こいつもふたりに預ければよかった。


 まあ、邪魔にはならないだろうし、暇をするリィグの遊び相手にもなっていることだから、別に構わないが。


 ひとまずここは、ラナという女性は仕事を終わるまで待っていよう。

 ゼノはリィグと子犬と共にその場で待機することにした。

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