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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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65 そろそろ収穫祭(ハロウィン)

「あちらの大きな建物が商候会の議事堂で、向こうの神殿がフィーティアのアルニカ支部です」


「へぇ。あれは? あの丸い屋根の大きな建物はなにかしら?」


「あちらは競り会場です。毎月、遺跡から発掘された魔導品が出店されるので、好事家のかたたちが他国からもいらっしゃるんですよ」


「ふーん。じゃあ、この変な銅像は? なんか薔薇をくわえてて……キモ……」


「あはは。それは伝説の商人アルスタンの銅像ですよ。古くからこの地に伝わる商人の王──商王しょうおうと呼ばれ、一代で莫大な財を築き上げ、このアルニカの元となった町を作った御方です。みんなに幸せを運ぶ『赤服のアルスタン』とも言われていますよ」


「アルスタン? あのお兄さんと同じ名前だね」


(……はしゃぎすぎでは?)


 目の前で三人が楽しそうに話している。

 それはいい。

 問題はその恰好だ。


 ミツバの手にはクレープと串焼き肉が握られている。

 ティアはうさぎのかたちを模したアイス。

 リィグに至っては、バケツ大の箱に入ったポップコーンを頬張りながら歩いている。

 ちなみにパンプキンキャラメル味。

 全員うかれている。


(まぁ、オレもひとのことはいえないけどさ……)


 そこの露店で買ったワッフル(マロン味)をかじり、ゼノはあたりを見渡した。


 いまいるここは商王広場といって、さきほどミツバがキモいと評していた通り、薔薇を口にくわえた商王と呼ばれる男の銅像が立っている広場だ。


 明後日の方向に、ぴしりと人差し指を向けた謎のポーズ。


 きっとこの銅像のモデルになった奴はとんでもない馬鹿に違いない。

 白い鳩が自分の前を横切った。


「ずいぶん人が多いのな。やっぱり、観光名所だから?」


「そうですね。それもありますけど、もうすぐお祭りなので、いつもよりも賑わっているんですよ」


「ああ、そっか。収穫祭、明後日だっけ」


「はい」


 収穫祭。

 秋の恵みに感謝を捧げる祭りであり、町のあちこちにカボチャのランタンが飾られる。


 子供たちが仮装し、家々をまわる慣習は、祭りの象徴ともいえる光景だ。

 おかげで、毎年お菓子屋さんが悲鳴をあげる日でもある。


「うちでも毎年やるけど、ここまで大きな祭りは初めて見たな」


「そうなんですか?」


「うん。すこし豪華な食事をするくらいかな。むかしは仮装したり、偉い人が火を灯しながら各家に回ったって聞いたけど、いまはせいぜい子供に菓子をやる行事って感じだな」


「そうね。あたしもよくお姫様の仮装をして、城の皆に菓子をねだったものだわ」


 ミツバがちょっと得意げに口を挟む。

 お姫様の仮装もなにも元から姫だが。

 それは突っ込み待ちなんだろうか?


「それでしたら、お祭りの当日は仮装パレードなんかもありますよ。その恰好のまま、お店でお買い物すると、お菓子が貰えるんです」


「へー、それはいいね。色んなお店に行っちゃうね」


 リィグがゼノを見て話す。

 残念だが、色んなお店に行く予定はないし、そんな金もない。

 期待がこもる眼差しをさっと受け流して、ゼノは手元のワッフルをかじった。


「で? 広場に来たのはいいけれど、どうするのよ? まさかキモイ銅像みて、クレープ食べてそれで終わり?」


「んなわけないだろ」


「じゃあ、何をするのよ」


「なにって言われてもな……」


 情報集めといっても、誰も犯人の姿を見ていないのだ。

 ここで聞き回ったところで、アルスから聞いた話と同じような話題しか出てこないだろう。


 若干苛つき始めたミツバを横目にゼノは広場を歩いた。

 すると、小さな泣き声が耳を掠めた。


「……っ、ひっく」


(迷子か……?)


 四、五歳くらいの男の子だ。

 両手で目を擦りながら、広場の端でうずくまっている。

 どうやら転んだらしい。

 ズボンがすり切れて、じんわりと膝に血が滲んでいる。


 近くに親がいないのか、ときおりきょろきょろとあたりを見ては、声を殺して泣いていた。


「もしかして迷子でしょうか」


「多分」 


 心配そうに呟くティアに頷き返して、ゼノは子供のもとへ走った。


(なんで誰も声をかけないんだろ)


 広場には大勢の人がいる。

 遠巻きに見るだけで、素通りしていく奴らにゼノは腹が立った。


「大丈夫か?」


 子供の側にしゃがみこむと、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「うわぁ、痛そうな足……。大丈夫? これあげるから元気だして」


 リィグが子供にポップコーンを渡した。その隣で、ミツバがぐるりと周囲を確認する。


「あたし、近くに親がいないか探してくるわ!」


「わかった。リィグ、お前も一緒に行ってこい」


「おっけー」


 ふたりがばたばたと駆けていく。


「ゼノさん、あちらに水場があります!」


「うん」


 ゼノとティアは子供を連れて近くの水場まで移動し、傷の手当てをしてあげた。


 幸い、大した怪我ではないようだから、手持ちの塗り薬で何とかなった。


 子供はリィグにもらったポップコーンを食べている。


 痛みに耐えた姿に「偉いぞ」と頭を撫でてやると、子供はにぱっと笑った。


「わたしはこの子のズボン、縫っちゃいますね」


「うん。悪いね」


 ティアは上着のポケットから裁縫セットを取り出すと、子供の前に座った。


「できました!」


「はやっ!」


 一瞬だった。傷の手当てを終えて、ズボンの裾を下げた、その瞬間。

 子供の膝に可愛らしいうさぎが現れた。

 ぺろりと舌を出した、白いうさぎのワッペン。

 男の子にその柄は……と思うが、子供は嬉しそうに膝を覗き込んだ。


「なんという神業……」


「そんなことはありませんが……でも、ちょっとした特技です!」


 えへへ、と照れたようにティアがはにかむ。

 その後方から片手をあげて、リィグが走ってくるのが見えた。


「いたよ! お母さん、つれてきた」


「お、思ったより早かったな」


「うん。向こうも探してたみたい。いまミツバちゃんが連れてくるよ」


 そういってすぐにミツバと母親らしき女性が走ってきた。

 うしろにもうひとりの男がいるが、父親だろうか?

 こちらに駆けよってくると、男は人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「良かった。お子さんが見つかって」


「ありがとうございます。ありがとうございます。まったくもう、だからあれほど言ったのに。本当にこの子がご迷惑を……。それに怪我の手当までしていただいて、本当にありがとうございます」


「ああ、いいえ」


 しきりに頭をさげる母親に「見つかって良かったです」と返せば、母親は子供をつれて去っていった。

 リィグが子供に手を振っている。


「ご協力感謝します」


 男がぴしりと敬礼する。

 がっしりとした体躯の男だ。

 さっきの親子とは分かれたことから父親というわけでは無さそうだけれど……。


 そこで、ふとオレンジ色の腕章が目に入った。

 左腕。

 そういえば、きのうグレンが言っていた。

 自警団の連中は目印として、腕にオレンジ色のスカーフを巻いていると。

 つまり彼はその自警団というわけか。


(ちょうどいいや)


 ゼノは彼に髪切り犯に関する新しい情報がないか尋ねてみた。


「あの」


「……? なんでしょう?」


 一礼して、去ろうとする男を呼びとめる。


「髪切り犯について、なにか新しい情報とかってありませんか?」


 ゼノは彼に経緯を説明して、新たな情報を教えてもらった。

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