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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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64 犯人情報そのいち

 翌日の昼前。

 ゼノたちはラパン商会の店に向かった。


 王子は調べものがあるからと言ってフィーと共にどこかへ行ってしまった。

 よってこの場にいるのは自分を含め三人だ。

 ゼノとリィグとミツバ。

 それからさっきそこで会ったシュバルツァーこと白い子犬も一緒だ。


「わんっ!」


「ごめんね。お店に行ったら何かあげるから」


 リィグが子犬を抱えて頭を撫でると、子犬はするりと彼の腕から抜け出して、アルスの店まで走っていった。


(あれは……)


 店先に誰かがいる。

 女性がひとり、満開の笑みでアルスに語りかけている。


「それでぇ、広場の近くに美味しいパスタ屋さんが出来たからー、お昼にどうかなって」


「申し訳ないが、このあと来客予定がある。昼ならば別の機会に頼みたい」


「とか言ってぇ、いっつもアルスってば、モニカの誘いに乗ってくれないじゃない」


「……申し訳ない。それよりも納品の件だが、グレン」


「ほいほい。これ、いつもの髪油な。あとで空瓶取りに行くから、スカルによろしく言っといてくれや」


「ちょっとちょっとー、ふたりともモニカの話、無視しないでよぉ」


「はい。毎度ありぃ……って、お、坊主たち、いらっしゃい」


「……こんにちは」


 人懐っこい笑みで片手をあげるグレンに一礼し、ゼノはちらりと女を見た。

 明るい金髪の、随分と刺激的な恰好をした娘だ。


 彼女が手に持つ小瓶には黄色の液体が入っている。

 いまの会話から察するに髪油とかいうやつだろう。


 むーっと頬を膨らませたツインテール髪の女は、一度アルスを見上げると、諦めたように溜息をついた。


「ちぇ……今日も駄目かぁ」


「また誘ってもらえると嬉しい。──グレン、荷物を運んでやれ」


「はいよ。行くぞ、モニカ」


「はーい。またね、アルス。今度はご飯一緒にね」


 ぱちりと片目をつむり去っていく女。

 グレンは店先の木箱を担ぎ上げると、モニカと呼ばれた女のあとをついていった。


「さっきの派手なお姉さん、誰?」


「うちの常連客だ。先に事務所うえに行っていろ」


 リィグの質問に短く答え、アルスは店内の各棚を見て回った。

 手元にペンと木製のボードを持っていることから、商品の在庫を確認しているのだろう。


 ゼノたちが二階へあがり、事務所の扉を開けると、ちょうどティアがお茶の用意をしていた。


「おはよー、ティアちゃん」


「リィグさん、おはようございます。お二人もどうぞ、ソファーにお掛けください」


「ああ、ありがとう」


 ゼノが応接用のソファーに座ると、すぐに珈琲が目の前に置かれていた。


 ふわりと豊かな豆の香り。おそらくゼノたちが店先にいるのをティアは見ていたのだろう。


 ほのかな湯気が立つコーヒーカップを片手に、ゼノはティアに声をかけた。


「昨日はあのあと大丈夫だった?」


「はい。グレンさんが家まで送ってくださいました。改めてその節はお礼を申しあげます。ゼノさんのおかげで怪我もなく、本当にありがとうございました」


「そんなっ、頭を上げてくれ。それに実際、髪は切られたわけだし……」


 深々と頭を下げるティアに慌てて立ち上がると、彼女は首を横に振った。


「いいんです。ちょうど切ろうかなと思っていたところですし、すっきりしたと思えば」


「そうは言うけどさ……」


 短く揺れる柔らかな金の髪。

 こう言っては何だが、それに対しては何とも思わない。


 だけどティアに礼を言われるたびに罪悪感を覚えるのだ。


 ありがとう、という言葉に見合うことなど、なにひとつ出来ていないのだから。


「本人がそういうんだから、いいじゃない。お前は気にしすぎよ」


 クッキーをもぐもぐと頬張りながらミツバが言う。


「大体、不用心にあんな場所にいるのが悪いんだし自業自得でしょ」


「お前なぁ、そういう言い方は……」


「あはは……。これからは安全な道を選ぶよう、注意します」


「そうね。そうするといいわ。お前のしょぼくれた顔を見せつけられても迷惑だもの。髪なんて伸びるのだから、あまり気にしないことね」


 それはきっとミツバなりの励ましなのだろう。

 だいぶ、いやかなり不遜な態度ではあるが、ティアも彼女の言わんとすることがわかったのか、少し困ったように頷き、


「そうですね」


「……?」


 ふと、ティアがアルスの執務机に目を向けた。


「わたしがいつまでもくよくよしていたら、あの方のご迷惑になってしまいますから。ミツバさんのおっしゃるとおり、しょぼくれた顔はしません……!」


 元気を出すようにぐっと拳を握る。

 無理をしている、と感じたのはゼノだけではないのだろう。

 リィグと、今度ばかりはミツバも無言でコーヒーを飲んでいた。


「──待たせたな」


 アルスが二階の事務所へ入っていた。


(……なんか顔色悪いな)


 凛とした声ではあるが顔に疲れがみえる。


(まあ、無理もないか……)


 自分の秘書、さらに店の常連客にも被害が及んでいるのだ。


 今回の事件で心を痛めているのは他でもないアルス自身なのかもしれない。


 ティアが一礼し部屋から出て行くと、彼は自分の席に座り、さっとこちらを見渡した。


「今日はあの子供は一緒ではないのか?」


「子供? ああ、王……いやライ様のことですか? あの人ならどこかに行くって朝早くに出て行きましたけど」


「そうか。一応聞くが、あの子供がいなくてもお前たちだけで対処可能か?」


「失礼ね。当然でしょ?」


「なら、結構だ」


 つんっと横を向くミツバに頷き、アルスはゼノに視線を向けた。


「依頼は昨日の通りだ」


「あ、はい。事件の犯人を捕まえろ、という件ですよね」


「そうだ」


 答えると、アルスは机に置かれた書類の山から紙の束を取り出し、こちらに渡してきた。


「これは?」


「事件の詳細と、犯人と思しき人物の調査内容だ。自警団の連中から話を聞き、グレンがまとめた。信憑性は確かだと思ってくれて構わない」


(調査書……)


 受け取った資料をぱらぱらとめくると、いままで起きた事件の被害状況が載っていた。


 被害件数、九十六件。

 すべてが同様の手口であり、いずれも霧深き場所で襲われている。

 被害者は髪の長い女。

 年齢はまちまちだが、比較的若い娘が狙われている。

 中には頭や耳に怪我を負った者たちもいて、いまも治療中とのことだった。


「失礼します」


 ティアが事務所に入ってきた。

 かちゃかちゃと音を立てて、アルスの前にコーヒーが置かれる。


 そこに例のごとく角砂糖を五つ投下しながら、アルスは机の引き出しを開けると、小さな包みを取り出した。

 彼は包みを広げて、菓子をつまむと口へと放り込んだ。


 ぼりぼりと咀嚼音。

 再度手を伸ばす。

 つぶらな瞳の、魚やタコのかたちを模したクッキーだ。

 こういっては何だが、あまり彼には似合わない。


「……? なんだ?」


「いえ……」


 ゼノはごほんと咳払いをする。

 隣でミツバが不満を帯びた声で文句を言った。


「犯人の特徴。長い茶髪、凶器はハサミ……以上って、はぁ? これだけ?」


「そうだ」


「なによそれ、まったくわかっていないじゃない」


 ミツバが資料を机に叩きつけた。それを拾ってゼノは追加の書類に目を落とした。


(やっぱり薄い……)


 内容はほんど憶測。

 事件の詳細についてはそれなりに細かく書かれているが、犯人像があまりに薄い。

 被害件数のわりに犯人の目撃情報が少ない事実に違和感を覚えた。


「あの、なんか極端に情報が少ないような……」


 訊ねると、アルスは静かに頷いた。


「その件は俺も気になっている。いくら霧が深いとはいえ、相手の姿がまったく見えないということは無いだろう。よほど用心深い人物が犯人か、あるいは外部からの圧力が生じているのか。どちらかではないかと俺はみている」


「外部からの圧力……」


 腐った政の匂いがするが、こんな事件を起こしたところで、誰も得はしないだろう。

 となれば、純粋に犯人は用意周到な人物か。

 ゼノは資料を見て唸った。


「申し訳ない。情報が不十分なことはよく理解している。もしも難しいというのなら、依頼をキャンセルしてくれて構わない」


「い、いえ、やります」


 断ったら王子に何て言われるか。

 ゼノは笑って返し、心の中では「面倒だな」と息をついた。


「ねぇ、ここには犯人が魔法を使うって書いていないよ?」


「え? ああ、そうだな」


 リィグに指摘され、アルスが説明を加えた。


「それは単なる俺の推論だ」


「アルスさんの?」


「ああ。昨日も話したが、いくら海沿いの街だとはいえ、そう頻繁に霧は出ない。そして俺は一度だけ現場の近くに遭遇したことがある。その時に感じた。これは魔法だろうと」


「魔法……」


「あくまで感覚的なものだ。魔導師相手か、魔導品によるものかは判断つかない。それよりも」


 そこでいったん言葉を切り、アルスはより真剣な表情でゼノたちをぐるりと見渡した。


「依頼を受けて頂き感謝する。これは俺からの忠告だが、犯人の深追いはするな。危険だと判断したら、まずは己の身の安全を優先しろ。次に被害者の救出。最後に犯人の確保。間違ってもこの順番を違えることのないよう心に留めてほしい」


「わ、わかりました」


 力のこもった言葉だった。

 ゼノはただ頷くことしかできず、アルスがそこまで警戒する意図がわからなかった。


「以上だ。他に聞きたいことはあるか?」


「いえ、とくには」


「では、そちらのふたりはどうだ?」


「別に無いわね。それよりも事件なんてさっさと片付けて、早く観光がしたいわ」


「だよねー。せっかく来たんだし、僕も街を見てまわりたいなぁ」


「……あのな」


 さすがにそれは無い。空気を読め。

 引き締まった空気のなか、自由すぎるふたりの発言にティアがくすりと笑う。

 アルスは変わらずの無表情だが、おそらく心の中では呆れているに違いない。


「……そういうことならば、ティア」


「はいっ」


「君も彼らについていって、街の案内をしてやるといい。地元の者が同行したほうが調査をするにしても、なにかと便利だろう」


「わかりました。ですが仕事は……」


「いい。こちらでやっておく。時間になったら、そのまま直帰してくれて構わない」


「承知しました」


「──と、いうわけだ。『観光』がてら、依頼の件は頼んだぞ」


「はい……」


 観光、という部分を強調して言ったアルスを背にして、ゼノたちはラパン商会をあとにした。

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