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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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58 ウェナンの大冒険その2╱イナキア一日目

 ウェナン一行は、大陸の北西部に位置するアルニカの街を訪れていた。


 ──殿下。西の海で魔獣が暴れております。この町の者が漁に出られず困っていると嘆いております。


 神官ミリアからの報告を受け、ウェナンはすぐに行動を起こした。


「よし! 今から行くぞ」


「承知いたし……は? え、殿下、本気ですか? 流石にそれは困るのですが……」


「何をいう。みんなが困っているんだぞ! たとえユーハルドの民でなくとも手を貸すのが道理。そうだろう? ストラス」


「だな。俺はウェナンに賛成だ。そうと決まれば船の用意をしてくる」


「ふふん、流石はわが友、よくわかっているな。──と、いうわけだミリア。ただちに準備、頼んだ」


「ええ……」


 片手を上げて無邪気に笑うウェナンと、嘆息混じりのミリア。

 マントを翻し、颯爽と宿屋を出て行くストラス三名の、海の悪魔退治が始まった。


「殿下。もうすぐ例の魔獣が出てきます」


「うむ」


 一隻の船の上。

 ミリアの報告にウェナンは仰々しく頷いた。


「……ごほん。──野郎どもォ! 戦・闘・準備だァァ────‼」


『ウオォオオオオオオオオ!』


 拳を突き出し、声高に告げたウェナンの眼前で、野太い声の波が広がる。

 これには神官ミリアも頭を抱えた。


「ストラス、これは一体……」


「いやさ。船を貸してくれーつったら『討伐なら俺たちも』って、おっさんどもがいきり立っちまってよ。そんでまあ戦力は大いに越したことはねぇし? いっかなって思って連れてきた」


「良くはありません。漁師の皆様方に危険が及んでは──」


 あくびを噛みしめるストラスに、ミリアが苦言を洩らした時だった。


「出たぞーっ!」


 漁師のひとりが叫んだ。

 単眼鏡を片手に焦る男の肩を掴み、ウェナンが海上へと目を凝らす。


 大きな影。

 猛速で近づいてくるのが見える。

 みるみると迫りくる影は、瞬く間にその姿を現した。


「でっっか……」


 ウェナンは空を見上げて驚愕した。


 帆柱よりも高い図体。

 布で絞ったように膨らんだ頭部。


 しわを帯びた紫色の皮膚が、てらてらと太陽を反射し、海中でうごめく九本の足には大きな吸盤がついている。


 まるで、海上に小山が顕現したような光景にウェナンの心は高鳴った。


「見ろ! 山だ! 海なのに山があるぞっ! しかもあれはなんだ? 頭上に見えるあれは樹? 鳥が巣くっているように見えるけど……どういう生態系なんだろ!」


 ううむと眉を寄せ、魔獣を観察しているウェナンだが、その横では悲鳴が相次ぎ、甲板はついに恐慌状態へと陥った。


「弓砲だ! 杭を放ち、奴の身体に穴を開けろ!」


 魔獣が吐き出す黒炭を剣で弾き、ストラスが叫ぶ。


 すぐに漁師たちは船の弓砲を魔獣めがけて発射する。


 しかし、八本の触手によってすべてが叩き落とされた。


 ミリアが漁師を庇い、魔獣の触手に足をすくわれる。


「殿下っ! すみません、ただちにご対処お願いします! アナタがわくわくしている間に漁師数人が海に引きずりこまれました。それから、わたしのことも助けて、はやくっ!」


 捲れ上がるスカートを必死に抑えて涙目で叫ぶミリア。


 いい眺めだぞと、余裕の笑みでぴしりと親指を立てるストラスを横目に、甲板の漁師たちは、こいつら何しに来たんだと思った。


 そこでようやく、ウェナンが剣を引き抜いた。


 闇夜のごとき黒き宝剣。

 クラウスピルが瞬く間に輝き出した。


「フ──、みんなオレがいないと駄目だからな! さあ、出番だ、愛剣よ」


 応えるように光の粒が彼を包む。


「くらえっ! ソリッシュブレードォ────!」


 刹那。宝剣から金色の光が溢れ、眼前の小山を切り裂いた。


 海上は割れ、左右に分かれた水底では、魚がびちびちとのたうち回っている。


 ウェナンは甲板のへりに立ち、剣を掲げて叫んだ。


「ともに剣を取った同志たちよ! 海の悪魔は息絶えた。今後は自由に漁をし、好きなだけ魚を釣るがいい! 今宵は宴じゃァァァァァ」


『ウオォオオオオオオオオ!』


 きらきらと舞い散る光の粒子のなか、海の男たちの雄叫びが上がり、かくしてウェナンの大蛸退治は幕を閉じるのであった。


「その後──って、フィー?」


 ゼノの肩に頭を乗せ、フィーがうつらうつらしている。


「寝るなら、寝台に行け。風邪引くぞ」


「んー」


 目を擦りながら、甲板を歩いていった。

 その背に声を掛ける。


「フィー! 本! 忘れてるぞ」


 しかし、聞こえなかったのか、彼女はそのまま船室に入っていった。


「……まぁいっか」

 ひとまず本を片手にゼノは夜空をみあげた。


 ◇ 


「やっと、着いたね!」


 船から降りたリィグが、「やっぱり地面が一番だよ」とか言いながら、港の土を踏んでいる。


 同感だ。

 足場が揺れない、最高だ。


 すっかりあの船酔い独特の感覚も消え去り、ゼノは腕をぐいっと伸ばした。


「さーてっ、ひとまず着いたけどこれからどうするか……」


 ゼノたちがイナキアへ来たのはビスホープ侯爵に会うためだ。


 侯の次男、テオドアの情報によると、ビスホープ侯爵は『エオス商会』という小さな商会と怪しげな取引をしているらしい。


 ここはまず、その商会を探すことが先決か。


「王子。とりあえず、テオドア様の話にあった『エオス商会』ってのを探してみますか」


「そうだの。余もイナキアへは初めて訪れた。知らぬ土地では、うまく動くことも出来んし、地図の確認を兼ねて町を歩きたい」


「了解です」


「それと」


 王子がくるりとゼノに背を向けた。


「余のことは『ライ』と呼べ。間違っても街中で王子などと呼ぶな。ビスホープに嗅ぎつけられでもしたら面倒だ」


 次に『王子』と呼んだら問答無用で叩くと釘をさされ、ゼノの心は沈んだ。


「んじゃ、行くぞ。リィグ、ミツバ」


「はーい」


 元気に答えるリィグと、その横で青白い顔をしたミツバが手をあげた。


「ちょっと待って……」


「なに?」


「先に宿に行きましょうよ。あたし、もう無理……」


 いまにも倒れそうな勢いで、ふらつくミツバ。

 その情けない様子にゼノはため息を落とす。


「だから言っただろ? 朝、食いすぎなんだよ、お前は」


 そう。まさしく今朝のことだ。


 朝食の折、魚のリゾットが出たのだが、これがかなりの絶品だった。


 ゼノは一杯だけ頂いたが、ミツバは三杯もおかわりした。


 いくらうまいからといって、あれだけ食べれば、胸やけのひとつも起こすというもの。


 ましてそれが船上となれば言うまでもなく船酔いに直結する。


(薬、そろそろ効いても、いいはずなんだけどなぁ……)


 念のためにと王都から持ってきた船酔いの薬(自分には効果が薄かったやつ)があったから、さきほどミツバに渡してやったが、まだ効かないのだろうか。


「お願い、運んで……」


 へたりと地面に座り込み、ミツバが呟いた。

 見る限り、もうそろそろ限界と言ったところか。しかし──


「無理」


「なんでよ」


「重そうだから」


「……はい?」


 まずい。鋭い目つきで睨まれた。


「いや……なんでもないです」


 ゼノはミツバから目をそらし、ごほんと咳ばらいをする。


「あー、ほら酔い止め。さっきやっただろ? そろそろ効くはずだから」


「飲んでない」


「はぁ? なんで?」


「変な色をしていたから海に捨てたわ……。紫ってなによ、毒?」


 ミツバが力なく答える。

 胸元をおさえて苦しそうだ。


「はー」


 面倒だ。

 このまま放置しておくわけにもいかないし、どうするか。

 悩むゼノ。するとそこに、ざらついた男の声がかかった。


「はは。だいぶ辛そうだなぁ、お嬢ちゃん」


「……?」


 のんびりとした笑い声に横を向けば、肩に釣り竿をかけた男が立っていた。


 年齢は二十代後半くらい。

 緩めのシャツと、しわの多いズボン。


 ほんのわずかに金が入ったくすんだ赤髪を、首のうしろで無造作にまとめた彼は、ぱっとみだらしのない印象だ。


(地元の住人か?)


 ゼノはとっさに警戒した。

 イナキアの人間といえば、全員が商人だ。


 妙な詐欺話を持ちかけられることもあるから注意しろと、前にグランの爺さんが言っていた。


「……オレたちに何か用でしょうか」


 思わず低い声が出てしまう。

 すると男は髪色と同じ瞳をぱちくりとさせ、すぐに可笑しそうに吹き出した。


「大丈夫、大丈夫。そんな警戒しなくても、別に変な壺とか売りつけたりしねぇって」


「あ、いや……」


 朗らかな笑い声。

 その人なつっこい笑顔に、ゼノはすこしだけ自分の対応を恥じた。


「お嬢ちゃん。手、出してみ?」


「……?」


 男はにこやかな笑みを浮かべて、ミツバの前にしゃがみこむと彼女の右手をとった。


「船酔いした時はなー、ここを押すいいんだ」


 ぐいぐいと指の腹でミツバの手のひらを押している。


 そういえば、何かの本で読んだことがある。


 ひとの身体にはツボというものがあって、そこを刺激すると病が癒えるのだとか。


 もっとも、気休めに近い民間療法だ。

 あまり効果は期待できない……はずなのだが。


「すごいわ! 気持ち悪いのが治った!」


「ええ? 本当に?」


「本当よ! 手のひらを押された瞬間に、すっと苦しいのが消えたわ」


 目を輝かせ、ゼノに報告するミツバ。

 確かにわずかではあるが、顔色も回復している。


「え、なにやったの。おまえ」


 ミツバが興奮ぎみに男へ問う。

 すると男は苦笑まじりに彼女の言葉を訂正した。


「お前、じゃなくてグレンだ、お嬢ちゃん。いまのはちょっとした応急処置さ。それよりあんたたちはあれかい? ユーハルドから来たのか?」


「そうよ。よくわかったわね」


「わかるさ。ここに船でくるような観光客は、ユーハルドの貴族くらいなもんだ。海は広いからなぁ、あんまり遠い場所からじゃ船は出ないだろ」


「確かに……」


 船上での生活は大変だ。


 長い航海では船病が起こると聞くから、よほどの物好きでなければ海など渡らない。


 それこそ、貴族のように刺激を求めたものが、遊覧目的で船に乗るくらいだろう。


「まぁ、船の製造自体が禁じられておるからの」


 フィーと海を眺めていた王子がゼノの隣まで歩いてきた。


「そなた、ここの住人か? 余たちはエオス商会という商会を探しておる。心あたりはないか?」


「エオス商会? ああー、最近聞く名だな。買い物かい?」


「そんなところだ。どこにある?」


「どこか……。そいつは難しいなぁ。あそこは店舗を構えない主義らしいから、たぶん、通りに出れば見つかるじゃねぇのかな」


「ふむ。そうか、世話になった」


「え、王──ライさま⁉」


 町のほうへ歩いて行ってしまった。

 そのうしろをフィーがぴょこぴょことついていく。

 王子は人混みに紛れると、あっという間に姿が見えなくなった。


「はは。せっかちな少年だな」


「すみません。教えてもらったのに……」


「いいさ、別に。それより俺もこれから用事があるから、もう行くよ」


「ああ、ありがとうございました」


「どういたしましてー」


 男は泣きボクロがついたほう──左の目をぱちりとつむると、身体を反転させ、ぶらぶらと後ろ手を振ってそのまま港を出て行った。


「ミツバ、治ったのならもう行くぞ。王子追いかけないといけないし」


「えー、あたし疲れた。宿に行きたい」


「わがまま言うな。ほら走るぞ。リィグ、ミツバつれてこい」


「おっけー」


 渋るミツバをリィグが手を引き、歩かせる。

 そのあいだにゼノは走って王子を探した。

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