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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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57 船酔いはけっこうしんどい

「みてみて! イルカが跳ねたわ!」


 ミツバが叫んだ。

 甲板の手すりから身を乗り出して、だいぶはしゃいでいる。


「そんなにはしゃぐと海に落ちるぞ」


「大丈夫よ。落ちても泳げばいいし。それより、ほらあれ! イルカよ、イルカ」


「そっか、よかったな。イルカ見れて」


「違うでしょ。そうじゃないわよ、ここはこっちに来るところ!」


「……めんどくさ。──ちょっと待ってろ!」


 叫んでからゼノは木桶を放して立ち上がり、ミツバの横まで歩いて行く。


「……うぐっ、足場が……ぐらぐらする」


 いまは食事どきだ。


 さきほど王子が買ってきた魚を網焼きにしていることもあり、魚介が焼ける独特の焦げ臭さ──とにかく船酔いを助長するような香りが鼻腔をくすぐってくる。


 ふらつきながらミツバの隣に立つと、ミツバが口にタコをくわえながら海のかなたを指さした。


「あれよ、あれ!」


「……どれ?」


「あそこ、海鳥が飛んでいる下あたり」


「鳥? 別になにも見えないけど」 


「なんでよ、あそこにいるじゃない。まっすぐ。目の前」


「そういわれてもな……」


 ミツバが示す方向には、ただの海しかない。ちかちかと海光が眩しい。

 水面に反射した光に思わず目を細める。


「どれどれ?」


 リィグが歩いてきた。

 皿には海老ロブスターの素焼きが乗っている。


「あー、ほんとだ。なんか大きい魚? が跳ねてるね。獲って食べる?」


「イルカって食べられるのか……?」


「そうよ。食べるなんて可哀想だわ。それより餌付けして、背中に乗せてもらいましょうよ!」


「それは無理だろ」


 目を輝かせるミツバに、もの珍しそうにイルカを眺めるリィグ。

 自分にはどうせ見えないのだからもういいかな、だいたい体調も芳しくないし……とゼノは踵を返した。


「あ、ちょっと何で戻るのよ!」


「オレ。そんな目、良くないし、そもそも船酔いで気持ち悪いし……」


「えー、せっかくの海なのに情けない男ね」


「すみませんね」


 残念そうに唇をとがらせるミツバに返してゼノは木桶の脇に戻った。


「きもぢわるぅ……うげっ……」


「ちょっと! 食事中に吐くやつがどこにいるってのよ。吐くならあたしの目の届かないところにしなさい」


「そんなこと、言われ……(リバース)」


「あーあーあー、マスター、動かないほうがいいよ。背中さすってあげようか? あ、でも僕この海鮮うどん食べたいからあとにしてほしいかも」


「ふむ……薬の調合が得意なのだから、自ら酔い止めを作ればよいのでは……」


「それが、作ってきたやつが効かないんですって。間抜けな奴よね」


「ゼノ、かっこ……わるい」


 全員ひどい。


「くっそ、好き勝手いいやがって……全員おぼえてろ……うぐっ」


「あ! ちょっとフィネージュ、リィグ! それあたしの分────っ!」


 具材たっぷり、香味ソース。


 船酔いでなければ、大層美味だっただろう海鮮うどんをめぐって、甲板に、ミツバの元気な声が響いた。


 ◇


 夜になった。

 頭痛と吐き気がまだ残っているとはいえ、船酔いのピークは過ぎ去り、ゼノは幾分か落ち着きを取り戻していた。


 船から見える星空がとても美しい。


 空を眺めながら、明日のことを考える。


 イナキアの商都アルニカへはディル港から半日少々かかる。


 おそらく明日の午前中には向こう岸へ到着するだろうから、そうしたら、まずはビスホープ候の行方を探ってみようと思う。


 そのあとは──と、そこで幼い少女の声が聴こえてゼノは振り返る。


「ゼノ。これよんで」


 小さな足音ともにフィーが本を持ってきた。

 やや分厚い、古びた本。

 リィグがルイスから借りた『ウェナンの大冒険』だ。


「これは?」


「本」


「それは見ればわかるよ」


 ゼノがフィーを見ると、彼女は小首をかしげた。


「フィー、本苦手。文字……よめない」


「ああ」


 そういえば彼女は文字の読み書きが苦手なのだそうだ。


 いちおう文字らしきものは書けるがおよそ字とは言えない、ぐにゃぐにゃとした筆跡だ。


 それでも、物語を聴くのが好きらしく、こうしてときおり本を読んでくれとせがんでくる。


 もちろん、人が船酔いだということもお構いなしに。


 フィーだから許してやるが、これがリィグだったらきっとぶっ飛ばしていたところだろう。


「いーけど、寝ないのか?」


「ん。ぐらぐら、眠れない」


「ああ……揺れるもんな。船、ほんとに……」


 フィーの言う通り船の上は揺れる。


 彼女の場合は船酔いこそしないが慣れない環境では眠れないのだろう。


 かくいう自分もそうだ。


 みんなが休んでいる部屋を抜け出して、こうして甲板で夜風に当たっているところだった。


「いいよ。じゃあ隣に座って」


「ん」


 フィーから本を受け取り、ランプを近くにたぐり寄せ、表紙に目を落とした。


「ウェナンの大冒険……か」


 ユーハルドの二十九代目の国王。

 宝剣と会話が出来たというライアス王子の曾祖父に当たる人物だ。


 王位につくまでの数年間。

 ウェナン王は冒険と称して世界を渡り歩いた。


 これはそのときの旅路をまとめたものであり、少し前の療養の折、ペリードが勝手に朗読し出したやつの続巻である。


「……はやく」


「ごめんごめん、いま読むよ」


 フィーに急かされ、中を開く。

 簡単な挿し絵とともに文字が目に飛び込んできた。


「──第三章、ウェナンと海の悪魔」


 ゼノは本を読み上げた。

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