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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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55 見てはいけない肖像画

 王都の西。

 リーナイツ領に到着したゼノたちを迎えたのは、リーナイツ侯爵の甥──つまりロイドの甥御にあたる男だった。


 名はルイス・フォーク。


 身分は伯爵。

 くせの強い灰色の髪にブルーの瞳をした彼は、ミツバ曰く、『たまに見せる憂いを帯びた横顔が放っておけない! とか言って、侍女たちの喧嘩の種になる男』だそうだ。

 異名は窓辺の貴公子。

 二十六歳。

 好きな食べ物はガチョウの丸焼き。


「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ屋敷の中へお入りください」


 優しい笑みを浮かべた彼に案内され、ゼノたちはゲストルームに通される。

 素朴な内装だが、洗練された調度品からはロイドらしいものを感じる。


「ここってもしかして、あのおじさんの家?」


 リィグがソファーに腰かけながら訊ねてくる。

 隣に座って「多分」と答えれば、フォーク卿が教えてくれた。


「普段叔父上は、国王陛下のもとでお役目をはたしておられますからね。領地の運営などは他の者に任せておいでなのですよ。この領主の屋敷も、叔父上の代わりに私が管理させていただいております」


「へー、そうなんだ」


「馬鹿っ、フォーク卿相手にそういう口の聞き方は……!」


 相手は伯爵だ。

 へたをすれば、その場で鞭打ちの刑ということもありえる。

 ゼノが急いで謝ると、フォーク卿は片手をあげて、苦笑まじりに首を振った。


「構いませんよ。私など、叔父上のおかげで爵位を授かったにすぎませんから。そのように頭を下げずとも、どうぞ楽にしてください」


「は、はぁ……」


「そうよ。こいつ相手にわざわざ謝る必要はないわ」


 ミツバが紅茶に口をつけながら言った。


「もとは騎士爵しか持っていなかったところを、領主代行を引き受けるからって、大した実績も無いのに伯爵位をあげたようなものだもの。そんな大層な奴じゃないわ」


「ええ。姫の言う通りです。私のことは気軽にルイスとでもお呼びください」


「わか……りました。では、ルイスさんと」


 ゼノはソファーにふんぞり返るミツバを一瞥してから、フォーク卿改めルイスに訊ねた。


「ところで、先日お送りした手紙は届いているでしょうか?」


「はい、船でイナキアへ向かわれると」


 彼が懐から手紙を取り出す。

 城を出るときにゼノが伝達係へ渡したものだ。


「海路をお選びになるとは珍しい。ゼノ殿は海にご興味が?」


「いえ、オレというよりは王子が……」


「うむ。船にはまだ乗ったことがないからの。どういうものか興味がある」


「なるほど。そういうことでしたら、ここからさらに西へ進むと、ディルという港町がございます。そちらから乗船することができますので、私のほうから町の長へ連絡を入れておきしょう」


「ありがとうございます」


 到着早々に話はまとまった。

 ルイスは頷くと、壁に控えていたメイドに合図を送る。

 メイドは一礼してから部屋を出て行き、ルイスがこちらに顔を向けた。


「このあと宴の席を設けております。どうぞ心ゆくまで当家自慢の美食を堪能し、本日は旅の疲れをお癒しください」


 ルイスに促され、ゼノたちは宴の間へと移動する。

 その途中でルイスが楽しそうに笑う。


「実は今朝、叔父上から伝令が届いたのですよ」


「王佐閣下から?」


「はい。白鳩便ポッポびんだったので、急な知らせかと思えば、皆さまのお好きな料理名とともに、よくもてなすようにと書かれていて、思わず笑ってしまいました」


「そ、それは閣下もマメなことで」


「本当ですよね。おかげで朝から使用人たちが大慌てで準備してくれましたが、きっとご満足いただけると思いますので楽しみにしていてください」


 そう言って彼は広間らしき扉の前で立ち止まり、ドアに手をかけた。


「どうぞ、お入りください」


「──すごっ!」


 開かれた扉の先には、ひときわ華やかな空間があった。


 しわひとつなく敷かれた白いテーブルクロス。

 その中央には大きなガチョウの丸焼きが置いてあり、席につけば、顔がうつるほどに磨かれた銀食器が並んでいる。


 室内の装飾もなにかのパーティー仕様だろうか。


 あちこちに美しい花が飾ってある。

 つい、足を踏み入れた全員が感嘆の声をもらした。


「豚肉のリブ焼きオレンジソースがけ。こちらがゼノ殿のお席になります」


「あ、はい……」


「その隣の、羊肉のミートパイがミツバ様ですね。さらに奥がフィネージュ殿。苺のホールケーキです」


「流石ね。わかっているじゃない」


「けーき」


 ミツバとフィー、それから王子とリィグも席につく。

 ロイドの文とやらのおかげで、見事に全員の好物が揃っていた。

 全員の着席を確認し、ルイスがワイングラスを持ち上げる。


「では、まずは葡萄酒にて乾杯を」


『乾杯』


 楽しい宴が始まり、料理に舌鼓を打つ。


 次第に会話が弾み、ルイスから声をかけられた。


「叔父上は元気にしておられますか? なかなかこちらへお戻りになられないので、屋敷の皆も心配しております」


「元気ですよ。先日も収穫祭が近いからと、政務官たちと話されていました」


「ははは。それは相変わらずお忙しそうだ」


「ええ」


 そんな当たり障りのない会話をし、一時間が経過した頃だ。

 急にルイスが怪談話を始め、珍しく王子が参戦。

 あれこれとふたりから怖い話を聞かされ、ゼノの心は凍った。


「──それで、城のとある部屋の前。開かずの扉に手をかけると……」


(耳を塞ぎたい……)


 目を遠くするゼノの横で、ミツバが震えている。

 彼女曰く、ルイスは怪談話の蒐集家しゅうしゅうからしい。

 ロイドといい、この家の人間は何かの蒐集癖でもあるのだろうか?


 結局、ルイスの怪談話が落ちついたところで宴はお開きとなり、ゼノたちは各部屋へと案内された。


「……で、オレはやっぱりお前と一緒なのな」


「うん。別の部屋も用意してくれていたみたいだけど、マスター、ひとりじゃ寂しいかと思って来てあげたよ」


「いいよ、別に。こなくても」


「と、いうわけで質問」


「質問? なんだよ、急に」


「一緒に書庫へ行こうよ。僕、読みたい本があるんだ」


「それ、質問じゃなくて提案な。……いいけど、勝手に入ってルイスさんに怒られないかな……」


「大丈夫。さっき許可を取っておいたから。いこいこ」


 リィグに手を引かれ、ゼノは屋敷の書庫へと向かう。


「ここのお屋敷も広いねぇ。グランのお爺さんのところとどっちが広いかな?」


「そりゃロイドのほうだろ。爺さんのところは大きいといっても、所詮は山間の田舎だ。こっちのように貴族っぽい庭園もないし、敷地的には狭いよ」


「そっか。でも田舎っていったらここもじゃない? やたらと羊が多いし、草原しかないよ?」


「それはこの地方が羊毛で有名だから。だいたい、うちはどこもこんな感じだよ。あんまり田舎田舎っていうとミツバに怒られるぞ?」


「ミツバちゃん? なんで?」


「春までこっちで暮らしてから。あいつの軟禁先って、この屋敷なんだよ」


「ああ……うん、そっか。気をつけるよ」


 後頭部で両手を組み、くだらない話を振ってくるリィグ。

 こいつは常に口を開いていないと駄目なのかと思うくらいお喋りだが、ミツバの一件は思うところがあるのか、そのあとは静かになった。


「着いたね」


 リィグが古びた扉を開ける。

 階段をくだると、真っ暗な空間に出た。

 ゼノは書庫の入口に置いてある夜光石を手に取り、棚を照らした。


「で? 読みたい本ってなんだ?」


「ウェナンの大冒険」


「ああ、あれか。城にもあるやつか」


「うん。リーアちゃんから借りて読んでみたら面白くてさ。続きがはやく見たいんだよね」


「ふーん。じゃあ、見つけたら言って。オレは向こうから見るから」


「えー、灯りは?」


「ロウソク持ってんだろ。本、燃やさないように気をつけて探せよ」


「ちぇ、そっちのほうが明るいのに。まあいいや、すぐ見つけて戻ろう。読む時間がなくなっちゃう」


 リィグは目の前の棚に集中したようだ。


「ウェナン、ウェナン」と呟きながら、探し始めた。ゼノも反対の棚を探す。


(狭い部屋だから、見つけるのには時間はかからないと思うけど……)


 石造りの小さな地下室。


 そこに書庫が作られており、壁に張りつくように置かれたいくつかの棚と、本が床に山積みになっている。


 本好きのロイドならば、もっと大きな部屋を用意しそうなものだが、案外城の書庫で満足しているのかもしれない。


「──と、あったぞ」


 ウェナンの大冒険、と書かれた本を見つけた。全部で五巻。


「ほんと?」


「うん。多分全巻、揃ってるぽいけど、読むやつ何巻?」


「二巻。イナキアを回るのに一冊あれば十分だよね」


「は? これ借りてくの?」


「そうだよ。ルイスさんも、いいって言ってたよ」


「あ、そう……」


 いつのまにそんな話をしていたのか。

 本当にこいつはすぐに誰とでも仲良くなるなと思った時だ。

 リィグが「あっ」と呟いた。


「どうした?」


「マスター、これ」


「……?」


 言われて、本を一冊抜き取り、リィグの側に寄る。

 書庫の入り口付近。

 壁に貼ってある絵画をじっと見つめているようだが、どうしたのだろうか。

 リィグが絵に指を向けて聞いてきた。


「部屋に入ったときは気がつかなかったけど、この絵ってなあに?」


「ああ、これ……」


 夜光石を持ち上げ、彼の指の先を辿れば、古い肖像画が何枚も飾られていた。

 赤髪の若い女に金髪の青年。

 中には王子と同じ青髪もいる。


「目の前のやつが緋竜王(ひりゅうおう)とよばれた初代リーゼ王。その隣が賢王(けんおう)、二代目セクエント王。その隣が……って、え──これ歴代全部の肖像画⁉」


 壁にびっしり。

 いや、正しくは天井にまで肖像画が貼ってある。

 ちょっと怖い。


「なんか僕たちを見つめてる感じだね」


「やめて……夢に出そう……」


 ぎょろりと自分を見つめる歴代国王たちの瞳。

 思わず想像してしまい、私が身震いしていると、リィグがロウソクを近づけ、緋色の少女の絵を覗きこんだ。

「あれだね。初代の王様って女王様だったんだ。ずいぶん若いけどライアス王子くらいかな」


「どうかな。シオンの話によると、宝剣の影響で一切歳を取らなかったらしいよ。確か名前はシェリ……なんだっけ……」


「へー、永遠の十代か。いいね。でもそんなことってあるの?」


「まあ……、そういう伝承だからね」


 星霊剣クラウスピルには、癒しの力が宿っているとかで、宝剣の持ち主を不老不死にするとかしないとか。

 たいへん胡散臭い話ではあるが、レオニクス王はその剣を欲している。

 病床からの快気。

 おそらくレオニクス王はそれが目的で『剣を手にした御子を次の王にする』などという触れを出したのだろう。


 簡単にだが説明してやると、リィグは「ふーん」と興味なさげに部屋を見渡した。

 

「ところで、ウェナン王のはどれ?」


「あれ。天井のやつ」


 甲冑姿の男を指で示す。

 白みを帯びたくすんだ金髪の、まぶたに傷がある老人だ。


「えっ! アレ? なんかイメージと違うね。すごく老けて見えるのは気のせい?」


「当たり前だろ。そこに出てくる冒険譚はウェナン王が若かった頃の話だし。肖像画は晩年。違うのは当然だと思うけど」


「ええ……剣持ってるのは同じなのに、こっちは年取るんだ……」


 伝承どこいったの、とでも言いたげな半笑いを浮かべて「でも当たり前か。人間だもんね」と呟き、欠伸をするリィグ。

 それを横目で一瞥してからゼノは再び天井を見上げた。


(まあ、でも確かに……)

 

 自分の覚えが正しければ、ウェナン王は四十歳しじゅうを越える前に亡くなったと記憶している。

 それなのにこの絵の姿はどうみても老人のそれだ。

 一瞬妙な引っ掛かりを覚えるが、まあいいかとゼノは出口に足を向ける。


「──ほら、本も見つかったし、そろそろ行くぞ」


「うん。あ、待って」


「なに?」


「あそこ、マスターっぽい絵も飾ってあるよ?」


「え? オレ?」


「うん」


 リィグが書庫の隅まで駆けていく。

 本を読んだり、手紙を書いたりできるような小さな机と椅子が置いてある。

 その前に立つとリィグは「こっち」と手招きしてきた。


「……ほんとだ。なんでオレ?」


 壁に貼られた一枚の肖像画。

 比較的新しいものだから最近描かれたものだと思うが、正面を向いた自分らしき絵はなんかこう、凛々しい顔つきで、少し大人びて見える。


「これ、ロイドのおじさんが描いたのかな?」


 リィグが肖像画の隅を指でなぞる。

 そこにはロイドのサインと、絵の題名らしき文字が書かれていた。


「我があかり……? なにこれ……」


「さあ?」


 意味がわからない。そもそもなぜ書庫にこれが? しかも描いたのロイドって……。


(うん。見なかったことにしよう……)


 深く考えると、知りたくもないロイドの心の内を垣間見てしまいそうだ。

 怖いので、ゼノはリィグに「行くぞ」と伝えて書庫を出た。

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