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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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54 お土産は何がいい?

「え! 明日⁉」


「明日だ」


 そう言って、王子は部屋の外へ出て行った。そのうしろをフィーがついていく。


「行っちゃったね。僕たちも準備しないと」


 リィグが、ぐーっと背伸びをして、ソファーから立ち上がる。


「あの、自分はどうしたら」


 使いの男が困ったように声をかけてきた。


「あー、そうですね……。テオドア様には、これから王子がイナキアに出かける旨をお伝えいただければと。あと、縁談の件はお断りしておいてください」


「承知いたしました」


 使いの彼は軽く会釈をしてから、執務室を出て行った。


「ねぇねぇ、イナキアってどんな国なの?」


「ユーハルドの北にある大きな国。商業国家イナキアって言って、商売が盛んな国らしいよ。うちの爺さんも結構取引してるところ」


「ふーん。じゃあ、おいしいものとか沢山ありそうだね」


「どうかな。あそこはもともと小さな国が集まった連合国家だったらしいけど、昔から食べものに関しては、ユーハルド頼りなところがあるって爺さんが言ってたしな」


「そうなんだ、残念」


「まぁ、観光地としては有名な国だから、それなりに楽しめるとは思うよ」


 ため息を漏らすリィグに苦笑しながら、ゼノは執務室を出て鍵をかける。


 すると、ちょうどロイドと高官たちが談笑する姿が廊下の先に見えた。


「毎度祭りの時期は大変ですなぁ」


 小太りの男が言った。

 同意するように眼鏡をかけた男が頷く。


「ロイド殿は、今度の収穫祭も祈りの間に?」


「無論だ。私は一応、国の祭司さいしも兼ねているからな。祭りの当日は例年どおり感謝の祈りを捧げて過ごす予定だ」


「ははは。相変わらず律儀な御仁ですなぁ。ユーハルドの神官制度など、とうに廃れたものでしょうに。ロイド殿も、たまには祭りの宴に参加して、皆と酒を酌み交わしてはいかがですかな?」


「そうだな。心に留めておこう。だが、収穫祭の夜は各家で静かに祝うものだ。貴殿も祭りの当日くらいは早く帰宅し、奥方とご子息との時間を楽しまれてはどうかな?」


「これはこれは。痛いところを突かれてしまいました」


 どっと三人が笑い合う。


 いまの何が面白かったのかは、ゼノには謎だが、高官ふたりはロイドに軽く会釈をしてから、その場を去っていった。


(そうだ。羽ペン……)


 こちらに戻ってきてからロイドと話す機会が無かった。


 先日、ロイドの執務室まで例の土産物を運んだ時は、ちょうど留守だったようで、副官の男が対応してくれたから、預けた魔導品のことを聞けなかったのだ。


 ゼノはロイドに声を掛けた。


「王佐閣下」


「──ゼノか。久しいな。夏に会った時以来か」


「ええ。爺さん……グランポーン侯爵の領地は遠いですから。行って戻ってくるだけで、季節が変わってしまいます」


「はは、そう固くならずとも、普通に話してくれて構わない。先日は土産物をありがとう。部下たちも喜んでいた。それで? 侯の様子はどうだったかな?」


「あ、うん。大丈夫だった。魔獣騒ぎで何だかんだ忙しかったけど、爺さんは元気にしてたよ」


「それならば良かった。君たちが出発したあと侯から入れ違いで手紙が届いた時には驚いたものだが……怪我なく無事に戻ってこれたようでなによりだ」


 ロイドは優しく微笑むと、「そうだ」と呟いて、懐から羽ペンを取り出した。


「直ってる……!」


 折れた箇所がくっつき、長い槍杖の形から、小さな羽ペンに戻っている。


「すまないね。戻っているのは知っていたが、色々と忙しく、なかなか渡せずにいた。これ無しでの魔獣と戦うのは大変だっただろう?」


「まあね。でも平気だよ、何とかなったし。それよりもありがとう。いくらだった? あとでロシェに金を払いに行かないと」


「ああいや、代金ならば必要ない。たまたま城に来ていた商人……いや、本人は研究者を名乗っていたか。ちょうどロシェッタの弟子だと話す男と出会ってね。その魔導品は彼が直してくれた」


「弟子? あー、そういえばそんな話、前に聞いたかも……」


 たしか隣国にいるとか、いないとか。


「マークス・シール。本人はそう名乗っていた。初めは無償で修理を請け負うと彼が言うのでな。とてもあのロシェッタの弟子とは思えず、素性を疑ったものだが、数時間足らずで元の形に戻り返ってきた。私としても、それだけの高い技術に何も支払わないのは流石に気が引けてな。少しばかり酒をもらってもらった」


 だから金の心配はしなくていい、とロイドは言った。


「そっか。そういうことなら助かった。改めて礼を言うよ」


「ああ。もしもイナキアへ行く機会があれば、彼に会ってみるといい。ネージュメルンという町に住んでいると話していた」


「ネージュ……わかりました。ちょうどこれからイナキアに行こうって、王子とさっき話してたので、もし会えたらオレからも礼を伝えておきます」


「そうか。気をつけてな、君の旅の無事を祈っているよ」


 ロイドがちらりと廊下の先を見る。

 政務官が慌てた様子で走ってきた。


 すぐにロイドは表情を切り替えると、「ではな」とこちらに告げて、小走りで去っていった。


「おじさん、忙しそうだね」


 ロイドとの会話中、静かにしていたリィグが口を開いた。


「ところで収穫祭ってなに? もうすぐお祭りがあるの?」


「うん、今月末から一日ついたちにかけて。秋の実りを祝う祭り。多分それまでにカボチャの用意とかで忙しいんだろ」


「カボチャ? なんで?」


「ランタン用に各家に配るから」


 当然、そのまま食用にされることもあるが。


「へー、じゃあ僕たちも、もらえるの?」


「もらえるよ。だけど、これからイナキアに行くから、多分帰ってくる頃には玄関の前で腐ってると思う」


「それ嫌だなぁ」


 リィグが盛大に顔をしかめた。

 もちろん冗談である。


 かぼちゃは城の前で配るから、欲しい人だけが取りに行く仕組みだ。

 各家一個。

 毎年何度も列に並んで、ひとりで数個持っていこうとする奴も現れるが、その場合は例外なく牢屋行きなので悪しからず。


「ほら、さっさと帰るぞ。明日の準備しないと」


「そうだねー。お菓子いっぱい持ってこー」


 ゼノはリィグを引き連れて城を出た。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の朝。

 きのうはあのあと自宅へ戻り、長旅の準備を済ませていたら、一階から大きな音がして、よく眠れなかった。


 どうも潰れた雑貨店の代わりに新しい店が入るらしい。


 工事と共に決起会でも開いていたようで、話し声やらなにやらと、とにかく夜遅くまでうるさかったのだ。


 ゼノは欠伸を噛みしめながら、城の玄関前で待機していた。


「王子遅いな。寝坊したんかな」


 そろそろ王子が言った時間になるが、まだ来ていない。


 こんなところなら、もう少し遅くまで寝ていても良かったなと目を擦る。


 リィグがゼノをちらりと見て、朝食のパンをかじった。


「マスターじゃないんだし、それはないでしょ」


「失礼だな。オレも無いよ」


「嘘だぁ。この前がっつり寝坊してたもんね。僕が起こしてあげなきゃ、あのまま遅刻してたよ」


「………………」


 事実なので何も言えなかった。


(ほんとに王子、来ないな……)


 迎えに行ったほうがいいだろうか。


 ぼんやりと馬たちを眺めながら、石階段に座って頬杖をつく。


「ゼノくん」


(……?)


 鈴のような声が聴こえて顔を向ければ、少し離れたところにリフィリア姫が立っていた。


「……リフィリア姫?」


 どうしよう、というような表情で姫がこちらを見ている。


 なんで城の玄関前こんなところにいるんだろう。

 眠気が覚めない頭で不思議に思っていると、リィグが片手をあげた。


「おはよう、リーアちゃん。こんな朝早くから、どーしたの?」


「あ……おはようございます。リィくん」


 たたたっと、駆け寄ってくる姫。


「その……先日の件で、イナキアにお出かけになると兄さまから聞きまして、お見送りにと」


 ほっと息をついたように、姫が笑顔を浮かべた。


「わざわざありがとうございます。王子はまだ離宮ですか?」


「多分、そろそろ来ると思います。わたしが出るときには食後の果物をいただいておりましたので」


「そ、そうですか……」


 そんなものをいただくよりも、早く来てほしいところだ。


「ところでよろしいんですか? 離宮を出ても」


 姫は病弱だ。

 基本的には離宮から出ることはないし、父王のこともある。

 気軽に城へ来ることは、そう滅多にないことだった。


「大丈夫です。今日はルーベ兄さまが一緒ですし、エリィもですが、遠くから見守ってくれています」


「遠く?」


 見れば、柱の影からこちらを窺うエレノアがいた。

 身体の半分だけが見えている。少し怖い。


「あれ? ルーベ兄さまって……、もしかしてルベリウス殿下のことですか?」


「はい。今朝は涼しいから散歩に行こうって、ルーベ兄さまが」


「へぇ」


 少し離れたところで、待機中の兵たちと会話するルベリウスの姿が目に入る。

 相変わらず社交的な人だ。

 あんな風に分け隔てなく、誰にでも笑顔で接する彼は、素直にすごいと思う。


「それで、その……よろしければこちらを」


「……?」


 姫が木編みの四角いバスケットを差し出す。


「馬車の中で、皆さんで召し上がっていただけたらと」


「イチゴのパイですか。ありがとうございます」


「はい。兄さまはイチゴが好きなので、エリィに頼んで作ってもらいました。……その、心ばかりですが、私からも旅の祝福を。パイに祈りを捧げたので、ぜひ食べていただけたら嬉しいです……」


「もちろん。道中でいただきます」


 笑って返せば、姫は嬉しそうにはにかんだ。


「──そうだ。パイの代わりにイナキアで何か買ってきます。お土産、欲しいものはありますか?」


「……っ!」


 姫の顔が、ぱあっと輝いた。

 お土産という言葉に反応したらしい。


「あ、でも……その。お土産なら兄さまが下さると思うので……その……」


 手の平をくっつけたり、離したり。

 もじもじとしている。

 土産物をねだるのが、そんなに恥ずかしいのだろうか。


(これがミツバだったら、容赦なくあれこれ言ってきそうだけどなぁ)


 俯きながら姫は何か言いたそうにしたあと、しゅんと下を向いた。

 どうしたんだろう?

 ゼノが首を曲げると、ちょうど地面に影がうつった。


「やあ、今日もいい朝だね。ゼノくん」


「──わっ! ル、ルベリウス殿下……? おはようございます……」


 急にうしろから呼ばれる。

 振り向けば、さきほどまで兵士たちと話していたルベリウスが、ぴたりと背中に張りつくように立っていて驚いた。

 どこか怖い。

 にこやかな笑顔を浮かべている彼だが、妙な圧を感じる。


「すまないね。まだ、ライアスが来ていないそうだね」


「いえ……。そのうち来ると思いますので、気長に待っています」


「そっか、それならいいんだけど──って、ああ来たようだ」


 ルベリウスは横に視線を流した。

 その先には王子とフィーがいる。

 先日同様、大きな衣装棚を引きずっている。


「げ、ミツバもいるし……」


 王子の後方。最初は衣装棚に隠れていてわからなかったがミツバの姿がみえる。


 王子ほどではないが、ぱんぱんに膨らんだ大きな鞄を持っている。


「おはよー、ゼノ」


 ミツバがあくびをしながら言った。


「おはようって、まさかお前もついてくるのか?」


「当り前じゃない。イナキアって言ったことないし、あたしも旅行に行きたい」


「旅行じゃないから。仕事だから」


「おまえはね。あたしは観光目的で行くの。──ああ、そこの兵士。この鞄を馬車に乗せなさい」


「はっ!」


 兵士がミツバから鞄を受け取り、荷車に乗せている。

 そのまま彼女は大きなあくびをしながら、馬車へ乗りこんだ。


 王子も同様に衣装棚を荷台に乗せ、馬車に入っていった。


 フィーはというと、荷台に頭から突っ込んでいる。きっと眠いのだろう。


(自由だな……全員)


 横目で彼らをながめ、ルベリウスと姫に別れの挨拶をする。


「では、そろそろ出発しますので、失礼いたします」


「うん。道中、気をつけて。とくに船酔いにはくれぐれも注意するんだよ」


 ふたりに一礼して、その場を離れる。

 隣でリィグが姫に手を振っている。

 そこに、か細い声が響く。


「あの!」


「……?」


 なにかと思い振り向くと、姫が口元に両手をあてて、珍しく大きな声を出した。


「あざらしっ」


 あざらし?


雪海ゆきうみの、毛玉あざらしが欲しいです!」


 なにそれ。

 雪海はまあわかる。


 イナキア最北端にある、雪に覆われた海のことだ。

 だけど、毛玉あざらし……?


(何かの生き物かな……)


 姫が笑って小さく手を振っている。


 流石に生き物を連れてはこられないから、他のもので代用しよう。


 そう心に決めてゼノが彼女に手を振ると、強い視線を感じた。


 なんだろうと思い、姫の隣を見れば、ルベリウスがいつもの優しい笑みを浮かべている。が、目が笑っていない。


 ゼノは彼からそっと視線を外し、馬車へと乗りこんだ。


「出るぞ」


「あ、はい」


 運転手に出発を告げ、馬車が動き出す。

 次第に王都の門が見えてきた。


 ──ルベル兄さんはシスコン。


 友人の言葉を思い出し、ゼノは手のひらに掻いた汗をローブで拭った。


(……すごく怖かった)

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