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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/後『海霧の怪人編』

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53 よし、イナキアへ行こう

 ぼんっという大音響とともに、オルゴールが床に落ちた。


「あぶなっ!」


 硝煙の中。

 ゼノは姫を抱えて床にふせた。

 数歩先には、勢いよく燃える小箱がある。


 姫がわずかにオルゴールを開けた瞬間に、その肩を抱き寄せ、共に倒れたのだ。

 間一髪。

 ゼノの背後で爆発が起き、ぎりぎり難を逃れた。


 一瞬で危険物オルゴールから距離を取ったフィーが、警戒するように、ぽつりと声を落とした。


「爆薬……」


 青い炎。

 小箱を包む火が、次第に絨毯じゅうたんへ燃え広がっていく。


「消火っ! 水、水!」


 ゼノが叫ぶと、エレノアがティーポットの中身をオルゴールの上にぶちまけた。


 すぐに炎は鎮火され、白煙と共に真っ黒な本体がむき出しになった。


 幸い、火事には至らなかったが、小箱のまわりには焦げついた跡が残ってしまい、もうこの絨毯は使えないだろう。


 リィグが煤まみれのオルゴールに近づき、中身を観察した。


「これ……なんだろ。なんか火花とか散ってるけど」


「雷石かしら」


 エレノアが箱を拾いあげる。


 中身はオルゴールなどではなく、飴玉くらい大きさの石が、ぎっしりと詰め込まれているものだった。


 その石からは微かだが、リィグが言うように青白い火花が散っている。


「雷石って触るとばちっとする石か? なんでそんなものが……」


「そうねぇ。おそらくだけれど、上蓋うわぶたに火薬を仕込んだあとがあるから、開けると同時に爆発する仕組みなのだと思うわ、きっと」


 そういってエレノアは、ゼノに箱の上蓋を見せる。


 確かに彼女のいうとおり、上蓋には妙な細工が施されていた。


 簡易的ではあるが、開くと上蓋から下に、火薬がばらまかれる仕組みになっているようだ。


 つまり、箱を開けると同時に落ちた火薬が雷石の放つ火花に着火し、ぼんっというわけだ。


「火薬……」


 姫の顔がみるみる青ざめていく。


 かたかたと手を震わせ、ゼノの服をぎゅっと握っている。


 廊下から、ばたばたと足音が聞こえた。


「何があった⁉」


「王子」


「この煙……爆発物か」


 部屋に入ってきた王子が勢いよく窓を開けた。

 煙が外へ流れていく。


「また刺客でも出たか?」


「いえ。ビスホープ候の御子息から贈られてきた品が爆発致しました」


 王子の問いにエレノアが答える。


「ふむ……サフィー兄上の一件で、小細工でも仕掛けてきたか」


 王子が腕を組んで考え込む。それよりも。


(またって?)


 また刺客が出た。

 つまるところそれは、いままでにも何度も来ているということだ。


 彼の言葉に引っかかりを覚え、ゼノは質問した。


「あの、またって、そんな頻繁に刺客とか来るんですか?」


「来る」


「はあ……」


 短い返答に困惑していると、フィーが近づいてきた。


「ゼノ、寝てる……とき、いっぱい来てた」


「え⁉」


 こくんとフィーは首を縦に振った。

 そんな事実をいま聞かされても。


 その時に言ってくれと思うのは自分だけだろうか。


 王子が爆発物を調べている。

 その間にエレノアが絨毯を片付ける。


 フィーは王子の側にしゃがみ、リィグも興味深そうに雷石を指でつついている。


「あ……」


 すぐ隣から、小さな声が漏れた。

 姫だ。

 先ほどまで掴んでいたゼノのローブを離すと、ごめんなさい、と恥ずかしそうにつぶやいた。


「いえ、こちらこそすみません。気づかずに渡してしまって」


「そんなことは……!」


 慌てたように両手を振って、姫が横に首を振る。


「爆発から、かばってくれてありがとうございます!」


 姫が、がばっと頭を下げる。


「リ、リフィリア姫! 顔を上げてください」


 当然のことをしただけですから、と告げれば、彼女はおずおずと頭をあげた。


 その正面に、数匹の光蝶スピルたちが集まってくる。


(え、なんかすごい寄ってきた)


 先ほど王子が開いた窓から侵入してきたようだ。


 淡い光を放ちながら、リフィリア姫のまわりを飛び交っている。


 ときおり彼女の髪や肩に留まったり、羽でちょんちょんと頬をつついている。


 なんだが、姫を心配している……?


 優しく労わるような光蝶スピルの行動を目で追っていると、彼女もゼノと同じ目の動きをした。


「……? もしかして、リフィリア様にもこれが見えているんですか?」


「……っ!」


 姫がびくっと肩を揺らした。


 すぐに王子のもとまで走って、その背に隠れると、彼の服をぎゅっと握り、顔を伏せてしまった。


(聞いちゃいけないことだったのかな……)


 内心で冷や汗を掻きながら声をかければ、彼女の代わりに王子が答えた。


「リーアは昔から光蝶スピルが見える。だが、それを知る者は限られており、口外するなと父上から命が出ている。お前も首が惜しければ、外部に漏らさぬよう注意しろ」


 つまり、この一件は王から箝口令かんこうれいが敷かれている。

 だから、見なかったことにしろ、なにも聞くなと彼は言っているのだろう。


(だけど……)


 ゼノは意を決して訊ねてみた。


「あの……オレも光蝶スピルは見えるので、そんなに驚きませんけど」


「なに?」


 王子が片眉を上げた。


「というか、リィグにも見えているし、別に……な?」


 話を振れば、リィグが頷く。


「うん。でもそっか。やっぱりリーアちゃんにも光蝶スピルが見えたんだね」


「……! リィくんにも見えるの?」


 姫が目を丸くした。


「見えるよ。いつもその辺、ひらひら飛んでるよね」


「──っ! うん! うん、そうなの。お花が好きみたいで、よくお庭にいるの」


 嬉しそうに両手を合わせて、姫が王子のうしろから出てきた。

 敬語を外した喋り方。

 珍しいなと思っていると、ゼノと目が合った瞬間にさっと俯いてしまった。


 寸前の固まった表情から察するに、『しまった! 言葉遣いを間違えた』とか、慌てているのかもしれない。


 恥ずかしそうに手のひらを合わせたり、離したりしている。


 ちなみに、さきほど聞こえた『リィくん』とは、彼女なりのリィグへの愛称だ。


「ふむ。そういうことならば、まあ構わぬか……」


 王子が頷き、姫を横目で見た。


「リーアよ。このふたりとならば、光蝶スピルの話をしてもよかろう。父上には余から報告を上げておく」


「……っ! いいの、ですか? その……お父様がお怒りになるんじゃ……」


「構わぬ。余が許可したと伝える。……あの人は余には甘いからの」


「──っ、そう、ですね……」


 姫の表情が暗くなる。

 しかし、すぐに兄に頭を撫でられると、彼女は顔をあげて、ふにゃっと笑った。


「ありがとうございます。お兄様」


 そのあとは、姫から光蝶スピル珍行動集を聞いた。


 なんでも光蝶スピルはいたずら好きで、よくエレノアにちょっかいを出しているのだとか。


 例えば、洗濯物を干し終わったところで、風を起こして台無しにする。

 料理を作っていると、鍋の下に集まってきて火力を強くする。

 他にも色々。

 どれもこれも結構な迷惑話だった。


「それで──っ!」


 楽しそうに前のめりで話すリフィリア姫。


 話題を共有できて嬉しいのだろう。ゼノが頷き、リィグが合いの手を入れる。


 ソファーで眠りこけるフィーに、椅子へ腰かけて本を読み始めるエレノア。


 結局、夕飯を知らせにきた王子に「まだ、話していたのか……。いい加減、家に帰してやれ」と、呆れられるまで、姫の話は続いたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それから数週間後。


「ビスホープの家から使いが来た」


「ああ、先月の……やっと来たんだ」


 ゼノはライアス王子の執務室にいた。


 姫への贈り物──オルゴール爆発事件の件で、王子はビスホープ侯爵に登城するよう命じた。


 しかし待てども、かの侯爵は姿を現さない。


 それで痺れを切らしたらしい王子がポッポ(しろはと)便で怒りの手紙を寄越し、やっと来たのが侯爵家の使用人というこの始末。


 とうぜん本人の姿はないし、王子の機嫌は超がつくほど最悪である。


 イライラした様子の彼の隣で侯爵家の使用人から一通の便箋を受け取り、ゼノは中身を確認しようとペーパーナイフを握る。


「開けますよ」


「うむ」


 綺麗に開封した封筒から出てきたのは一枚の薄い紙だった。


 どうやらそれはビスホープ候の息子、次男テオドアからのものらしい。

 ゼノは手紙を読み上げる。


 *****


 先日は我が兄が、リフィリア王女殿下に多大なご迷惑をお掛け致しましたこと、誠に申し訳ございません。

 例の贈り物に関しては、わたくしのほうで現在調査を行っております。

 本来であれば、我が父と兄を連れ、謝罪に伺うべきところ、このような書状をお送りすることをお許しください。


 さて、今回の元凶である兄でございますが、先日、父と共にイナキアへ向かいました。

 なんでも、新設された武器工場の視察だそうです。

 父はいま、イナキアの『エオス商会』という怪しげな商人たちと懇意にしており、我が国に波乱をもたらそうとしております。

 どうか、馬鹿な父たちのはかりごとを阻止し、願わくば当主の座から引きずり降ろしてくださいますよう、心よりお願い申し上げます。


 追伸。

 妹が先日五歳の誕生日を迎えました。

 ライアス様のご婚約者に如何でしょう。良きお返事をお待ちしております。


 テオドア・ウィエ・ビスホープ


 *****


「なにこの、手紙」


 ゼノは便箋を握りしめた。


「なかなか面白い人だね。ビスホープの息子さんて」


 リィグが言った。

 さきほどからフィーとチェスで遊んでいる彼は、赤いビジョップの駒を指でくるりと回した。

 それをちらりと一瞥して、ビスホープ家の使いの者が気まずそうに口を開く。


「申し訳ありません……。テッド様は少々正直な御方でして……」


「正直すぎるだろ、これ」


 前半はまぁわかる。

 いっけんすると丁寧な文章だ。

 しかし問題は最後だ。


 馬鹿な……は事実だからともかく、当主の座から引きずり降ろせときた。

 しかも、追伸でさりげなく縁談話をねじ込んできている。

 五歳の娘を。

 これは流石の王子も呆れただろうと彼を見れば、本を読んでいた。


(おい! 人に読ませておいて興味なしかよ!)


 せめて茶を飲む程度にしてほしかった。


「あの、王子」


「終わったか」


 王子が本から顔を上げた。やはり不機嫌顔だ。


「で、なんとあった?」


「……ビスホープ侯爵と、その長男はイナキアへ向かったそうです。それで、そこで悪だくみをしているから何とかしてほしい……みたいな内容です。あと、五歳の妹を婚約者にどうかって」


「そうか。では明日、イナキアへ向かう」

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