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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/前『里帰り編』

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49 見たことのある光景

「構えろ! 来るぞっ」


 そう叫んですぐに、ずしりと重みが襲う。

 剣の腹で受けとめた鋭い爪が、ぎりぎりと音を立てて迫ってくる。

 寸前先。眼前の敵が衝撃とともに横へと吹っ飛んだ。


「あのような猛獣を真正面から受けるな。隙をついて横腹から叩け」


「すみません! ありがとうございます」


 見れば、王子が剣を抜いてゼノの前に立っていた。


「しかし、硬いの」


 彼の視線の先。

 斬り飛ばされた魔獣は、血を流しながら、よろりと身を起こした。


 どうやら毛がかなり頑丈らしい。


 浅く斬られた箇所から血があふれるも、(うな)りをあげて、こちらを値踏みするように、五本の尾を揺らしている。


「ちょっと! こっちも手伝ってよ!」


 ミツバが苦しげな声が響いた。

 数メートル先。ミツバとフィー、リィグが魔獣に囲まれている。

 その数、五匹。

 いつのまに増えた仲間に苦戦しているようだ。


「余は向こうを手伝う。お前はあれをなんとかしろ」


「了解しました」


 王子が彼女たちのもとへ走り、ゼノは目の前の魔獣と対峙する。


(あいつは素早い。一瞬でこっちの間合いに詰めてくる)


 油断すまいと目を見開く。

 瞬いたほんのわずかな隙だった。


 目の前に魔獣がいる!


「くそ!」


 がきんと音を立てて、鋭い牙が剣の腹に食い込んでくる。


 そのまま剣が砕かれ、牙が迫るその瞬間に、魔獣の顔へ左手をかざす。


 直後。風の腕輪から、ぶわっと風が放たれる。

 強風にあおられ魔獣が数歩下がる。


 土にはひっかいた跡が残り、その鋭利な爪で、この竜巻から吹き飛ばされないよう耐えているらしい。


 そこに水の弾を放つ。


穿(うが)て! 水弾(ノル・アクア)


 いくつもの大きな水球が、魔獣の身体を叩き打つ。

 風と水。

 ふたつの攻撃から後退を余儀なくされた魔獣が、じりじりと下がり、やがてばしゃんと波を立てて後ろの川に落ちた。


「やったか!」


 そう思ってすぐに魔獣が川から飛び出した。

 ぶるりとその身を震わせ、毛についた雫を払うと、ひとあしでこちらに舞い戻ってきた。


 じぐざぐに走る敵。

 水球を放つも避けられてしまう。

 数秒もしないうちに振り下ろされる爪を、横に飛んで何とか避ける。


(羽ペンが壊れてなければ……!)


 おのれ、フィーティア。

 などと考えているうちに、足を何かで絡め取られた。


 尾だ。五本の細長い尾が、しゅるしゅると足に巻かれ、そのままゼノは宙に放り投げられた。


「──なっ!」


 背に響いた衝撃とともに、濡れる水の感覚。

 沈む身体から、ごぼっと空気の塊が吐き出される。


 自分はどうやら川に投げ入れられたらしい。

 そう気づいて、水面に向かって足で水を蹴る。


 そう深くはない川だが、大人ひとりくらいの深さはある。

 溺れる前に、土のへりに左手をかけて水面から顔を出す。


「ごほっ、げほっげほ」


 肺に空気が満ちて、口に入った水を吐き出す。

 すると、頭上に影が落ちた。


(……っ!)


 見上げれば、大きく開いた黒い空洞がある。


 あの長い牙では、ものを食べるときに邪魔ではないのかと、そんな馬鹿な想像と同時に、さっと川のへりから左腕を引いた。


 刹那、その細長い牙が、深々と地面に突き刺さる。


「っ!」


 魔獣が地中から牙を引き抜こうとして、その身を強く捩りもがいている。

 これはチャンスだ。

 折れた剣、右手を水の中からそっと押し出す。


「ごめんな……」


 ゼノは魔獣の額に向かって、勢いよく折れた剣を突き刺した。


『────!』


 短い断末魔があがる。

 ずぶりと肉に沈む右手の感覚に、思わず眉をよせる。

 そしてその数秒後に魔獣は動かなくなった。


「なんとか、やったか……」


 安堵の息を吐きながら、ひとおもいに剣を引き抜けば、インクのように黒い血がどばっと魔獣の額から溢れた。


(気持ち悪……)


 相変わらず、ドブのような匂いの血だ。

 魔石の横にぽっかり空いた穴から、だくだくと流れる血を見て思う。


 この黒い瘴気は、魔獣がいる場所に発生する。


 それはもともと、彼らがいるところに存在するのか、それとも彼らが瘴気を生み出しているのか、どっちなのだろう。


「まあ、いいや。王子たちのところへ行こう」


 川からあがる。

 ずぶ濡れた服が肌にはりついて嫌な感覚だが、気にしている暇はない。

 ゼノは急いで王子たちのところへ戻った。


 ◇ ◇ ◇


「あれ? いない」


 さきほど王子たちと分かれた場所に戻るも、彼らの姿はなかった。


 きっと複数いた魔獣たちとの戦いで、散り散りになったのかもしれない。

 擦れる鎖の音。

 フィーと、おそらく王子もいるだろう場所へ走ろうとして、足をとめた。


「……?」


 うっすらと晴れた瘴気の向こう。

 人影がある。

 最初は村の領民かと思ったが、違う。


 目を凝らしてよく見ると、ひとりの男が立っていた。

 ガウンを羽織った聖国式(パトシナ)の服装だ。

 彼は黒い剣を持ちながら、ふらついた足取りでこちらに歩いてくる。

 敵意はない。俯いた顔は覇気がなく、瞳が死んでいるようだった。


「人……コロ……はやく……」


(……なんだ?)


 ぶつぶつと何かを口にしている。

 耳を澄ませれば、「はやく殺さないと」としきりに言葉を繰り返している。


 気味が悪い。彼が顔をあげると、その瞳が見えた。


「あれは……」


 目が赤い。そして石灰のように白い手足と髪。

 それは王都で見た大男と、魔狂剤(まきょうざい)を飲んだペリードの姿に酷似していた。


 すこしだけ違うのは、彼の左腕。

 おとぎの本で見るような、竜の腕とかぎ爪を生やしていた。


「人だ」


 ぽつりと細い声が聞こえた。

 はっと視線を彼にあわせれば、こちらを見て手に持った黒剣を構えた。


 刹那、振り下ろされた剣から風が(ほとばし)る。


「──なんっ」


 だ、と言う前に、地面が割れた。

 足元まで到達する大きなヒビ。

 目線を下にさげた瞬間に男がゼノの横に立った。


 やられる! と身構えた直後、男は頭を抱えて一歩さがった。


「く、嫌だ!」


 男が急に大声を出してその場にしゃがみこむ。


 次第にがたがたと身体を震わせ、「嫌だ。違う」と呟き出した。

 かと思えば、今度は「はやく殺して餌にしよう」と高笑いを始める。


 それを繰り返し、数分程度。

 今度は泣きだした。だいぶ壊れているようすにゼノは恐る恐る声をかけた。


「あの……」


「く、くるな!」


 男が黒い剣をかざす。


(これ……)


 クラウスピルの宝剣だ。

 今まで気がつかなかったが、近くで見る限り、書庫で見た宝剣の姿絵によく似ている。

 だけどまさか。

 ゼノは彼の手から剣を奪った。


「……あっ」


 男の口から小さな吐息が漏れ出す。

 だが、そんなことは無視して剣を眺めた。


 本物……をかなり正確に模した偽物。


 なぜなら宝剣の決め手となる、竜の紋章が無かった。

 なんだ違うのかと地面に剣を投げ、ゼノは彼に質問した。


「これ、どこで手に入れた?」


「あ、あう……」


(駄目か……)


 男の瞳はゼノを見ているようで、別の何かを映していた。

 聞いたところで返答は無さそうだから、縄で縛って王子の采配(さいはい)に委ねよう。


 そう考えて近くに縄が落ちていないか探す。

 瘴気のなかで目を凝らしていると男が突然立ち上がり、腕を掴んできた。


「なっ! 離せっ」


 しまった。先に気絶させておけば良かった。

 後悔しながら、男の腕を振りほどこうとしたが、びくともしない。


 鋭いかぎ爪がローブに食いこみ、骨が痛みを叫び出す。


「頼む! 殺さないでくれ! 僕はちゃんと上手くやるからっ」


「はっ⁉ なにを言って!」


 震える声色で、懇願するように男が(わめ)く、その直後だった。

 空から綺麗な声が落ちてきた。


「それ以上のお喋りは許しません」


「──へ?」


 突如、びしゃっと視界が赤く染まった。

 ぬめりとした液体。

 (ちゅう)を舞う首。


 自身の瞳に張りついた、鮮血越しに見えるそれはまるで、一枚の絵が秒刻みに動くように、ゆっくりと地面へと落ちていった。


「任務、完了いたしました」


 無機質な声が耳の中に響く。

 桃色の髪をした人形が優雅に一礼する。

 その瞬間、ゼノの意識は途絶えた。


 自分は、この光景をよく知っている。

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