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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第ニ章/前『里帰り編』

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45 リンゴりんご林檎リンゴりんご…

 グラン・リリ・グランポーン。


 グラン爺さんと言えば、ゼノの養母であるケイトの父親だ。

 齢七十を超える老人は、グランポーン地方を治める領主であり、ゼノにとっては祖父のような人だった。


「グランのじいさんが倒れたって聞いたけど!」


 転がるようにロイドの執務室へと入りこむと、いつものように執務机に座って仕事を片付いていたらしいロイドが顔を上げた。


「ああ、来たか。ちょうど文を書いていたところだ。そちらに掛けてくれ」


 そのまま案内されるままにゼノは応接用のソファーに腰かける。

 すぐにロイドの副官が茶を出してくれた。

 ふわりと広がる紅茶の甘い香り。

 ロイドがテーブルを挟んだ真向かいの席に腰をおろした。


「伝令は聞いたと思うが、グランポーン侯爵がお倒れになったらしい」


「容態は⁉」


「命に別状はない。そう心配せずとも大丈夫だ」


「はぁ~~~~、そっかぁ、よかった……」


 深く息を吐いて、ソファーにぐったりともたれかかる。

 額には汗。

 そんな憔悴しきったゼノの様子を見てロイドは微笑みながらティーカップを持ちあげた。


「安心したかな」


「え? ……ああ、すみません。取り乱しました」


 ロイドに倣ってゼノも紅茶をひとくち含む。

 超しぶい。


 どこからこんなクソまずい茶葉を仕入れてきたのかは謎だが、こんなものを平然と飲み干すロイドの落ちつき具合を目の当たりにして、今まで平静さを欠いていた自分の愚行が急に恥ずかしくなってくる。


 ここは反省の意味を込めて、このクソまずい紅茶を一気に煽った。

 ロイドが首を横に振る。


「構わない。君がそんな風に慌てる姿もなかなかに面白い。もしこの場にアウルがいたらきっと笑い飛ばすだろうな」


「いえ……その──ゴホッ!」


 むせた。イガイガする。

 ゼノが喉をさすっているとロイドは紅茶を眺めて言った。


「まあ、候はもう御高齢だからな。君の心配もわかる。どうかな? これを機に、たまには候のもとに顔を出しては」


「え、いや、それは……」


「フッ、相変わらずリンゴは嫌いか」


「いえ、嫌いというかなんというか。その、行くとすごい量のリンゴを出されるので」


 思い出して、ぞっとする。

 ユーハルドは千年以上続く小国だ。


 その長い歴史の中で品種改良を重ねたことにより、この国では一年中、リンゴが採れる。


 そして、グラン爺さんがいるポエミ村はリンゴの名産地だ。


 当然、村のリンゴの年間生産量はすごいことになっており、帰郷するたびにやれ今日採れたリンゴだなんだと食わさせるのだ。


 リンゴ。りんご。林檎。リンゴ、りんご、リンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎りんごリンゴりんごリンゴ林檎りんごリンゴりんごリンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎りんごリンゴりんごリンゴリンゴりんごリンゴりんごリンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎りんごリンゴりんごリンゴ林檎りんごリンゴりんごリンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎リンゴりんごリンゴりんご林檎りんごポム!


 もはや頭がおかしくなってくる! 


 そんな、リンゴ、というワードすら見たくなくなるほど、赤くて丸いやつがたくさん押し寄せてくるわけだが、ゼノはあの実が嫌いだ。


 しゃりしゃりとした食感。

 甘酸っぱい実の味。

 歯の隙間に皮が挟まるあの微妙な感じ。

 口の中が痒くなる。


 そんなわけで、餓死寸前でもない限りできれば食べたくないので、里帰りは御免こうむりたいとロイドに伝えると、盛大に噴き出された。


「はははっ! いいじゃないか。そのぶん、この国の作物がよく実っているという証だ。ぜひ向こうから戻ってくるときには土産として五箱ほど頼みたい」


「すごい食いますね……。そして行く前提なんですね、オレは」


 べつにいいけれど。心配だし(やつは食べたくないが)。


「──では、こちらを頼むとしようか」


 さっと机の上に手紙が置かれた。

 さきほどロイドが書いていたものだろう。


「グランポーン候への手紙だ。これと、あといくつか滋養にいいものを用意させるから、一緒に届けてほしい。頼めるかな」


「わかりました。承ります」


 手紙を受け取りゼノが懐にしまうと、ロイドはところで、と別の話を切り出した。


「研究所にはもう行ったのか?」


「あ、はい。今朝行きました。だけど修理が難しいって言われて」


 横に置いた包みを広げてロイドに見せる。

 彼は思案げに「ふむ……」と唸り、片手を差し出してきた。

 その上に壊れた羽ペンを置く。


「やはり錬金術士でなければ直せないか……」


 呟いて、ロイドは羽ペンを机に置いた。


「これはこちらで預かろう。キミが侯のもとを訪ねている間に、ロシェッタが戻ってくるかもしれない。もし彼女に会えたら私のほうから頼んでおくとしよう」


「いや! それは流石に悪いので……」


「そんなことはない。魔導品が壊れたのは元を辿ればラバグルドの失態だ。軍の指揮権を殿下に委ねていたせいで、現場に余計な混乱が生じてしまった。それは言い換えれば私の責任でもある」


 だから気にしなくていい、と続けて、ロイドは魔導品を下げるよう副官に告げた。


「──じゃあ、オレはそろそろ行きます」


「ああ、侯によろしくと伝えてくれ」


 ゼノは立ち上がり、隣に座るリィグに「行くぞ」と声をかけた。


「まっひぇ」


「お前……さっきから静かだと思えば、そんなに菓子を頬張って……」


 頬がパンパンだ。

 みっともないからやめてほしい。


「はは。その菓子が気に入ったのなら持っていくといい。──クレイン、これを包んであげなさい」


 ロイドが側に控えていた副官に目配せした。

 すぐに布に包まれた菓子が渡される。


「ありがとう、おじさん」


「どういたしまして」


「──あ、そうだ。王佐閣下、こちらを」


 王佐であるロイド相手にリィグのおじさん呼びはたいへん失礼なので、それは後で注意しておくとして、ゼノは急にあっと思い出して懐から数枚の葉を取り出した。

 ロイドに葉を手渡すと、


「ルナの葉か。わざわざ用意してくれるとはすまないな」


「や、かなり前に頼まれたのに、今頃になってすみません……」


 黒刀の剣士との戦いや、サフィールの一件でずっと渡せずにいた。

 一度持っていくと言った以上、約束を反故にするわけにいかないからロイドに会った時に渡そうと、ずっと持ち歩いていたのだ。

 ゼノが謝るとロイドは朗らかな笑みを浮かべてかぶりを振った。


「とくに期限を設けていたわけでもないからね。そう謝らずとも構わない。それよりも助かった、ありがとう」


 嬉しそうに礼を述べると彼はテーブルの上にルナの葉を置いた。


「それじゃあ今度こそ失礼します。行くぞ、リィグ」


「あー、待ってよ、マスター」


 ゼノたちは執務室を出た。

 その際、リィグがちらりと後ろを振り向くと、閉じる扉の隙間から、どこか心地よさそうな眼差しでルナの葉を眺めるロイドが見えた。

 ──と、後日リィグが話していた。

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