44 二章プロローグ/王立研究所
二章開始です。よろしくお願いします。
「みてみて。女の子からもらったんだ」
そう言って彼は、愛らしいクマのぬいぐるみを見せてきた。
「『わたしのことだと思って、肌身離さず持っていてね』だってさ。かわいいよね。顔を真っ赤にして恥ずかしそうに渡してくるから、僕もつい受け取っちゃった」
ぬいぐるみを高くかかげてくるりと回る。
しまいには、「これ、部屋に飾ってもいい?」と聞いてきた。
だから彼の手からぬいぐるみを引き離し、暖炉の薪にくべてやった。
「あ! ちょっと!」
さらりと揺れる金糸の髪。
彼が暖炉の前に駆け寄った。
ごうごうと火の手が上がり、ぬいぐるみの身体が炎に包まれる。
表の布地が消えて、綿の中から出てきたものは、髪の束が巻かれた木札だった。
とある島国の文字。
古いまじないの言葉だ。
「あー、やっぱり呪が絡んでたんだねー」
彼は苦笑すると、その場に腰をおろし、そのまましばらく暖炉を眺めていた──
◆ ◆ ◆
「相変わらずバカでかいなぁ、王立研究所は」
城と同等の規模はあるだろう巨大な建物、王立研究所を見上げてゼノは回想する。
先月、ユーハルドの第二王子であるサフィールが、弟王子ライアスの失脚を目論みあれこれ画策し、見事返り討ちにされた小物王子の乱。
隣国からニセの魔石を買い付け、国内の反乱分子へと流し、魔石市場とかそのほかもろもろ混乱させたサフィールは、最終的にフィーティアの使者によって連行されてしまう。
調停機関フィーティア。
旧き時代よりエール大陸の平定を司る──簡単にいうと、まあそういう胡散臭い組織があるのだが、そいつらから不本意ながらもサフィールを助けるため戦ったゼノは、友人シオンによく似た仮面の男に羽ペン(注:魔導品)を折られてしまう。
そのため王佐ロイドの紹介で、羽ペンの修理を依頼するべくこの王立研究所までやってきたわけだが、あまりの広さにさっそく迷った。
「西棟の三階の西ってどっち?」
「西は西じゃない?」
自分でも意味のわからない会話をリィグとしながら建物内をさまよう。
ここは、農耕技術の開発を軸に、魔法や考古学といった様々な研究が行われている。
いまからゼノたちが向かう場所は魔導品研究に特化した研究室だ。
西棟の三階だとロイドは言っていたが、同じような形の扉がいくつも廊下に並んでいるせいで方向感覚が狂う。
ひとまず西だと思う方角へと進んでいると、ふと、柔らかな声が耳に届いた。
「おや、見学希望の子たちかな?」
振り向けば、眩しいばかりの金髪が目に飛びこんできた。
後頭部の低い位置で、一括りに髪を結った、赤い軍服姿の青年が微笑みながら近づいてくる。
──ルベリウス・アーク・ユーハルド。
赤薔薇の王子として名高い彼は、この国の第一王子その人だ。
常に優雅で品のある青年。
かの小物王子……青騎士王子と比べると、やや勇ましさには欠けるルベリウスだが、この人がいるだけですべては安泰だ。
そんな風にまわりを納得させてしまうような、不思議な雰囲気を持つ人だった。
ゼノが驚いて、「ル、ルベリウス殿下⁉」と若干裏返った声で叫ぶと、ルベリウスは綺麗な翠玉の瞳を丸くして、ぽつりとつぶやいた。
「君は確か、シオンの友人の……」
「ゼノです。春にライアス殿下の補佐官になりました。それとこっちは従者のリィグです」
ぺこりと頭をさげる。隣に立つリィグも合わせるように会釈した。
「ああ、なるほど。ライアスについた補佐官が今回は珍しく長い、とは聞いていたけれど君のことだったのか。久しぶりだね、ゼノくん」
「お久しぶりです」
差し出された手を握り返す。
すると、ルベリウスの後ろに立つ女性が「殿下」と耳打ちした。
「すまないね。せっかくだから昔話でもゆっくりしたいところだけど、このあと用事があってね。また今度話そう」
残念そうに言ってから、
「魔導品関係の研究室なら、西棟の三階だよ。そこの渡り廊下を右に進んで階段をのぼってすぐの場所。じゃあね」
朗らかな笑みを浮かべてルベリウスはゼノの横を通り過ぎていった。
そのうしろで、補佐官の女性が軽く会釈をしてから彼のあとをついていく。
ふたりは廊下の角を曲がるとそのまま姿を見えなくした。
「相変わらずの察しの良さ……」
昔からそうだった。
いつも笑みを絶やさず、今のように物事を先回りしてはこちらが望むものを与えてくれる。
そういう人だった。
あのシオンでさえルベル兄上には叶わないとよく話していた。
リィグが首を向けて聞いてくる。
「マスター、いまのひと、誰?」
「第一王子。ライアス王子の腹違いの兄貴だよ。次の王だって言われてる人」
「違うよ。女の人のほうだよ」
「え? ジュリアさんのこと?」
「うん。ジュリアちゃんて言うんだー。さっきのあれ、軍服だよね? 彼女の淡い金髪と赤い隊服がよく似合っていたよ」
うんうんと深く頷きリィグは続ける。
「特にあのぴっちりとしたスカート。採用した人はよく解ってるね。分厚い上着で上が隠されちゃってるぶん、下のお尻の形がしっかりと分かるいいデザインだと思う」
うん、ひとまず黙ってほしい。
白衣を着た女性職員が、冷え切った眼差しをリィグに向けてすれ違っていった。
いや、本当に申し訳ない。
「……リィグ、ここ研究所だから。場を弁えような?」
「そりゃあミツバちゃんも綺麗だよ? でもやっぱりああいうオトナのお姉さんのほうが僕として好ましいよね。あと、あの白いうなじ見た? 髪を結いあげてるところとか、こう男心にぐっとくるよねぇ。それから──」
「頼むから黙れっ!」
こっちまで同類に見られるじゃないか。
その場で語り出したリィグの腕を引っ張り、ゼノはルベリウスから聞いた西棟へと駆け出した。
◇
結論からいうと、ここの研究所ではゼノの羽ペンは直せないとのことだった。
なんでもかなり高度な技術が使われているとかで、専門の魔導品技師でないと修理が難しいとの話だった。
「やっぱ、ロシェに頼むしかないか」
とはいえ、彼女はいま王都を離れているそうだ。
だからこうしてロイドがわざわざ紹介状を用意してくれたというのに。
残念だなと肩を落とす。
「このあとどうするの?」
「ん? 王子のとこに行くよ。今日もまぁ……何もないだろうけど、いつも通り部屋でぼーっとしてる感じかな」
「じゃあ、僕はリーアちゃんのところに行っていい?」
「だめです」
「ちぇ」
リィグは先日顔を合わせた姫のことをいたく気に入っている。
理由を問えば、「もう少し成長してからのほうが好みだけど、近くにいると落ち着くんだよね」と言っていた。
正直言って、あまり近づけたくはない。
「あ、ねぇ。誰か呼んでるよ」
リィグが指さす方向を見ると、城からの使いだろう。
文官服をきた男がこちらに走ってきた。
「ゼノ殿! 急ぎ王佐閣下のもとへお願い致します! グランポーン侯爵が御倒れになったとのご報告がっ!」
「ええ⁉」
ゼノは急いで王佐ロイドの執務室へと向かった。




