43 第一章エピローグ
それからひと月後のことだった。
フィーティアとユーハルド側で協議を行った結果、サフィールの処遇が決まった。
『ユーハルド王国、ベルルーク領内にて身柄を軟禁』
流石に一国の王子という立場のためか、フィーティアの牢に収監されることだけは免れた。
今後はベルルークにある、湖畔の別荘にて軟禁生活を強いられることになる。
当面の間は表に出られない。
監視の元で彼に許されるのは、ただ静かに過ごすだけだ。
それはつまり、王位の座が無くなったのも同然で、ライアス王子を脅かす者はひとり消えた。
「──以上が、此度の事件のあらましにございます。陛下」
ロイドが片膝を折り、寝台に横たわる影にこうべを垂れた。
その後ろでライアスは、腕を組みながら部屋を見渡した。
相変わらず幾重もの薬香が混ざった香り。
王の呼吸を楽にするためだと聞いたが、たまには窓を開けたほうがいいものを。
ここは、国王レオニクスの寝室だ。
長い天幕越しに、頷く父の影。
先の騒動を報告したロイドは立ち上がると壁の端に立つ、灰緑髪の侍女へ目配せをした。
侍女が無言で頭をさげる。
その際、一本の太いみつあみが垂れ、ちりんと鈴の音が鳴った。
「宝剣の行方ですが、引き続き、鳥たちに探らせております。どうかいま暫くの猶予を」
「……、……」
かすれた声。
ライアスの位置からはよく聞こえないが、ロイドには聞こえたらしい。
「もちろんでございます、陛下。宝剣──いえ、その鞘。あれはどんな病も傷も癒すと言われている至高の品。必ずや探し出し、御身の病を癒してみせましょう」
微笑を浮かべ答えたロイドに、満足そうにかの影は頷いた。
◇
「ライアス様。私はこれで。ロビン──いやエレノア。おまえは与えられた任務に戻りなさい」
「御意に。ロイディール様。すべては我らが王のために」
「よろしい。それでは私は失礼いたします」
王の私室前。
ライアスに頭をさげてロイドは長い廊下を歩いて行った。
「ライアス様。わたくしは先に離宮へ戻っております」
侍女──エレノアが一歩下がる。
「待て」
「なんでございましょう」
ライアスの呼びかけに、エレノアがわずらわしそうに顔をあげる。
そんな彼女に無機質な声で問う。
「豊穣祭のおり、余は何者かに誘拐された。その際、やたらとうるさい鈴の音が聴こえての。なにか覚えはないか?」
「いいえ。ございません」
「そうか」
顔色ひとつ変えず目を伏せる侍女に、「その鈴は外せ」とだけ告げて、ライアスはその場をあとにした。
「──まったく。どいつもこいつも敵だらけだの」
ぽつりと漏れたつぶやきは、朝の静かな廊下を流れていった。
◇ ◇ ◇
「なんか色々あったな……」
フローラ離宮の一室で、ゼノは王子を待つ傍らに、手元の日記に目を落としていた。
先々月の末に起きた第四王子誘拐事件。
実行したのはエドルを含めた賊の数名だが、裏で糸を引いていたのは第二王子派の高位貴族の者だった。
──部下が勝手にやったことだ。弟の誘拐事件には関わっていない。
そうサフィールは主張していたようだが、まあどうだか。
仮に真実だとして、臣下を御せないあたり、彼に王の器は無いだろう。
「……エドル、か」
エドルが先月、城の地下牢から脱獄したと聞いた。
派手に鉄格子が破壊され、そのすぐそばには長い銀髪が落ちていたらしい。
ラバグルドを筆頭に、王国軍が今行方を追っている。
こんなことを言ってはあれだが、逃げたなら逃げたでうまく生き延びてくれよと思う。
ゼノは日記をめくる。
ニセの魔石の流入。
実はサフィールがイナキアから買い求め、ピナートの連中に流したものは、魔石とは似ても似つかぬものだった。
魔石を管理する調停機関フィーティア。
彼らは彼らの定めた法に背く『違反者』を許さない。
だからサフィールは彼らに裁かれ、幽閉処分となったのだ。
そして、ピナート辺境村の問題もある。
そのニセの魔石をサフィールから受け取り、都へばらまき、レオニクス王の退位を訴えたピナートの青年たち。
あれは一応サフィールの自作自演として片付けられたが、いくらなんでもサフィールとて本気で自国を陥れようとは思うまい。
では誰が、『国家転覆』なんていうシナリオを、ピナートの青年たちに吹き込んだのか?
謎は深まるばかりだ。
「……あとは、王都を出回る偽の宝剣に、ステイル……、か」
今回の騒動と直接関係があるかはわからないが、宝剣らしき黒い剣を王都の店で見かけたという話がいくつか上がっている。
自分が療養中に王子が調べていたようで、どうにも出どころが掴めないと話していた。
さらには友人とよく似た男。
彼も黒い剣を持っていた。
一連の話からしてあれも贋作だとは思うが問題はステイル本人だ。
詳細を伏せて、同じフィーティア幹部であるミツバにそれとなく確認してみたら、ステイルとは会ったことがないと話していた。
加えてリフィリア姫も、『わからない』と言っていた。
なぜならシオンが死んだ年、姫は十歳だった。
元々あまり交流が無かったそうだから、記憶がおぼろげなのも頷ける。
ただ、雰囲気と声が似ていた、とも口にしていたから、ステイルにシオンの面影を感じたのは確かなのだろう。
あいつは本当にシオンなのだろうか?
「わからん」
はあ、とため息をついてゼノは日記を閉じた。
ぎしりと椅子にもたれかかる。
すると、部屋の入り口から小さく、本当に小さく、か細い声がかけられた。
「おはようございます、ゼノくん」
「リフィリア姫⁉」
ゼノが慌てて椅子から立ち上がると、なにやら緊張した面持ちで姫がこちらまで歩いてきた。
スッと差し出される手紙。
受け取り、便箋を裏返すと、そこに書かれていたのはロイドの名前だった。
「今朝、エリィがロイディールさまからお預かりしたようでして。こちらに来たらゼノくんにと。その……遅くなってすまない、とのことです」
「ああ、王立研究所の」
こくこくと姫が首を振る。
地下水路を出たあと。
城に戻る途中で通った王立研究所を見上げてロイドが、紹介状を用意しようと言ってくれた。
壊れた魔動品。
その修理のためだが、ロイドは思いのほかサフィールの一件で多忙を極め、たびたび城の外に出向いていた。
よって、今頃になってしまった、申し訳ない、とロイドが話していたそうだ。
「このあと、王立研究所に行かれるんですか?」
「いえ。王子に付いてからなにかと忙しくて。しばらくは行けそうにないですね」
「! す、すみません。いつもライ兄さまがご無理を言って……」
しゅんと落ち込まれてしまった。
冗談だったのに。
「あー……、訂正です。本当はわりとヒマなんで、時間ができたら行ってきますよ」
苦笑すると、リフィリア姫はぺこりと頭をさげてなぜか礼を述べてきた。
両手を組んで少し寂しそうに彼女は微笑む。
「兄さまは、ずっと退屈そうだったので。でも、あなたがいらしてからは、少しだけ前より楽しそうです。だから、ありがとう。どうか、この先も兄さまのことをよろしくお願いします。それからえっと……、今日もお仕事、がんばってください……!」
それだけ言って、姫はタタタッと廊下を駆けていった。
入れ違いに王子がやってくる。
フィーも一緒だ。
やや遅れて部屋に入ってきたミツバが腰に両手を当てて、やや咎めるように目を細めた。
「なんか、あの子。やけに顔が赤かったようだけど。まさかおまえ、リフィリアにちょっかいかけてないでしょうね?」
「なんでそうなるんだよ……。兄のことをよろしくお願いします、だそうですよ、王子」
「? そうか。よくわからんがこれから仕事だ。気合いを入れろ」
「ちなみに今日はなにをなさるので?」
「部屋の掃除。それ以外にはない」
「……」
「相変わらずヒマの極みね……」
ミツバが短い吐息をもらす。
そこにリィグが「おはよ~」と言って入ってくる。
「はいマスター。忘れていった上着、取ってきてあげたよ」
「どうも」
いつのまにか勝手に家に居ついたリィグが上着を渡してくる。
そのまま王子の傍らに立つフィーに話しかけて叩かれている。
なにをやっているんだか。
(賑やかになったな)
ライアス王子の補佐官に就任する前は、一人だった。
シオンが死んで、養父が死んで、故郷を出て。
城に来てからずっと孤独を感じていた。
王都には、たくさんの人がいる。
けれど、どこか遠い人たちを見ているような、そんな想いを漠然と抱えていた。
繰り返し見るあの夢。
いつもひとりでそこにいて、泣いている誰かの夢。
あの夢は、最近見なくなった。
それはきっと、同じ景色に向かって並んで歩んでいける、仲間ができたから──
「……なんてな」
「なにか言ったか?」
王子たちが振り返る。
そうだといいな、と想いを込めて。
「いえ。なんでもないですよ。はやく行きましょう!」
さぁ、今日も仕事だ。
ローブを羽織り、ゼノは歩き出した。
一章終了。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
引き続き、楽しんでいただけたら嬉しいです。
また、ゼノの武器の【槍杖】ですが。
『やり』だったり『そうじょう』だったり、その都度ルビが異なりますが、単にゼノの中でまだ呼称が定まっていないだけなので、好きなようによんでいただけたらと思います。
ゼノが覚醒したあとから『つえ』呼びに統一される予定です。
2025.10.4
途中、テンポの関係でエドルの脱獄シーンを削ったので、その小話は活動報告に乗せております。ご興味あればのぞいてみてください~。
タイトル→『エドルとマルルの出会い』




